第七章 19 『正体』
自身と同じ家名をもつ人物の話。
正直、私は詳しいことを知らない。何故ならば、私の家名は先代の剣聖から受け継いだものだからだ。
私はただのミシェル。
生きるのが精一杯で、手の届く範囲に必死に手を伸ばすことしか考えられなかった。
「オルカ・アストレア……?」
その名は聞いたことすらなかった。
最悪の勇者レナ・アステルの悪名は知られているが、オルカ・アストレアという名はアストルディアで聞いたことがない。
「ああ。オルカ・アストレア、それは勇者レナアステルを裏切った人物の一人。言い換えれば、本当の意味で世界を崩壊させた人物の一人だ」
「本当の意味で世界を崩壊させた……? 」
「どの時代でも、ヒトという生き物は愚かでしょうがねぇ。かつて、この世界には七神が存在した。だが、それは神という崇拝するべき対象とは少し異なり、実際に存在していた。世界の秩序が乱れた時、七神は力を貸した。情勢は不安定だった、レナ・アステルが勇者に選ばれ、グレスティアを組織するまではな」
「世界は安定していた。秩序は正しく、神樹は正常に機能していた。歴代最強の勇者と言われるだけの器だった」
「だが──レナ・アステルは、裏切られた。グレスティア全員を敵に回したとしても、問題にはならなかっただろう。だが、そんな勇者の最後を知っているか?」
続けて話すゼルグの瞳には、深い怒りが宿っていた。
「勇者の側近三人のうち一人、ミハイル・ヘルヴェティアは、最後まで勇者の味方だった側近のルキナ・エルステラを殺した。オルカ・アストレアとミハイル・ヘルヴェティアは、その事実と共に、グレスティア全員を引き連れて、レナ・アステルに刃を向けた」
「なぜ……そんなことを……」
「なぜ? お前には分かっているだろう? 力を持ちすぎたものが、どう言う扱いを受けるのか。その力で平穏がもたらされていると知っていて、なお叛逆する者がいることを」
ミシェルの眉間が僅かに反応した。
今まで、自分の首を狙ってきた者達が脳裏に過った。歴代最強の剣聖、アストルディアの騎士団長でありながら、魔法を行使出来ない異端者だから首を狙われても不自然はない。
本当にそうだろうか。異端者だから、叛逆されるのだろうか。否、それだけが事実でないと、分かっていた。
「お前は責任を取らなくちゃならねぇ。それが剣聖の血を受け継いだお前の使命だ」
「生憎、私は血縁者のことを知らない。だが、言うまでもない。剣聖の使命はこの命に変えても全うする。全てをこの目で確かめ、自分の信じた正義を貫くつもりだ」
「そりゃ良い。だか、お前の掲げる正義を貫けると思わない方が良い」
「それはどう言う──」
「さてと、長い話は嫌いなんだがな、これくらいは話しておかないとこの後の話についていけなくなるからな。そろそろ本題に移ろう。俺たちグレスティアの掲げる目的だが、それは──」
「──アストルディアの"偽りの七神"を皆殺しにすることだ。必要があれば、アストルディアの連中も殺して構わねぇ」
先程の話を聞いてなお、レナ達は突拍子もない発言に衝撃を受けた。
そして、周囲の温度が急激に下がった。
身体の周囲を握りつぶされるような感覚。アルテミシア、リア、ルミナは呼吸が出来なくなっていた。
「──貴様、ふざけるのも大概にしろ」
ミシェルは未だかつて無い程に冷酷な眼差しでゼルグを睨みつけていた。
ゼルグは平然としているが、対象がそれ以外だったら、圧死していただろう。ここにいる誰もが、今まで見ていた剣聖の力など、歴代最強の片鱗に過ぎないと、理解してしまった。
「そう怒るんじゃねぇよ。俺が話したのはあくまでも最終的な目的だ。偽とは言え、七神を殺すのは簡単じゃねぇ。レナ・アステルの記憶がない以上、情報も足りてない。まずは、俺らと同様、七神の化身を探す所からだろうな」
「ふざけ──」
刹那、空間が歪んだ。
鼓膜を錯乱させる程の重低音と共に、ミシェル・アストレアは地面に押しつぶされる。
オリハルコン製の鎧はいとも簡単に割れ、吐血する。
「──くッ、、、ガハッ!!」
「──黙れ。汚らわしい剣聖風情が。次はないと思え」
鼻と口から血液を垂らし、自然と流れ落ちる涙を振り払ったミシェルはゆっくりと立ち上がる。
はっきりしたことがある。歴代最強の剣聖でさえ、このゼルグ・エインドハルグにはとどかない。否、モルドレッドの化身には、と言った方が正しいだろうか。
「どうした、レナ・アステル。今目の前に起こった事実。お前にはねじ曲げることもできただろうに」
「いや、オレは……」
思考速度が低下していた。
先程までの話、戯言と言ってしまえばそれまでのこと。だが、頭の中で何かが引っかかっていた。
抜け落ちたはずの記憶が。
気のせいだと思えばそれまでだが、どうにも不思議な感覚だ。
「レナ・アステル。お前には記憶を取り戻してもらう。お前が本来の力を取り戻せば、最強のカードになる。これは、七神の化身探しと同時にやってもらう」
「記憶を取り戻す……か。確かに、事実を確認する必要はありそうだ」
「剣聖、お前は一度アストルディアに戻ってもらう。七神の化身のうちの一人、知らないとは言わせねぇ。連れてこい。あいつは本来アストルディアにいる必要は無いはずだ」
反論しようと口を開くが、奥歯を噛み締めて言葉を飲み込んだ。反論したところで、意味は無い。
私はこの男には勝てない。
未だかつて、捕食される側の気持ちなど、考えたこともなかった。
この男の話の全てが正義に背くものであれば、命に変えてでも、戦うだろう。だが、そうではない。故に、今は従うしかないのだ。
「残りは……そうだな、レナと一緒に動け。そこの人形も完成すれば本物になり得るかも知れねぇからな。──ああそうだ。サグラモール、お前の説明だけしておけ」
オルティナはため息をつくと、顔を上げてこちら向いた。
「私は、オルティナ」
「──ファフニールであり、七神サグラモールの化身だ」
白金のドラゴンファフニール。
七神サグラモールの化身。
オルティナは、二つの名を名乗った。
ゆさです。
第七章 『暗躍する者』はこれにて終了です。
お読み頂きありがとうございました。
次回より、第八章 開始となります。
よろしくお願いします。




