第七章 13 『火の大精霊』
エキドナの配下、テュポーンを討伐し足早に先へと進んだレナ一行。存在を察知されたこともあってか、何やら上空が騒がしい。
今のところは大丈夫だ。だが、正直、見つからないように進む、という作戦は非現実性を帯びてきた。
そして、問題は他にもあった。
暑さが異常だ。否、暑さが異常なのは言うまでもないが、ただ、気温が異常、という表現では到底足りない。地表が異常に発熱していた。
それは、フレイムグラスの環境が然るべくそうしている訳ではなく、明らかに異質だった。
これは明らかにおかしい。そう思ったレナはアウラの表情を窺う。アウラの引きつった苦笑いを見て、確信する。
──やはり、おかしい。
「なんかさ、足の裏がすっごく熱いんだけれど……熱々の鉄板の上で調理される寸前みたいな気分なんですけれど……これ、比喩じゃなくて本当にそれくらいの熱さじゃない?!」
我慢の限界に達したルミナは、水魔術を地面に向かって行使する。
案の定、すぐに蒸発した。
「──ッ?! やばいってこれ!!絶対におかしい!!」
アウラの表情は今もなお、歪んでいた。それは、何かと葛藤しているようにも見える。
「アウラ、何か知っているのか? できることがあれば言ってくれ」
「……ぐぬぬ。ここまでするか女狐め……こうなっては仕方あるまい……否、手のひらの上で踊らされているようで腹ただしいが……」
アウラは深く一呼吸する。
「──レナ。今更じゃが、魔眼の本来の使い方を見せよう」
アウラの深紅の瞳は刹那、煌めいた。
幻想的な音は、脳裏に響いたと思うと、もう記憶には残らないように完全に余韻は消える。
そして、先程まで異常に熱を帯びていた地面は嘘のように元通りに戻った。
「アウラ、これは──」
「説明はあとじゃ、もう女狐から逃れるという考えは諦めよう」
アウラは諦めたようにため息をもらす。
「今のは? 一体何が起きた?」
ミシェルも経験したことの無い感覚に、一瞬戸惑いを隠せずにいたが、時間は止まらない。
剣聖でさえ、気配を察知することはできなかった。
アウラが"女狐"と称する存在は、既に、ミシェルの後ろに立っていた。
「こんにちは〜」
ミシェルの右耳をカプりと甘噛みすると、気の抜けたような挨拶をした。ミシェルは全力で逆方向に距離をとる。
「あら、驚かせちゃった?」
深紅のショートヘアに、桃色の瞳、おそらく魔眼だろう。容姿はアウラ同様、少女のようにも見えるが、高身長故、大人びて見えた。
その存在感を見て確信する。この少女こそ、アウラが女狐と称する。火の大精霊サラマンダーこと、フレアなのだろう。
「エキドナちゃんから変な報告があってねー。受肉した精霊がいるって言うの。そんなおかしな話、あるわけないよねーって。あるとすれば、それは"私達"と同じ四大精霊ということ。私にそんなに会いたかったなら、普通に声かけてくれれば良かったのに〜アウラちゃん」
「──違うわ!! むしろ逆じゃ!! 会いたくないから声をかけなかったんじゃ戯けめ!!」
「なんでそんな事言うのよー、ひっどい」
ケラケラとからかうフレア。
「──ん?」
何かを感じ取ったように表情を変化させたフレアは、アウラに近づくと、クンクンと匂いを確かめるように。
今のアウラの表情は、この世のヒトができる表情の中で、一番歪んでいると言っても過言では無い。
「んー? なんか、匂うなぁ。──ハッ?! まさか男?!」
「──ッ!! 違うわ!!」
またしても茶化すフレアに、マジギレをかますアウラ。だが、僅かに赤みを帯びた頬に、揺らぐ視線をフレアは見逃さなかった。
「……え? まじで言ってる? 男と契約したの……? 四大精霊が? それもあんなにヒト嫌いのアウラが……嘘でしょ?」
人嫌いと言うのは初耳だが、確かに四大精霊がヒトと契約するのは異例のことだろう。
フレアはその言葉を聞いて、アウラの周りを見渡す。
ミシェル、ルミナ、レナ。順に表情を追って行く。
「男だよね……? この中にはいないわね……」
レナは当たり前のように女として処理されたようだ。
「──ん?!」
レナを通り過ぎたはずの視線が、衝撃の声と共に再び戻ってくる。
「なるほど……そういう事ね。ふーん、そうなんだぁ……」
フレアの様子はさっきとは異なり、至極冷静になっていた。
「精霊契約しておいて、わざわざ実体化している理由。が分かったよ。そこの白髪の少女よ、名前を教えてくれないか?」
視線はレナに向いていた。やはり女だと思っているらしい。
「えっと……オレのことで良いのか? レナだ。」
「ん……? オレ? 変わった一人称だね。まあ良い。レナというのね」
「えっと、勘違いしているようだが、オレは男だぞ」
「──ファッ?!」
驚愕の声をあげるフレアに、頭を抱えるアウラ。
「──ハァ…………ハァ……ァ……」
何やらフレアの様子がおかしい。元々、おかしくはあったが、そういうおかしさでは無い。呼吸は荒く、瞳孔が開いている。完全に捕食者の目だ。
「ね、ねぇ、アウラ、食べちゃダメ?」
じゅるりと涎を垂らすフレアはいきなりそんなことを言う。情緒不安定なんてレベルではない。フレアを前にすると、余程アウラがまともに見える。
「──殺すぞ」
アウラは冷徹な声で言い放つ。
話の上でも、冗談では済まさないと言う意思の表れだ。
「ふーん、でもさ、良いのかなー? アウラちゃんさ、四大精霊が精霊契約なんて、場合によっては見過ごせないんだけれど? 食べてしまう方が余程健全だと思うけれど」
フレアもただ冗談を言っている訳では無いようだ。四大精霊の精霊契約とはそれ程に重要な意味を持つらしい。
「わしは四大精霊じゃ。その責務を全うしている。レナとの精霊契約も、その一つに過ぎない」
「ふーん。ま、言葉じゃ何とでも言えるよね。私だって四大精霊なんだ。だから、自身の目で見極めないと見過ごせない。だから──」
「──今からレナを試すわ」
フレアは真剣な声色で、不気味にも口角をニヤリと上げて言った。




