第七章 3 『敬愛』
レナ一行はエルドグラン第一拠点にて、休息をとっていた。急いで出発したこともあり、疲労は溜まっている。
「現在わしらがいる第一簡易拠点が最後の休憩になる故、覚悟するんじゃな」
「フレイムグラスには簡易拠点とかないのー? というかそんな場所にアイツらの拠点が本当にあるのかな」
ルミナは口を尖らせていた。
信じられないほど暑い火山地帯。しっかりと休む場所も無し。考えるだけで疲れが込み上げてくる。
「リグモレスの狭間と言っていたからのう。フレイムグラスを抜けたさほど灼熱でない場所に拠点をかまえているのだろう。灼熱の火山地帯を抜ける、またはリグモレスから回り込んで来ない限りたどり着けない拠点。なかなか考えたものじゃ」
「そんなの普通は辿り着けないじゃん……」
「ルミナ、そう落ち込むな。私は何故そのような場所に拠点をおいているのか、についての方が興味があるよ。だが、それは後だ。ひとまず汗でも流して装備を整えよう」
「それは賛成」
◇◇◇◇◇◇◇
「ここの温泉はぬるめで気持ち良いねー」
ルミナはすいすいと広い湯を掻き分けるように進んで行く。
「全く、無邪気で可愛いな君は」
ルミナを目で追っていたミシェルは自然とそんな言葉が出た。
ルミナはハッとするように顔を紅潮させると、静かに座り直した。
「すまん、困らせるつもりはなかったんだが」
「気にしなくて良い。ルミナはいつもそうなんだ。それよりも……」
アルテミシアは一糸まとわぬミシェルの姿から、視線を外せずにいた。
「どうかしたか?」
「王都アスティルフェレストップ騎士団長。他を寄せつけないほどの異次元の実力。頭脳明晰、容姿端麗……」
「いきなりどうした、そんなに褒めても何も出んぞ?」
「せめて腹筋くらいは割れてて欲しかったと言うか。"剣聖"と呼ばれる最強の剣士なのに、鎧を脱いだら全ての女性が憧れる程のスタイル抜群と来たものだ。自分が情けないよ」
アルテミシアは珍しくも後ろ向きな発言をしていた。一般的に見れば、アルテミシアも容姿端麗でスタイルは良い。近接戦闘を行う者であれば、筋力は自然とつくものだ。だが、ミシェルにはそれがない。
自らの引き締まった腹筋を見ながら、女性らしいミシェルの曲線へ視線を移すとどうしても悲観してしまうのだ。
「そんなことは無いさ。憧れとはその人だけのものさ。私は洗練されたアルテミシアの肉体を羨ましく思う。自身を最終的に守るのは肉体だ。私は異能の制御が上手く出来なくてね。幾度も肉体を鍛えようと努力したが、これ以上鍛えることは叶わない」
「うむ……反論できんな……」
「無意識に身体強化の異能を行使してしまう者は私のような体質が多いようだからね。レナが良い例だ。さて、積もる話もあるし、そろそろ出て話し合おうか」
◇◇◇◇◇◇◇
ヨシュアもいない中、レナは仕方なく一人で湯に浸かっていた。
第一簡易拠点ということもあり、ある程度この施設の利用者はいるようだ。自分に向けられる周囲の視線が正直心地悪かった。いっそ髪を短く切れば、そういった勘違いもおきないだろうか。否、おそらく問題はそこでは無い。
心地悪さと格闘していると、自分に向けられてい視線はピタリと消えた。
人がいなくなったわけではない。だが、視線は消えた。
そう、視線は別の人物の虜になっていた。
純白の曲線は一定のリズムを刻み、濁り泣ききめ細やかな肌は、性別の垣根などくだらなく思えるほどにしなやかだった。
薄く煌めく黄金の瞳は、一度見たら目を離すことは叶わないだろう。
腰に布を当てている故、性別は断定出来ないが、少なくとも"男には見えない"が、女という領域にもいないような、不思議な印象だった。だが、ここは男湯なので、"青年"としておこう。
青年は、自身に集まった視線が無愉快だったのか、「──チッ」と大きく舌打ちをすると、周囲の人々は慌てるように外へ出ていった。
そして、青年はレナの方へゆっくり歩いていくと、少し空間を開けて隣へ腰を下ろした。
美少年と美青年、これ程絵になるツーショットは無いだろう。
「いい湯だね」
美青年は透き通った中性的な声で話しかける。"中性的"と表現したが、"女性的"の方が適切かもしれない。
「あ、ああ」
レナはぎこちなく返答する。
「──レナ、と言ったかね」
「どうしてオレの名前を?」
「どうしてって、君は自分が周りからどう思われているのか、もう少し知った方が良い。武闘大会でも大活躍だったじゃないか」
「……ああ、そういう事か。それで、なんの用なんだ?」
「なんの用って、私はただ温泉に来ただけさ。そこに偶然興味のある人物がいたから、声をかけたまでだよ」
「そうか。じゃあオレはこれで──」
こんなタイミングで面倒事には巻き込まれたくない、と思ったレナは、早急に立ち去ろうとばしゃりと立ち上がる。
──が、青年はレナの左手を掴んだ。
「──待て」
決して力強く握られている訳では無い。だが、一瞬で理解した。
この青年、見た目だけでなく、"中身も普通ではない"と。
「待っている人がいるんだ。用があるなら手短にしてくれ」
「──お前はレナ・アステルなのか?」
「違う。オレは"レナ"だ。世界を滅びに導いた"レナ・アステル"のおかげで良く勘違いされるんだが、当然──」
刹那、悪寒がした。
掴まれた左手に圧力がかかる。
「──違う。それは真実ではない」
徐々に強まる圧力は止まることを知らない。
耐えられなくなったレナは左手を振り払う。
「──っ!! いきなり何をする? そもそもお前は何者だ?」
「──すまん。私はオルティナ。レナ、君が私の望む存在であるならば、またどこかで相まみれるだろう」
「……申し訳ないが、オレにはよく分からないよ」
レナはそう言い残すと、足早に立ち去った。
「──私は、そう願っている」
「──あぁ、敬愛なるレナ・アステルよ……」
オルティナは、悲しげに星空を仰いだ。