第七章 8 『通過点』
レシア・イシュタルをラガルトセルクの近くへ送り届けた後、そのままフレイムグラスを目指した。
「レシアのこともあるし、ラガルトセルクへ寄らなくて良かったの?ま、急ぐに越したことはないと思うけれどさ」
「大丈夫。我々が示すのは閉ざされていない道だけで良い。レシアはまだ若いが、道案内が必要なほど子供ではないさ。私達のことも案内してくれた程だ」
「うん。そうだね」
柔らかい表情で話すミシェルに、ルミナは安心したように答えた。
ラガルトセルクを過ぎてしばらく進んだ頃。
道のりはかなり険しくなっていた。体感温度も5度くらい上昇しているようにも感じる。
「アウラ、フレイムグラスまで後どれくらいだ?」
「うむ。だいぶ火山地帯には近くなっていているな。明確な区切りはないが、あと少しで斜面に差し掛かる、それが区切りと考えて良いじゃろう」
「げ……まだフレイムグラスにすらいなかったの?!こんな暑くなってきたのに、、、」
「何を言うておる。火山地帯を登って行けば暑さは今の比にならんぞ」
いたずらに笑うアウラの一言に、生気を吸い取られたようにぽかんと口を開けるルミナだった。
◇◇◇◇◇◇◇
過酷な道。灼熱の気温。
アルテミシアが生成する気持ち程度のそよ風は、もはや熱風に等しい。
だが、魔獣等で脅威になりうる存在は"今のところ"遭遇していない。
「さすがに暑くなってきたな……」
レナは額を伝う汗を拭った。どんな過酷な道でも表情一つ変えることが無いレナも、気温には逆らえない。むしろ、この気温で何も感じないとしたら、それは最低限の生物として疑問さえ感じる。
「暑いって言わないでよーー!! せっかく意識しないようにしてたのに……」
ルミナの文句は気温と共に加速していた。
「すまない。だが、意識しようがしまいが気温は一定だ」
「知ってるよ!!そんなことは!!」
「元気だのう。そこで朗報じゃ。ここらを少し進むと上り坂にさしかかる、足場も悪くなる故、野営するなら良いポイントじゃと思うぞ」
「これが良いポイント……?」
ルミナの瞳が絶望の色に染まる。
ここから先、登るほど過酷になることは至極真っ当である。考えれば理解できるが、どうしても考えたくない自分がいる。それ程に辛い環境だ。
「ちょうど良いな。ここらで野営するとしようか」
「ミシェルー!!なんか暑くない便利道具とかないの??」
「暑くない便利道具??おかしな言葉だが意味は分かるから置いておこう。そうだな、期待している所申し訳ないが、そんなものがあれば既に使っているさ。あるとすれば、魔術か異能に頼ることになるだろう」
「……でも、大規模な魔術は控えるようにって、アウラが言ってたよ」
「岩盤で空間を作り、この中心に氷を置いてはどうだろう?」
「そうじゃな……人間にこの環境で寝ろと言うのも酷じゃろう。試して見ると良い」
「土属性を得意としている者はいるか?一応簡易テントはあるが……」
ミシェルの案は、土属性の魔術などにより、空間を作る。その中心に大きな氷を設置するという案だ。
そこで肝心なのは、冷気を逃がしにくい構造と、溶けだした氷から常に出る水を排出する経路の確保だ。いくつか水の経路を作り広範囲に水を流すことで効率よく室内を冷やすことが出来る。
しかし、簡易テントだとそう言った自由がきかない。
「はいはい!!私ビビっときた!!多分上手く作れる!!」
ルミナは我こそはと、真っ先に名乗り出た。
「さすがルミナ。ではお願いしようか」
「おっけー!」
「──ルータ・ラピス」
ルミナは人五人が十分に入れる大きさの立方体の岩壁を生成する。その後、内側を形成し、入口は階段で上るように少し上に、地面にはいくつもの水の経路らしき穴が空いている。
中に入ると氷を設置する凹み、その凹みから水の経路が外へと続いていた。入口を少し上に作ったのは、冷気が外にでないように考えてのことだろう。
「こんな感じかな?光は入ってこないから、発光石とか使ったらどうかな?」
「驚いた、完璧だ。すごいなルミナ!」
「へっへー!!でしょ?」
誇らしげに胸を張るルミナ。ルータ・ラピスは小規模な地形操作の魔術だが、その規模で細部まで地形操作するのは至難の業である。
「すごいな、いつこんな芸当覚えたんだルミナは……」
「え?ビビってきたんだって!!」
驚くアルテミシアにルミナは無邪気に答える。
正直内心ドン引きである。だが、相手はルミナだ。才能の塊であるルミナに、今更常識は通じないことはわかっているので素直に受け入れた。
「氷はオレが作るよ。魔力は有り余っている」
「レナにぴったりの役割だな。無論、結界は私に任せてくれ」
「とても助かる。何から何まですまんな。剣聖ともあろうものが何も出来ないなんて恥ずかしい限りだ。私は五感を研ぎ澄ませておくよ。万が一脅威が現れたとしたら、例え寝ていても全身全霊で君達を守ることを誓おう」
いつ何時であれ、最強の騎士団長の誓いは空間を神聖に塗り替える如く、美しいものだった。
こうして簡易拠点を構えたレナ達は野営をすることになった。