第六章 28 『ごめんね。』
大量の鎖は、リアに絡みつくように。
"異能"の領域を超えた力は、観戦席にいるリア達の力量では対処できずにいた。最も、レナがリアの隣にいたとして、魔剣オルカでこの鎖を切断することは不可能だろう。
リアは中に持ち上げられ、ゼルグの近くまで乱暴に移動させられる。
「──ゼルグ・エインドハルグ!! どう言うつもりだ!!」
「──ほう。オレの名前を知っているのか」
ゼルグは視線を先程までリアがいた場所へ移す。
そこにいたアルテミシアの様子を、まるで羽虫でも見るかのように一瞥すると、再び視線はレナに戻る。
リアは逃れようと藻掻くが、鎖に拘束され完全に身動きを封じられている。
「──ゼルグ!! リアを離せ!!」
深紅に染まるレナの言葉は空気を伝播する。
それは、理すら書換える"あの力"には遠く及ばず、メルト・ローティシエとの戦闘で起こした事象改変に近しい力。
ゼルグの眉間は微かに歪むが、リアを拘束する鎖が緩むことはなかった。
「このオレを言葉で従えようとするとはなぁ。今日は楽しみが多くてたまらねぇ。だが、オレの心はちょいと特別でなぁ。どんな手段を利用しても、言葉でオレを従えることは不可能なんだよ。──それが、神であってもだ」
「──何を言って……」
「──レナ・アステル。お前には必ず協力してもらう。この人形はその為の"縛り"だ」
「──ッ!! リアは関係ないだろう」
「柄にもない。落ち着けって。ああ、そう言えば…………しかしなぁ、お前にとってこの人形がねぇ……随分と変わった趣味だ」
ゼルグは神妙な顔つきでぶつぶつと呟く。
レナのことをまるで知っているかのような口ぶりは相変わらずだ。
「だからお前は何を言って──」
「まあ良い……だが、こいつは連れて行く。どうやら、こいつはただの人形では無いらしいからな。お前が来るまで話を聞かせて貰うつもりだ」
ゼルグの歪んだ笑みが一体何を考えているのか。レナには分からなかった。
ただ、良くないことが起きる。そんな予感がした。
「じゃあな、レナ・アステル。エルドグランとリグモレスの狭間で待つ。心配するな、詳しい場所は近くに来ればわかるさ。期限は一週間後だ。遅れたら、どうなるかわかるな?」
ゼルグは硬く太い指先で、リアの頬をなぞる。
何度も何度も、嫌がるリアの表情を確かめるように。
「──やめろ」
レナは酷く冷徹な声を放つ。
周囲の者全員に、同時に周囲の温度が一気に下がるような感覚を与えた。否、これは本能的な恐怖である。
膝をつく者、震える者、後ずさる者。
生物は恐怖から逃れることは出来ない。だが、ゼルグには通用しない。
──そして、もう一人いつもと変わらぬ者がいた。
「……レナ、ごめんね。私は大丈夫だから。あなたに助けられてばかりだけれど、きっと、またあなたは私のことを助けてくれる。これは確信だよ。傲慢な女でごめんね」
リアは優しく微笑んだ。
宝石のような瞳は揺れ、目尻から小さな雫が落ちる。
「──必ず助ける。だから、待っていてくれ」
「じゃあなレナ・アステル。楽しみに待っている。別に誰と来ようが構わねぇ。例え、オレ達を潰しに来てもなぁ。まあ、何人が死ぬことになるかは知らねぇがな」
無数の鎖は上空へと伸びる。
──束の間のこと。
上空は神々しい光子の漣に包まれた。
光子は白と金色の巨大な二枚の翼により散らされる。
語り継がれる神が一体どのようなものなのか。その事実の一切を知るものがいないのであれば、空想で神を語ることが許されぬのなら。
──上空にいる"ドラゴン"を間違いなく"神"と崇めるだろう。
白金のドラゴンは、伸ばされた鎖を黄金の光輪で固定する。
神聖な音色と共に、ゼルグとリアは鎖によって飛び立った。
その光景を、状況を、誰一人理解することも出来ず、ただ、ひたすらに視界から遠ざかるのを見ることしかできなかった。
◇◇◇◇◇◇◇
不測の事態で中止を余儀なくされた、リセレンテシア中央闘技場の武闘大会。中止のアナウンスと共に、出場者、観戦者は解散となった。
しかし、レナ達には別の大きな問題に直面していた。リアが攫われたという事実である。
今にも助けに行きたいところだが、場所はエルドグランとリグモレスの狭間だと言う。無策で突撃する訳にもいかなかった。
ひとまず、準備のためアストルムヘ帰ることを決めた頃、とある人物から声をかけられた。
剣聖、ミシェル・アストレアと。そして、隣にいるのはセラフィス階級、ロゼリア・イシュタルである。
「君達、ちょっといいかね」
「ミシェル・アストレア……」
「今回はこのような事態を招いてしまい、申し訳ないと思っている。リセレンテシアの復興のために良かれと思い、催しを用意したのだが、私にも想定外だった」
「いいや、ミシェルに非はない。オレに力が足りなかった、それだけだ」
「力は確かに重要だが、それが全てではない。今回、私が手出しでしなかった大きな要因は、情報が足りないということだ。そして、それは君も同じだろう?」
あの状況で全力で戦えば、またリセレンテシアが崩壊しかねない。それに、リアの身がどうなっていたか、考えるだけで答えは明白だ。
「──もう一つ。手出しをしなかった理由がある」
「ゼルグ・エインドハルグと言ったか。奴の行動原理に疑問を感じた。なぜこんなに目立つ行動を起こしたのか……それに、あの異次元の力だ。あれは普通ではない。だから、一度話をすべきだと思ってね」
「……話を?」
「そうだとも。私もレナと一緒に行こう」
「──ッちょっ!! みしぇえ──様ッ!!」
小さな可愛い声がどこからか聞こえた。
影が薄く気づかなかったが、ミシェルの後ろにいた。
「アルゼン。上への報告はなんかてきとうに誤魔化してくれ」
「──ぅ……っ!!」
仮面により表情の一切は読み取れないが、正直透けて見える。ミシェル・アストレアの側近、苦労が絶えないだろう。
「ロゼリアも一緒にくるか?」
「……いや、やめておく。興味が無いわけではないが、今の状況だ。リセレンテシア内部にも事情を知った上で、戦力のある者が必要だろう」
「君ならそう言うと思ったよ。任せよう。レナの他に一緒に行く者はいるか?」
「私も行こう。アルテミシア・クローリスだ。戦力に自信はないが、ゼルグ・エインドハルグのことは知っている。土地勘と結界には自信がある」
「それは助かる。それに、謙遜する必要は無い。結界を得意とした精霊使いなど君以外にみたことがない。よろしく頼むよ」
「私も行くよ。私はルミナ、リアの親友だ」
誰の意見も聞くつもりはない。それ程に強い意志が感じられた。
「もちろんだとも。一緒にリアを助けよう」
ルミナは真剣な眼差しで頷いた。
「──私はッ。私は今回はアストルムで待っているよ。リアのことは、レナとルミナに任せる。私はアストルムを命に変えても守るから」
力強く意見するリゼの瞳は揺れる。本当は付き添いたいに決まっている。だが、今までの経験を踏まえて勇気のある決断をしたのだ。
「私もアストルムにいるよ。リゼが耐えるんだ。こっちのことは任せて」
リゼの様子を見たルナは優しげにリゼに寄り添った。ヨシュアも異論はないようだった。
「リゼ・レグラントだね。君の決断は正しい。それは一番勇気のいる行動だ。リアの帰る場所を守ってあげてくれ」
リゼに近づくミシェルの様子は、まさに"剣聖"だった。
短期間であっても、それなりにミシェルのことを見てきたロゼリアだったが、これほどに正しく、自然に指揮を上げる人間を見たことが無かった。それは、言葉だけでなく、容姿、所作の全て、彼女の持つ魔力さえもが、上に立つ者の才覚として突出していた。
こうして、レナ、ミシェル・アストレア、アルテミス・クローリス、ルミナの四人でリアの救出することが決定した。
ゆさです。
第六章 『新生リセレンテシア』はこれにて終了です。
少し長くなってしまいましたね。
お読み頂きありがとうございました⸜( ˶'ᵕ'˶)⸝
次回より、第七章 開始となります。
よろしくお願いします。