第七章 5 『見慣れぬ光景』
翌日早朝、レナ達は簡易拠点を出発した。
まだ日も昇っていないにもかかわらず、蒸し暑い。
「この気温はどうにかならないの……ほら、レナなら氷の魔術もほぼ無尽蔵に使えそうだし、応用とか色々……」
「確かに工夫はできるじゃろうが、あまり環境を乱すことはおすすめせんな」
「どうしてさ、氷魔術を使うくらい大丈夫だと思うけれどな」
「まあ、ダメとは言わんが……」
アウラはどこか気乗りしない雰囲気でだった。
「そういえばアウラはレナにべったりだけれど、何か理由があるの?」
レナは少し胸がキュッとした。
気になっていたが、なんか聞きづらくて聞けなかったことだからだ。逆に言えば、第三者が聞いてくれて、少しほっとした感情もある。
「ぬ……アルトセラスは知っての通りわしの管轄じゃ。そして、エルドグランも然り。四大精霊の一柱、サラマンダーまたの名をフレアの管轄じゃ……」
「うん。それで?」
「例えばアルトセラスで森林を大火事にした者がいたとする。当然わしはそのことを認知できる。だが、余程のことがない限り干渉はせん。それもまた、自然の摂理に含むからじゃ。ただし、わしは、レナに干渉してしまった。そして今、レナの近くには大精霊のわしがおる。断言しよう、フレアに目をつけられたらあいつは必ず目の前に姿を現すじゃろう。だから、目をつけられたくないんじゃ……」
「フレアに目をつけられるとどうなるの?」
「それは……えっと…………」
貫禄がすっかり消え去った風の大精霊。
気温のせいもあるだろうか、顔も赤みを帯びているように見えた。
「ま、まあ良いじゃないか。大精霊様達の関係性もあるだろうからね。私がそよ風を軽く吹かせておくから。それくらいで我慢しよう、ルミナ。アウラ様も大丈夫ですか?」
アルテミシアは提案すると、アウラは小さく頷いた。ルミナも首を傾げながらも納得したようだ。
アウラの案内でしばらく進んでいると、ルミナがナニかを発見した。
「あの変な形の物体なんだろう?宙に浮いているような……」
気になって仕方の無いルミナは小走りでナニかを確かめに行く。
「なんだろうこれ、自然の岩って感じでもないよね。完全な立方体、模様はなんか綺麗だね。それよりここら辺あっつい……」
完全な立方体は、幾何学的な模様が刻まれており、その溝をマグマのような液体が流動していた。ふわふわと浮かぶ物体は、複数個存在していた。
「それはレクタートという、一応魔獣、じゃな。特に害はないが……」
説明の途中で、ルミナはたまらずレクタートに指先を触れようとする。
「……おいっ!!」
僅かに指先を触れた途端、レクタートは爆ぜる。大爆発とまでは行かないが、まともに食らっていればかすり傷では済まないだろう。
幸い、ルミナも警戒していたこともあり、即座に回避したことで無傷で済んだ。
「ちょっと!!爆発するなら先に言ってよ!!」
「なんじゃと?! 戯けめ!説明途中で触れる馬鹿者がおるか!!」
「──あ!!馬鹿って言ったね!!」
そんなやり取りを見たミシェルはたまらず、ふふっと声に出して笑った。
「いや、すまないね。見慣れない光景なんだ。なんと言うか、良いものだ。ありがとう」
優しげな表情でそんなことを言うミシェル。ルミナには、その姿が、ほんの少しだけ空虚に見えた。
まだ会って間もない関係だ。加えてミシェルはアストルディアの剣聖だ。距離感があるのは当たり前である。けれど、距離を詰めてあげたいと、思わずにはいられなかった。
「ミシェルー!! アウラに馬鹿って言われたー!!」
唐突に抱きつくルミナに驚くミシェル。
驚きもするだろう。けれど、年下の少女から向けられる好意がここまで尊いものだと、実感するのは初めてだった。それは、ミシェルの住む環境、立場故の感覚かもしれない。
「ふふ。ルミナは馬鹿ではないさ。本当に」
満足したようにニヤけるルミナをやれやれといった様子で見るアウラ。
ミシェルは、そうは言ったものの言わねばならないと、
「でも、話は最後まで聞いた方が良い。たった一言の情報不足で命を落とす者はたくさん見てきた」
ルミナは、「うん。分かってる」と、真剣に答えた。本当に分かっているのか?と聞くような野暮な真似はしなかった。
今まで何人見てきたかわからない。話している相手の真意を推し量るのはミシェルにとって得意分野でもあるからだ。
アウラも、渋々納得したようで、レクタートには触れずに進むと付け加えた後、道案内を再開した。
そんな中、最後尾で密かにアルテミシアとミシェルは会話をしていた。
「アルテミシア。フェルズガレアの少女は、みんなルミナみたいなのか?」
「いいや、ルミナが特殊だよ。まあでも、ある意味ではリアの方が特殊かもしれない。ルミナが心酔する程に心に光を宿している。まあでも、ルミナよりは少女らしい、と私は思うけれどね」
「それ程の少女か……私も是非とも話してみたいものだ。リアという少女が、ゼルグ・エインドハルグの標的になったのも深い事情を抱えているだろう。絶対に救出しよう。それが我々年功者の役目だね」
「ああ。もちろんだとも」
最後尾の二人は、改めて気を引き締めた。