第七章 16 『信じてた』
レナ達はオルティナに導かれ、奥の部屋へと足を進める。
血気盛んな者達が大きな話し声で酒を飲んでいた。リセレンテシアでこの手の光景はそうそうみない。
正直、聞きたいことは山ほどあるが、最優先はリアの救出だ。それ以外のことは後回しで良い。
しばらく進むと、一際大きな石の扉の前にたどり着く。石には複雑な模様が掘られている。
目の前で立ち止まると、模様は赤黒く流動し、はその扉はゆっくりと開かれた。
そして、王座のような椅子に深々と腰掛ける、ゼルグ・エインドハルグは、こちらを見ていた。
「待っていたぜ、レナ・アステル。思ったより早いじゃないか」
「ゼルグ……リアはどこだ?」
「全く、こっちはお前を待ち侘びていたというのに、あんな"人形"のどこが良いんだか」
ゼルグを睨むレナの視線は、仲間の表情さえ固まってしまうほどの迫力を内に宿していた。
だが、ゼルグは怯みもしない。
「そう怒るなって、別に殺しちゃいねぇよ。お前に"協力"してもらう、人形はその為の"縛り"と言ったはずだ。俺に協力しないって言うなら、当然分かっているな?」
「……ひとつ聞いても良いか?」
「言ってみろ」
「何故リアなんだ? 目的はオレなんだろう? お前のその力で、オレを屈服させれば良かった。闘技場にまで出場して、回りくどい方法をとる必要は無かったはずだ」
「──レナ・アステルは、"世界を守るために全てを捧げた勇者だ"」
「なに?」
「レナ・アステルは、大切なものを守るためになら、何でもする。そう言う存在だ。だから、俺はお前の一番大切なものを選んだ」
「だから、何故レナ・アステルの話がでる?」
「今これ以上話す気はねぇ。選べ。俺達と協力し、人形を救うか、拒否して"大切なもの"を失うか。二つに一つだ」
レナは目を閉じる。
ここで拒否するという選択肢はない。もし拒否すれば、リアは確実に殺されるだろう。
だが、協力するとなれば、何をするのかも分からない。
ゼルグ・エインドハルグとオルティナは、レナ・アステルのことを知っているようだった。ゼルグと協力関係になれば、自分自身ことも、何かわかるかもしれない。
闘技場であのような行動を起こした、ゼルグと協力すること自体、ガーディアンとしてはあってはならない選択だが、幸いにもあの一件で死傷者は出ていない。
レナは目を開き、ルミナ達と目を合わせた。言葉にせずとも、全員の意見は一致していた。
「……分かった。協力しよう。リアを解放してくれ」
「良い選択だ。オルティナ、人形の元へ案内してやれ」
「気持ち悪い……お前がその名で呼ぶな」
オルティナは悪態をつきながら、レナ達を案内する。
一歩ずつ進むたびに、焦燥する。
実際にこの目で確かめるまでは、安心できない。
移動時間はさほど長くは無いものの、かなり入り組んだ場所に存在するようだ。道順を記憶しているものでなければ、そう簡単にたどり着くことはできないだろう。
──そして、先頭を歩くオルティナの足音は止む。
「さ、ついたよ。この先に彼女はいる」
「──!!!!」
ルミナは真っ先に前に出ようとするが、一歩下がり、レナの背中を人差し指で軽く押した。
すぐにでも駆けつけたい自分の感情よりも、リアの感情を優先したのだ。
無論、自分が駆けつけたとしてもリアは安堵するだろう。だが、ルミナと言う少女は"そう言う少女"だ。
レナはその気持ちを汲んだように、足早にリアの元へと移動する。
「──リア」
目も虚ろな少女は、声に反応し、ゆっくりとこちらへ向く。
色の薄れていた瞳は、徐々に色を取り戻す。
「…………レナ?」
レナは優しくリアに身を寄せる。
リアは鎖に繋がれたまま、頭をコツりと、レナの胸にふれた。
「遅くなってごめん。助けに来た。ルミナも、アルテミシアも、ミシェルもいる」
「大丈夫。信じてた。絶対に助けに来てくれるって。みんな、心配かけてごめん。本当にありがとう」
レナは繋がれた鎖をオルナで両断しようとする。
──が、鎖はかすり傷一つつかなかった。
「この鎖、私も何度も壊そうとしたけれど、ダメだった」
すると、距離をとっていたオルティナが近づく。
「その鎖は魔術は無論、"たかが魔剣"程度では壊せないよ。焦らずとも鍵は持っている」
オルティナはリアの鎖に繋がれた枷を、一つずつ解除していく。
解除した枷は鎖と一緒に崩壊し、完全に消失した。
「オルティナ?さんもありがとう」
「……? なぜ私に礼を言う?」
「あなた達が良い人か悪い人かは分からないけれど、あなたは私を気遣ってくれた。だから、ありがとう」
「……誘拐されて感謝を言うとは本当に変わった子だよ、君は」
リアは呆れるオルティナに微笑むと、レナに勢いよく抱きついた。
「レナ、ありがとう。信じてた。大好き」
「──!!」
自然に接吻するリアに、ミシェルとルミナは顔を真っ赤にして背けた。
皆と再会できた気持ちの昂りで、リアが暴走してしまったかのように思えたが、二度、三度、繰り返される接吻により、リアの暴走説は否定された。
情熱的なワンシーンが過ぎ去った今、ルミナとアルテミシア、アウラは、リアのと再会の喜びを分かち合う。
たった一人、口をぱくぱくと震わせ、リアという少女に圧倒されているミシェルを除く。
「ミシェルさんも、ありがとうございます」
「あっ、ああ。無事でなによりだ。このような場所で一人でよく耐えた。無事に皆と再会できたようで私も安心したよ」
目を泳がせらがらも、平静を装い答える。これで剣聖のメンツは保てた……だろうか?
「話は終わったか? モルドレッドの所へ戻るぞ」
オルティナは、話が終わるのを待ってくれていたようだ。
リアの面倒もこまめにみていたようだし、かなり繊細な性格をしているのかもしれない。
行きとは異なる道順で先導するオルティナに、レナ達はついて行く。
再会は喜ばしいが、まだ何も終わっていない。
ゼルグ・エインドハルグの話を聞くまでは、何一つ終わっていないのだ。




