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目つきが悪いと仲間に捨てられてから、魔眼で全てを射貫くまで。  作者: 桐山じゃろ
第四章

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17 ローズの回想

 イネアルさんと一緒に過ごす日が多くなる中、その日は皆とリビングで、思い思いに寛いでいた。

 私は昼間にイネアル先生から教わった「この世界の常識」をヒスイ、ツキコと共有し、その流れでアネットとラフィネに元の世界にあった電力について解説を試みていた。

 全部知っているわけじゃないから詳しい説明はできなかったけど、途中でヨイチが指先に稲妻を出して見せてくれたから、やりやすかった。

「えっと、魔力のように直接何かを動かすのではなく、別のものを別の力で動かして電力というものを生むのですね」

「そう。アネットは飲み込みが早い」

「えへへ……。ところで、それは魔力社会のこの世界には応用できないのでしょうか」

 アネットがグイグイ質問してくれる。ツキコが道具を作る側からの視点でフォローをいれてくれて、ラフィネは、理解はともかく話が面白いらしく、ニコニコと聞いていた。

「人間が直接生み出せるものだから、それで更に別のものを……ってやると、余計に効率が悪くなる……のかな?」

 魔力を貯めておく道具や装置はあるけれど、人が直接、定期的に補充することが前提だ。間接的に魔力に似た力を生むことってできるのかな。

「電力の使いみちは、どんなものがありますか?」

「こっちの魔道具とそう変わらない。冷蔵庫とか、空調とか、照明とか」

 自動標的くんは、ゲームの部類に入るのかな。

「そういえばここの照明も魔道具でしたね。修道院ではランタンを使っていましたから、ここへ来たばかりの頃は驚きましたよ」

 冒険者カードがスマホもどきと呼べるほど元の世界に近いのに、火や灯りに使うものは、私にはレトロに感じるものが主流だ。

 この世界でまだ見たことのない照明……蛍光灯かなぁ。

「棒状の照明って、ある?」

「聞いたことないです。どんな感じなのですか?」

「ええと、ヨイチ」


 ヨイチに、さっきの稲妻の要領で光を出して見せてもらおうとしたら、世界がガツンと揺れた。



 それから、背中に羽根の生えた人の姿を一瞬見た気がした。




「……あれ? ヨイチくんは?」

 かなり大きな地震だったはずなのに、家の中は何も倒れていないし、私達は全員立ち上がっていた。

 そしてヨイチが消えていた。

 頭の中に、不自然な空白がある。

「ヒスイ、ツキコ。羽根の生えた人、見なかった?」

 ツキコが「あっ」と声を上げた。ヒスイは顎に指先を当てて黙っているけど、心当たりがありそう。


「先程までのことを、覚えていらっしゃらないのですか?」


 モモの質問に、ラフィネとアネットは首を傾げて顔を見合わせ、私は後少しで思い出せそうなもどかしさを感じていた。ヒスイとツキコは多分、私と同じような症状に陥っている。


「主様の気配がどこにもありません。……ヒイロ、ここはお願いします。私は助けを求めてきます」

「どこへ?」

 転移魔法を展開中のモモに尋ねると、一言。


「主様と同じくスタグハッシュで召喚された方々です」


 アオミ達のところだ。



 モモが去った後、ヒスイが無理やり笑顔をつくって、ラフィネとアネットを寝室へ押し込んだ。

「何かあったらすぐに呼ぶから、今は休んで体力を温存しておくのよ」

 ヒスイがそう言うと、二人は渋々ながらも従った。実質メイド長たるヒスイには逆らえないのだ。


 そしてリビングに私達だけになると、ヒスイが私とツキコに向き直った。

「私はここで待ってるわ。二人も……」

「起きてる」

「眠れるわけないでしょ」

 ヨイチのことが心配で、ヒスイを放っておけない。


 モモは三十分もしないうちに戻ってきた。

 その十分前には外でなにかの魔法が発動したみたいで、家の周辺が半透明の黒い膜で覆われた。

 そしてモモは、アオミと、ジストを連れて家の中へやってきた。


「主様はジスト様のお宅にいます。今は動かせませんが、あちらにも結界がありますから安全です」

「動かせないって、ヨイチくん、何があったの!?」

「大きなダメージを負われておりましたが、アオミ様が治癒魔法をかけてくださいました。ご無事なのは確かです」

 珍しく強い口調で言い募るヒスイを、モモが優しく宥める。

「私を……」

「いけません。主様はヒスイ様を危険に晒すことは絶対、お許しになりませんから」

 ヒスイは黙り込んで一歩引き、俯いてしまった。


「ヨイチが心配なのは分かるが、安全な場所にいることと無事なことを信じてくれ。それで……」

 アオミは、ヨイチに怪我を負わせた〝何者か〟から身を守るためには、アオミの暗黒という属性が唯一無二なこと、何箇所も結界を張る魔力と体力がないため、ヨイチや私達の大事な人達はこの家で匿いたいことを話した。

「さすがに全員は無理よ」

 ツキコがヨイチと関わりのある人達をささっと書き上げてくれた。

 アルマーシュさん達やプラム食堂のおかみさん、イネアルさんはここへ連れてくることにして、修道院と孤児院は個別に結界を張ることになった。


 アオミの体力魔力が足りないというので、以前作ってそのまま在庫化している私のポーションを渡して使ってもらうことにした。こんなところで役に立てるなんて。

 ジストが遠慮しようとしたから、飲んでいいって伝えた。

「……ごめんね、ありがとう」

 だって。


 もう怒ってないのだけど、それを教えるつもりはない。そのままにしておいた。




 モモが転移魔法でアルマーシュさんとロガルド、プラム食堂のおかみさん、イネアルさんを屋敷へ連れ帰ってきた。

 モモはその後すぐに、アオミ達と孤児院へ。少しして、孤児院の方角にも半透明の黒い膜がかかった。

「ヨイチが、そんなことに……」

 ロガルドは事の次第を説明されて、呆然としていた。

「大丈夫よ、ヨイチだもの」

 ツキコが自分への鼓舞を含めて、励ましていた。

「ローズ」

 私の側にはイネアルさんがいて、そっと肩を抱き寄せてくれた。単純な私はそれだけで、少し安心してしまう。

「で、あんたたちご飯は食べたのかい?」

 プラム食堂のおかみさんは、背中に大きな籠を背負っていた。中身は食材だ。

「まずは食べて体力つけておかないとね。食欲がないならスープを作ってあげるよ。ヒスイ、台所を借りるよ」

「私も手伝います」

 おかみさんはこんな時でもいつもの調子だ。

 他にすることもないので、私もイネアルさんから離れてヒスイの後をついていった。


 しばらくして、サンドイッチにスープ等、すぐに食べられるものが大量に出来上がった。

 前にヨイチが貯蔵庫の一角に腐敗防止の結界を張ってくれた。腐敗だけを防止するのかと思いきや、そもそも時間を止める効果が発動していたので、そこに作った料理を置いておくと、どれだけ時間が経っても出来たてのままなのだ。メイド一同は「素晴らしい発明」と感動し、重宝している。

 結界はヨイチの魔力と連動しているから、ここが無事ということは、ヨイチも無事なはず。

 ヒスイもそれが確認できて、心なしか険しかった表情がいつもの柔らかさを取り戻しつつある。


「これは美味しそうですね。頂いても?」

「勿論さね。ほら、あんたもお食べ」

「は、はい」

 リビングにサンドイッチとスープの一部を持っていくと、早速イネアルさんが食べ始めた。

 さっきまでのヒスイと同じくらい険しい表情をしていたロガルドも、おかみさんの勢いに圧されてハムの挟まったサンドイッチを手に取る。

「美味いな。まだあるか?」

「なくなったらまた作りますから、遠慮せずにどうぞ」

 アルマーシュさんが豪快に食べ始めて、ようやくロガルドも一口齧った。


 全員、お腹を満たしてほっと一息ついたところだった。



 どぉん、と屋敷全体が揺れ、空になっていたスープ皿ががしゃんと派手な音を立ててテーブルから転げ落ちた。


「糞が、いつのまに」


 きれいな声が、汚い言葉を吐くのが聞こえた。

 再び、衝撃。結界もろとも屋敷を殴りつけられているみたい。

 イネアルさんが覆いかぶさるように私を抱きしめる。

 ツキコはロガルドとアルマーシュさんに、ヒスイにはおかみさんが側に寄って、振動と謎の声の主を警戒している。


「ちっ……、まぁいい。聞こえていますね?」

 舌打ちしてから丁寧な言葉づかいされても、意味がないような。

 誰も返事をしなかったけれど、声は話を続けた。


「わたくしはあなた方に、直接(・・)手は出せません。ですが、こういうことはできます」


 襲ってきたのは、暗闇と閉塞感。私を抱きしめているはずのイネアルさんの感触までなくなってしまった。


「みんな、無事!?」

 ヒスイの声だ。

「大丈夫」

「見えないけど、そこにいるのね。ロガルド? おやっさん?」

 ヒスイとツキコの声がして、私の声も届いている。


 だけど、イネアルさんやアルマーシュさんとロガルド、おかみさんの声がしない。

 ヨイチみたいに気配を読むことはできないけれど、私達三人の他に、誰もいなくなってしまった気がした。


「……思ったようにいかないのは歯がゆいですが、まあいいでしょう。いいですか、ヨイチを匿っているなら、差し出しなさい。さもなければ、あなた方の大切な人と、永遠に別れることになります」

 ヨイチが匿えるなら、そうしたい。だけど、消えてから一度も姿を見ていない。

「そうですか。では逆にしましょう。ヨイチに、あなた方を預かったと伝えることにします。大人しくしていてくださいね」

 声は私の心を読んだように、行動を変えると宣言した。


 すっ、と身体が軽くなる。圧迫感が消えた。暗闇はそのままだけど、ヒスイとツキコの姿が見えた。

「ツキコ、ローズ」

 ヒスイが駆け寄ってきて、三人で肩を寄せ合う。

 ここは寒くて、乾いている。皆でひっついていると、温かい。

「ウチらだけ閉じ込められたのかな」

 ツキコが不安を口にする。

「ちょっと違うと思うの」

 ヒスイが首を横に振った。


「よくわからないけど、さっきの声は、アオミくんが張った結界内に手出しできなかったでしょう? きっと私達にしか干渉できなかったのよ」

 ヒスイは私とツキコの手を取って、どこかぼんやりとした状態だ。

「干渉って……ヒスイ?」

「大丈夫。そんな気がするの」

 そう言ってふわりと笑うヒスイが、とても清らかな人に見えた。


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