第七章 2 『違和感の正体』
そこは、リセレンテシア郊外西の土地。
しばらく歩いて行くと、既に汗がにじみ出てる。
身体能力が著しく高いレナとミシェルも例外では無い。なぜなら、外気温による発汗だからである。
ラガルトセルクは、まだまだ先だと言うのに既に30度は超えている。
「暑い……ミシェルさんはいつも鎧着ているけれど、暑くないの? いや、もちろん暑いんだろうけれど、そもそも鎧ってどうして着ているの? 剣聖程の実力があれば、むしろデメリットの方が大きくない?」
ルミナは素朴な疑問を投げかける。
「ルミナ、ミシェルで良い。君の言う通り、言うまでもなく鎧は暑い。鎧を着ることについてだが、理由は二つある。一つは君達ガーディアンが制服を身に着けているのと同じ理由さ。騎士団長として、頂点に立つに相応しい身だしなみ、というものさ。もう一つは……恥ずかしい話なのだが、私は"剣聖"なんて言われてはいるが、異能を上手くつかいこなせていないんだ。それどころか、自分が"異能"を行使していること自体、言われるまで気づかなかった。剣技だけでここまで来たと思っていた。まあ、その名残りだな」
その話を聞いたレナは、一つ大きな疑問を感じた。
「異能をコントロール出来ない、という話だが、それは武器によって解決できないのか?」
そう、レナが大量の魔力を注いでも問題ない魔剣オルナの存在。コントロールすることも重要だが、壊れてしまうのは武器の器が足りていない、という見方もできる。
「ああ、レナは魔剣を使えるのだったね。ひとまず、魔剣を使えるのは普通のことではない。私もアストルディアに管理されている三本の魔剣について、そのどれもが私を主と認めることは無かった。私が普段使っているこの剣は、加工された剣の中では一番高価なものでね、残念ながら、これ以上の代物は存在しない──」
先頭を行くミシェルとレナは、話しながらも遭遇する魔物を切り伏せる。
「でもさ、剣聖ってミシェルの前にもいたんだよね? 似たような悩みを抱えていたんじゃないの?」
「ルミナは鋭いな。私ほど顕著に悩んでいた先代剣聖はいなかったらしいが、その通りだよ。──アストルディアには、剣聖専用の武器がある」
「剣聖専用?」
「そうだ。名はレーヴァテイン。アストルディアで最も神器に近いと言われる武器だ。レーヴァテインは、"決して壊れることは無い"と言われている」
「決して壊れることは無い……それはまた極端な」
「アストルディアの権力者の話によると、"神器に限りなく近い"存在だそうだ。全く、胡散臭いことこの上ない」
「アウラの話で初めて知ったが、そもそも神器とは何なんだ?」
「本来、フェルズガレアの者にこのような話をすることは許されていないのだが、私がここに来た意味でもあるからな。惜しまず話そう。それは、古い時代の話。世界の根源たる神樹は、一人の創造神の化身、そして七柱の神、七神を生み出したとされている。その七神に与えられし特別な力を有した武器を"神器"と呼ぶ」
「創造神……? それはおとぎ話の類ではないのか?」
「うむ。完全におとぎ話であれば、それほど幸せなことは無かったかもしれんな」
「……?」
「レナ達にもこの世界が普通でははい、ということは感じているのではないか? 私達は生まれた時からこの世界で生きている。それが当たり前と言えば当たり前だ。だが、それを差し引いても"この世界はあまりにも歪すぎる"」
ミシェルの真剣な言葉に、誰も反論しなかった。自分達の生きる世界が酷く歪んでいることくらい、理解しているからである。それは、フェルズガレアに住む者であれば尚更のことだ。
「それにな……」
言いかけたミシェルは正面の魔物を両断し、振り返る。
「──アストルディアには、実際に七神が存在する」
驚くレナ達の反応は至極真っ当なもの。
初耳だ。
神が実際にアストルディアに存在するなんて。
「アストルディアと言っても、更に上の次元"神域"だがな。アストルディアとは違い、人間は立ち入れん。だが、七人の神位権限魔法士のみ、七神を拝謁する権利が与えられているそうだ」
神の拝謁を許される存在。
そう聞いて真っ先に思い浮かぶのは、メルゼシオン大襲来の際、上空でその尽くを葬り去った純白の少女だった。だが、同時に違和感を感じた。
「神位権限魔法士……ミシェルと共にいた少女のことか……?」
「私と共に? ああ、エクシア様のことか。彼女は神位権限魔法士では無い」
「しかし……あの強さと言い、武器はまるで──」
そこでレナは違和感の正体に気がつく。
仮にアストルディアに"七神"が存在するのであれば、エクシアという少女は何だ?
"グィネヴィア"を名乗るエリュシオンは?
神器、聖槍アスカロンを顕現したリアは?
"モルドレッド"と名乗るゼルグ・エインドハルグは?
「自分で言うのも何だが、私や君みたいな"例外"は存在する。だが、それでは説明のつかないことが多すぎる。エクシア様のことも、極端な"例外"であると、世界の歪みが産み落とした一種のバケモノだと、自身に言い聞かせてた。しかし、ゼルグ・エインドハルグを見て確信したよ。彼女らの武器が、"神器"であることに」
「待ってくれ……つまり、エクシアやゼルグは"七神"だと?」
「……いいや、そうとは言っていない。だが、その事がアストルディアに知れれば、権力者がどう動くかわからん。私は奴からが"何か重要なことを隠している"と睨んでいるからな」
「なるほど……アストルディアはアストルディアで複雑なんだな……」
レナはしっとりと肩を落した。
ルミナは、いかにもそんな話聞きたくなかった、と言うようなムスッとした表情をしていた。
「お、あれが拠点と言うやつか?」
「あ、ああ。そうだ。あれが各地に存在する第一簡易拠点だ」
アルテミシアは意表を突かれたように答えた。
ミシェルとレナが話しながら全ての魔獣を倒してしまったが故に、正直暇だったのだ。
何はともあれ、四人はエルドグラン第一簡易拠点へと到着した。