第八章 3 『分岐 ①』
神器ミスティルテインはミシェルの前に差し出された。神器を授けることなどできるのだろうか。
「ミスティルテイン……」
ミシェルはゆっくりとミスティルテインを掴む。見た目ほどの質量は無いが、それ以外は至って普通に感じた。若干の神々しさを感じないことも無いが、気のせいと言われればそれまでだ。
神器であれば、特殊な力を持っているはずだ。アストルディアの記録書によると、ミスティルテインは……
「ミスティルテインは存在する物質の中で最も堅固であると。これは文字通りであり、覆ることの無い事象だ。どんな特殊能力をな力を持ってしても、ミスティルテインにかすり傷一つつけることはできない」
「それが神器ミスティルテインの能力ということか……しかし、授けるとはどういうことだ? そんなことが出来るのか?」
「魔剣や神器は、少し特殊でね。魔剣であれば魔剣本人と契約者の魔力を糧に傷がつこうと修復される。神器については……まあ、正直詳しいことは分かってないが、似たようなものでね。つまり、端的に言うと神器の持ち主からの魔力供給を失えばいずれ消失する。だが、ミスティルテインはその特性上、顕現してしまえば、持ち主の私が呼び戻さない限りは存在し続ける。故に、君に渡すことが出来るのさ」
「……なるほど。だか良いのか? 神器など本来私が持っていて良いとは思えん」
「まあ、本来であればそうなんだか……生憎今は神が不在でね。それに、私は戦闘になったとして、ミスティルテインを使うことは無い。むしろ、剣とは相性が悪い。だが、君は違う。本来のレナ・アステルを除けば、この世界でミスティルテインの特性を一番いかすことが出来るのは君だろう」
「レナ・アステルか……私には分からないことばかりだよ。だが、前に進むしかあるまい。私は私にできることをしよう。ありがとう、オルティナ。どうにかエクシア様を説得して戻ってくる」
「ああ。期待して待っていよう」
ミシェルはミスティルテインを魔道具に収納すると、ゆっくりと去っていった。
「さて、私はどうするかな……調査ついでにアクレイシスに向かうしかあるまいな」
ミシェルを見送った後、オルティナは少し面倒くさそうに、歩みを進めた。
◇◇◇◇◇◇◇
レナとゼルグ・エインドハルグはリセレンテシアのとある裏路地に足を運んでいた。以前、アステリアに案内された場所だ。何も手がかりがない以上、それくらいしか思いつかなかった。
「レナ・アステル、本当にこんな場所で合っているんだろうな?」
「ああ、多分アウレオはオレ達に気づいているはずだ。あと、そのレナ・アステルって呼び方はやめてくれ。悪目立ちする」
「名前が何だ。めんどくせぇ」
そんな会話をしてすぐに、背後に気配を感じた。ゼルグは拳を振りあげようとするが、レナは静止する。気配の正体に気づいたからだ。
「アステリアか、気づいてくれると思っていた。ありがとう」
「お前はアウレオ様の恩人だからな」
アステリアは少し照れくさそうに答えた。そして、視線はゼルグ・エインドハルグへと向けられた。
鋭い視線に常人であれば怯むところだが、そうはならない。視線を嘲笑うように一蹴する。
「レナ、この男は何だ? こんなに怪しい奴をアウレオ様に合わせる訳には行かない」
「ま、そうなるよな……」
レナはどこから説得するかを考えていた。今この場にアウレオがいれば話は別だが、アステリアを説得するのは一筋縄ではなさそうだ。
思考がまとまる前に、ゼルグは口を開いた。
「俺は神の化身だ。この世界については、"下界の賢者"よりも詳しい。お前の主は俺と会うことを望んでいると思うが?」
挑発的な発言をすると思ったが、思った以上に合理的な回答だった。アステリアの実力があれば、ゼルグと言う男が規格外であることも理解しているだろう。
アステリアは念の為か、レナに目配せして真意を問おうとしていた。それに答えるように、レナは小さく頷く。
「分かった。案内する」
「もう信用したのか?」
ゼルグはここに来て挑発的な態度をみせた。なんと言うか、本当に性格が悪い。最も、挑発以外の意図があるのかもしれないが。
「全く信用はしていない。ただ、私ではお前に勝てない。きっと、今のアウレオ様でさえ……予想外だ。ルインが来るべきだった」
アステリアは震える手を握りしめる。アウレオでさえ届かないと言う。ゼルグはそれ程の存在だということだ。ただ、最後の言葉が引っかかった。
「ルイン?」
「オリジナルのクラリアスだよ。ほとんど拠点にはいないけれど、今は帰ってきててね。大きな欠陥があるんだ。ただ、とある条件下で殺し合えってなれば、おそらくルインだけが残る。ま、人と上手く会話できるようなやつじゃないから、どの道僕が来る以外は無かったけれど」
「ほう……面白い。賢者に会う楽しみが増えた」
「勘違いするなよ。僕はお前には勝てない。けれど、アウレオ様に害をなすなら、命に変えてもお前の喉元を掻っ切ってやる」
「命に変えても、ねぇ。ま、心配するな。俺は戦いに来たわけじゃねぇ。危害は加えないさ。"何もしてこなければ"、な」
アステリアが一瞬みせた敵意に、ゼルグは含みのある言葉選びで答えた。何かを期待しているようにもみえるその態度の真意はレナにも読めなかった。




