第七章 11 『フレイムグラス』
少しの間、意識が途切れていた。
少しの間途切れていたのは意識であり、時間はその限りではない。身体は自覚できる程度には回復していた。
ゆっくりと瞼を開く。
耳元で、すぅーっと音がした。
音のする方向に首を傾けると、目の前にルミナがいた。一番端っこにいたはずのルミナが中央まで来た、ということだろう。正確には、転がってきたと言うべきか。寝相が悪いという次元ではない。
さて、どうしたものか……
自分に非はない。が、物事そう単純にはいかない時がある。どうにか、ルミナが起きないうちに、この場を去りたいものだ。
そして、大抵の場合、このような打算的な思考は、意味を持たない。
ルミナの瞼は、ゆっくりと開く。
大きく、綺麗な瞳が僅かに揺れる。
レナの引きつった笑顔を前に、刹那の間、思考が停止する。
だが、状況を冷静に判断するにはあまりにも時間が足りなかった。反射と言うやつだ。
「……え、ぇ……え?! うにゃぁあああああ!!」
ルミナは高速で後ずさると、勢い余って後ろの壁に頭をぶつける。
「──きゅふん!!」
「……大丈夫か? ルミナ……?」
「……だっ──大丈夫だよ……ごめん、私が寝てる間にここまで来ちゃったんだね……」
気が動転している割には、状況を飲み込むのは早い、さすがのルミナと言ったところだ。それに、顔を紅潮させて目を回しながら話している様子は、さらにルミナらしいと言える。
「ものすごい音がしたけれど、大丈夫か?」
物音を聞きつけたアルテミシアが駆けつける。
「大丈夫……だと思う」
「そうか……? なら良いが……そろそろ出発しようと思う。軽食をとって支度をしようか」
「ああ、そうしよう」
◇◇◇◇◇◇◇
日が昇る前に出発したが、それでも猛暑だ。
ここから道のりは険しくなり、気温も上がっていく。
「ここからは、少し進むとフレイムグラスの火山地帯だ。注意すべきは、まあ……ドラゴンじゃろうな……」
「ドラゴン?」
「ああ、フレイムグラスはドラゴンの住処が点在している」
「ドラゴンって……闘技場に現れたようなやつじゃないだろうな……?」
「そんなわけがあるか。ドラゴンは本来特別な存在なのじゃ。特に、わしらが今まで見てきた、レムゾルディア、ルドレイヴ、ファフニール、そのどれもが、わしでさえ成り立ちを知らぬ。そう簡単にお目にかかれるものではない」
確かに、今まで出会ってきたどのドラゴンも、到底"普通のドラゴン"とは呼べなかった。だが、そもそも普通のドラゴンとは一体何だろう。
レナがそんなことを考えていると、ミシェルが先に質問を投げかけた。
「では、ここで注意すべきドラゴンとは一体何を指すのだろう?」
「そうじゃな。確かに火山地帯故に、ドラゴンの住処が点在している。じゃが、そのドラゴンは、例外なく"フレア"が生み出したものじゃ。否、フレアが生み出した存在から、産まれたもの。というのが正しいかのう」
「フレアと言えば、アウラが言っていた四大精霊の一柱か。大精霊はドラゴンさえ生み出すのか」
「うむ……大精霊が生み出すことが出来るのは、あくまで精霊じゃ。フレアは、"エキドナ"と呼ばれる配下を生み出した。無論、エキドナは精霊じゃ。じゃが……エキドナにはドラゴンを産む能力が備わっていた。その能力を効率よく活用し、フレイムグラスを守っているのじゃ」
「アウラにも同じような配下はいるのだろうか?」
「……その話はまた今度じゃ。アルテミシアでさえ、知りえぬことじゃからな」
一瞬アルテミシアの方へ視線を向けたアウラの表情は、悲しげに見えた。
「すまない。好奇心で余計なことを聞いてしまった。話を戻そう。では、我々が注意すべきは、そのエキドナと言う精霊が産み出したドラゴンということだね。具体的に対策があれば聞いておきたい」
「そうじゃな……無茶を言うようじゃが、"見つからない"のが一番じゃ。なぜなら、エキドナの産み出したドラゴン、名は確かテュポーンと言ったか。テュポーンの知覚した情報は、全てエキドナに伝わっている。つまり、派手な動きがあれば、潰しにかかって来る可能性がある」
「なるほど……理解した。アウラがフレアに目をつけられたくないと言ったのは、このような意味も含んでいたのだね」
「……否、それはまた別件じゃが……うむ、確かに目をつけられない方が、スムーズにリアの救出ができるじゃろうな」
「理解した。では、進みながら、上空にドラゴンらしき影が見えたら身を隠すようにしよう。交戦になる場合、私かレナができる限り最短で仕留め、先へ移動を急ごう」
「そうじゃな、ミシェルとレナなら、おそらく大丈夫じゃろう。わしも可能な限り適切なルートを提案しよう」
隆起の激しい地面、余程開けた土地で無い限り、地上でドラゴンに遭遇することはないだろう。上空に飛んでいるドラゴンを発見したら身を潜めれば良い。
仮に交戦になった場合、討伐てしまえば場所はエキドナにバレてしまう。迅速に討伐し、その場を全力で離れるしか手はないだろう。
こうして四人は、フレイムグラス火山地帯に足を踏み入れた。




