第七章 7 『劣等感』
獣人の少女は、自信なさげに先頭を歩く。
私達の憧れであり、誇りでもある。
暗い世界に光を導いた、ロゼリア・イシュタル。
私は姉の背中を今も見上げることが出来ずに、変化のない日々をただ浪費していた。
私の隣を歩く女騎士は、紛れもないホンモノだ。
アストレアと言えば、作り物の物語でもよく聞く家名だ。"剣聖"とも呼ばれる最強の剣士が実在すると、本気で思っている訳ではない。
けれど、ミシェル・アストレアが発した"ロゼリア"という言葉は何度聞いたか分からない。それは、ロゼリアが姉だからでは無いのだ。
私が初めて会う人。
その誰もが、私の容姿を見て──、私の家名を聞いて──、ロゼリアと、そう口にする。
勘違いしないで欲しい。
私は姉が大好きだ。
──そして、私は私が嫌いだ。
「レシア、一つ尋ねたいのだが、君はなぜ一人であのような場所に?」
「……それは……えっと…………その……」
「……ふむ。私達は至急やらねばならないことがあるため、レシアの悩みを解決するのには、時間的に足りないかもしれないが、もし、力になれれば話してはくれないだろうか?私達とレシアは今日会ったばかりだ。冷たい言い方をすれば良い意味で他人だ。知人に相談しにくいことも、多少は話せるのではないか?」
レシアは少しの間、考え込む仕草を見せるが、閉ざされた口が小さく開くのに、そう多くの時間はかからなかった。
「……私は、──何も無いんです。私は、──何もできないのです。私は、──何もしてこなかったのです」
「なぜそう思うんだい?」
「私のお姉ちゃんは、そうじゃなかったから。ロゼリアは、──全て持っていいた。ロゼリアは、──全てできた。ロゼリアは、──全て成してきた」
「私もロゼリアのことは知っている。彼女は確かに、若くして偉業を成した。それは紛れもない事実だ。だがね、当然ながら、彼女にだって何でもできるわけでは無い」
「それは……」
「些細なことで良い。レシアは何かしたいことはあるかな?」
ミシェルのはっきりとした話方に、姉の影を見たのか、レシアは耳を赤らめながらも、ポケットから小さい道具を出した。
「……私が作った魔道具……です。今日はこれを使って魔獣を討伐出来れば、みんなも認めてくれるかと思って、ここまで来たんです……でも、実際に魔獣に囲まれたら手が動かなくて、何も出来なくなって……」
レシアは涙を滲ませた。それが恐怖ではなく、悔しさによるものだと、知っているものには分かるだろう。
「その歳で魔道具を作っただと?」
ミシェルは、レシアにグイッと近づく。
レシアは目をぱちぱちさせながら、自分が何か問題発言をしてしまったのかと、不安そうな表情をしていた。
「魔道具と呼べる代物かは分かりませんが、昔、お姉ちゃんが"花火"って言う綺麗な魔道具をお土産で持ってきてくれて、お姉ちゃんが帰ったあと、どうしても中身がどうなっているか知りたくて、そしたらすごく楽しくて、あんなことも、こんなことも出来るかもしれないって、ワクワクして!!」
レシアはさっきまでと打って変わり、目を輝かせながら語った。
ミシェルは、首を傾げながら、後方を歩くアルテミシアに手招きする。
「アルテミシアよ、私はフェルズガレアの魔道具について、詳しくは知らないのだが、幼い少女が分解して理解した上で作れるものなのか?」
「ははは。何を言っているんだ?フェルズガレアに存在する魔道具の全ては、極一部の"天才"が生み出したモノを複製して販売されている。にもかかわらずだ、そのどれもが高価なものだ。つまり、構造を知っていてもなお、複製さえそれなりに難易度が高い。幼い少女に理解なんて、剣聖様も随分と面白い冗談を言う」
「なるほど……よく分かった。やはり私の感覚は間違っていないようだ。レシア、魔道具のことはラガルトセルクの誰かに話したことは?」
「あります……けれど、引きこもって何をしているんだと。お姉ちゃんを見習いなさいと。誰も魔道具には興味無いみたいで……」
「そうか……眠れる才能も、環境によっては異端となることは良くあることだ。しかし、この才能は埋もれるにはあまりにも勿体ない……」
ミシェルは唇を軽く噛む。
どうにかしたいが、魔道具を作る才能を育てるにはどうしたら良いか分からないからだ。
そこで、レナは思いついたように口を挟む。
「本人次第ではあるが、アウレオに話を聞いてみるのはどうだろうか」
「アウレオ……? もしやアウレオ・アルヴァイスか?!」
ミシェルは驚愕の表情でレナに詰め寄る。
「ああ。何か問題でもあったか?」
「いや、問題はあると言うかなんと言うか。ああああ、頭がおかしくなりそうだ。とにかく今は置いておこう。アウレオ・アルヴァイスと面識があることは、アストルディアの者には話さない方が良い。それだけは伝えておく」
「あ、ああ。分かった。いずれにせよ、今できることではない」
「そうだね。レシア、もし君のやりたいことができる環境を与えられるとしたら、大きな一歩を自ら踏み出す勇気はあるか?」
「あります……私のやってきたことが、意味のあることだと、証明できるなら、お姉ちゃんにはなれないけれど、お姉ちゃんのように、誰かの役にたてるなら──」
「──私は命をかけても良い」
十四歳の獣人の少女が一人。
決断した少女の瞳は、偉業を成した姉の瞳に劣らず。
私もそうだったように、きっかけは誰にとっても些細なことかもしれない。
そんな"些細なこと"が、新たな偉業の兆しとなるのだ。