第七章 15 『グレスティア』
フレアが姿を消した後、騒がしかった空は静まり返っていた。
侵入者であるレナ達に対する警戒を解いたからだろう。
魔獣ともほぼ遭遇しないまま、先へ進んで行く。
フレアを避けたがっていたアウラの思い通りにはならなかったが、結果的には良かったのかもしれない。だが、アウラの顔色は良いとは言えない。
「アウラ、大丈夫か?」
「……ああ。大丈夫じゃ」
「オレが大精霊にどう思われているか、再認識したよ。協力できることはするから言ってくれ」
「……すまぬ。レナは何も悪くない。レナがいなければ今頃リセレンテシアはどうなっていたか分からぬ。それはフレアも知っているはずじゃ。その上で、レナを危険視している。大精霊にも色々な考えがあるということじゃ。わしは昔からフレアと対極にいる」
「なるほど……アウラが会いたくないと言っていた理由か。他の大精霊とはどうなんだ? フレアはラピスと話をしろって言ってたけれど」
「ああ、フレアとわしの意見は対極にあることが多いが、それは感情面によるところが多い。昔から、世界の秩序を中立に置いた場合、フレアは精霊寄り、わしは心を持つ生命寄りの意見を持つことが多かった。それは、受肉した器の影響の差もあるかもしれない。ただし、この場合、ラピスは完全に中立にいる。世界の秩序以外の一切に左右されることなく、判断を下すことができる。それ故に非人道的な答えが出ることも少なくなかった。それ故に、私達が話し合った結果、最後の判断をラピスに委ねることで、私達四大精霊の答えとしていたのじゃ」
「四大精霊と言えば、もう一人いたよね。えっと……水の大精霊?」
「水の大精霊ウンディーネ、アクアのことじゃな。やつの土地であるアクレイシスは、そのほとんどが湖じゃ。故に……なんというか、地上のことには疎いのじゃ」
アウラは話を逸らすように、ぎこちない笑みを浮かべた。やはり、大精霊達の関係性は複雑なようだ。
「ともかく、大精霊のことはもう良いじゃろう。フレイムグラスもだいぶ進んだ、ゼルグ・エインドハルグの言うことが正しければ、そろそろ案内人に出会ってもおかしくない」
「フレアに会った後は、追手がいないおかげで順調に進めたねー。アイツは来ればわかるって言ってたけれど」
ルミナは周囲を見渡す。
"来ればわかる"という言葉が、何を示しているか分からない以上、何を探せば良いかも不明である。
ただ、目の前に広がる空間には少し違和感があった。ここまでフレイムグラスを移動して来たが、これ程に開けた平地はなかった。ドラゴンの二、三匹が、休憩してても違和感のない程のスペースがあった。
「……ん?」
最初に疑問の声をあげたのはアルテミシアだった。ミシェルは小さな声に気づき、「どうした?」と尋ねた。
「目の前の平地、結界特有の"ゆらぎ"を感じる。無色透明の結界なんて聞いたことがないが、確かに感じる」
「なるほど、アルテミシアが言うならきっと正しい。ちなみに、無色透明の結界は存在する。規模こそ違えど、フェルズガレアとアストルディアを隔てる不可視の壁こそ、結界だ。世界の境界とも呼べる壁を認識できる者を、私はアストルディアで二人しか知らない」
「世界の境界……では、この結界を構築した者は一体……」
「"認識できる"と言うことは、結界を構築することも出来る。だが、希少な存在であることは間違いない。心配はいらない。私はアルテミシアを信じる。前に進もう」
「……ああ」
アルテミシアを先頭に、一歩ずつ前に進む。
不可視の結界を確かめるように、前で立ち止まる。
──そして、また一歩足を進めると、景色は一変する。
そこは、薄暗い洞窟の入口だった。
先ほど立っていた広い平地とは、一切関連性のない形状をしていた。
一歩後ろに下がってもそこはただの岩壁で、戻ることはできないようだ。
薄暗い入口を進むと、人影が見えた。
レナ達を待ってたかのように、歓迎した。
そして、その人影を知っている者が一人。
「やあ、待っていたよ。レナ」
薄く煌めく黄金の瞳。地に届きそうなほどに長い純白の髪。
本質的に中性的な声色と容姿は、見たものを魅了した。
「……オルティナ?」
「ああ、オルティナだ。また会えて嬉しいよ」
「また会えてって、ここで待ってるということはオレ達が来ることを知っていたと言うことだろう? ゼルグ・エインドハルグの仲間なのか?」
「ふむ。私はゼルグ・エインドハルグという男は知らない。私はモルドレッドの友だ」
「モルドレッド? ゼルグ・エインドハルグが名乗っていたが、同一人物では無いのか……?」
「同一人物ではないさ。──レナ、君と違ってね」
オルティナは含みのある言い方をするが、おそらく、レナのことを"レナ・アステル"だと言いたいのだろう。たしか、以前に会った時もそのような事を言っていた。
なぜオルティナが自分のことをレナ・アステルだと言うのか、気になるが、今は一刻も早くリアの安否が知りたい。
「リアは無事なのか?」
「質問ばかりだね、まあ良い。案内しよう。──ああ、そうだ。ここは、"モルドレッド"が結成した『グレスティア』の拠点だ。ようこそ、君達を待っていた。歓迎するよ」
オルティナは笑顔で歓迎した。
とても、仲間を攫った組織の拠点に来たとは思えなかった。




