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目つきが悪いと仲間に捨てられてから、魔眼で全てを射貫くまで。  作者: 桐山じゃろ
第四章

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12 忍び寄る

 召喚されて一年も経って本当に今更だけど、元いた世界とかなり感覚が違うな、と実感した。



 まずこの世界にはそもそも、傷害罪というものが無いに等しい。

 怪我は治癒魔法や治癒ポーションで簡単に治せてしまうからだ。

 欠損等の重いものや、たまたま近くに治癒魔法を使える人がいない等で傷跡や障害が残るケースはあるが稀で、その場合は怪我した人に運がなかったね、で終わってしまうという。

 かといって怪我させた人が罪に問われないわけではない。治療にお金がかかれば費用負担が発生するし、重傷だったら目には目を的な鞭打ち刑も用意されている。

 しかし、怪我させられた人がやり返せば喧嘩両成敗で双方お咎めなし、なんてことが許される。

 死ぬ以外はかすり傷、を地で行く世界なのだ。



 僕は今、薬屋イネアルのカウンターの奥、テーブルと椅子のある小さな部屋で、僕とローズはイネアルさんの生徒よろしく横並びに座って講義を聞いている。

「先生、質問があります」

「なんだい、ローズ」

 挙手したローズを先生が指す。

「治癒魔法が使える人はどのくらいいますか?」

「街の規模によるよ。モルイには治療専門の医者が少なくとも十人はいる。民数百人につき一人、というところかな。冒険者ではどうだい、ヨイチ?」

「ええと、体感で二十人に一人くらい」

「そんなものだろうね。治癒魔法が使える人は、冒険者の道を選ぶことが多い。そして治癒専門の医者と雖も、人間一人が大怪我を負ってやってきたら、それでその日の魔力は尽きてしまう。ヨイチのように一瞬で何十人も治せる程、魔力を持つ人間は稀……いや、いないよ」

「いませんか……」

 断言されて、思わず遠い目をしてしまう。

「冒険者でも治癒魔法は使うのを躊躇う人が多いのではないかな」

「確かに、軽傷には使いませんし、僕が使いまくってたら心配されたことが何度かありました」

 軽傷といっても、中には指の骨が折れたのを添え木だけ当ててクエストを続けようとする人に遭遇したことがある。

 治したら「治療費の持ち合わせが……」って困惑されたっけ。要求しなかったし、何か渡そうとしてきたのも断った。

「うん。ヨイチが治療院を開いたら、私達は商売あがったりだろうねぇ」

 朗らかなイネアルさんにつられて、ローズまでクスクスと笑い出した。僕は曖昧にしか笑えなかった。


「さて、今日の勉強会はここまでにしようか。ローズ、ちょっと角のお菓子屋さんで何か買ってきてくれないか」

 イネアルさんが唐突にそんな事を言いだした。

 ローズは一瞬戸惑うような素振りを見せたが、イネアルさんが浅く頷くと、「いってきます」と店を出ていった。



「それで、今度は何を悩んでいるんだい?」

 イネアルさんは、[鑑定]や特別なスキルもなしに、僕の心を覗き込んでくる。

「どうしていつも分かるんですか?」

「君はローズの『大切な人』だから、私にとっても大切なのだよ」

 向かいの椅子に座り、テーブルの上に両肘を立てて、組んだ手に顎を乗せる。どんなポーズでもかっこよく決まる人だ。


「元いた世界には、魔物が存在しませんでした。それでも、この世界で『冒険者』っていう職業が成り立つのはわかります」


 エルドは、魔物はこの世界の天敵だと言っていた。

 だとしても、生き物を殺し続けるのは血生臭い仕事だ。

 戦っている間はやらなきゃやられるから必死だけど、そうでない時に。

 例えば家で皆と一緒にまったりしているのに、不意に自分の手が血まみれなことに気付いて、どうしようもなく叫びたくなる瞬間がある。


「ヨイチが冒険者を辞めたいと言っても、現実的には認められないだろうね。何せ、君ほど強い人間はいない」

「そうみたいですね」

 強さの話じゃない。

 僕は既に、冒険者ランクSで、二つの魔物の巣の核破壊者であり、数多の危険度Sの魔物を屠ってきた。

 冒険者以外の職に就くことを周囲が認めてくれない。

 家や、家族……ヒスイがいる以上、逃げ出すわけにもいかない。


「ならばしばらく、休んでみたらどうかな」

 イネアルさんが何でもない風に放った一言に、僕は目からウロコがボロボロと落ちた。

「仕事を、何の理由もなく休んでいいのでしょうか」

 冒険者には基本、有給休暇なんてない。リートグルクで雇われていた時が高待遇過ぎたのだ。

 それに、どういうわけか仕事を休むことに罪悪感をものすごく感じる。

「理由なんて、英気を養うためとか、ちょっと疲れたからとか、何でもいいさ。家にいるのが落ち着かないなら、ヒスイと新婚旅行に出掛けたらどうだい」

「まだ結婚してません!」

「じゃあ婚前旅行」

「婚姻から離れてくださいっ!」

「ちょっと元気になったね」

 思わず立ち上がって反論していたら、イネアルさんは座ったままクククと笑った。

「揶揄わないでくださいよ」

「ごめんごめん。……そうだなぁ、例えば私が薬屋を辞めたら、どう思う?」

「どうって……イネアルさんとローズの作るポーションは効きが良いから、頼りにしてくれてる人が困ります。……いや、そういうことじゃなく……」

 僕が冒険者を辞めた場合、手強い魔物を誰が退治するのか。答えは「他の冒険者に任せる」だ。

 僕一人で倒せる魔物相手に何人も立ち向かい、もしかしたら大きな被害が出るかもしれない。それでも、それが元々のこの世界の日常だったはずだ。


 僕はこの世界の異物だ。

 別の世界からやってきた点でも、不本意ながら、強さでも。


 これ以上、この世界に干渉しすぎるのは、よくない。


「深く考えすぎだと思うのだけどねぇ。ともかく一旦休んでみたら。結論を出すのはそれからでも遅くないし、時間が経てば解ったり、変わったりするよ」

「……はい」

 イネアルさんでも、僕の考えを全て見抜いているわけではなさそうだ。

 だけど、聞いてもらえて、少しでも理解してもらえて、一緒に考えてくれて……そうしてくれる人がいるという事実だけでも、ものすごく助かっている。



「戻りました」

「おかえり、ローズ」

 絶妙なタイミングでローズが帰ってきた。

 途端に、今まで足元で丸まっていて存在感すら消していたヒイロがシュバッと起き上がり、ローズに駆け寄る。

「待って待って、ちゃんとあるから」

「ヒイロ、落ち着け」

 二人がかりでヒイロを宥め、ローズがわざわざヒイロ用に選んでくれたチョコチップスコーンを皿に置くと、ヒイロは人の姿になった。

「おや、人の姿になれるのかい」

「見たことありませんでしたっけ」

「フォークください」

「ははあ、人の味覚で食べたほうが美味しい、ってことか」

 やっぱりイネアルさんは何でもお見通しだ。あとヒイロはお菓子を前にすると自重しなくなるの、なんとかしよう。




***




「本当に今更だけれど、銃刀法もないわよね」

「あったら僕はとっくに捕まってるよ」

「ウチは商売あがったりか、模造品(イミテーション)屋さんになっちゃうわ」

 イネアル先生の授業内容を、家の皆で共有した。

「ヨイチ様たちの世界は、魔物もいなかったのですか」

「平和で過ごしやすそうですね」

 逆にラフィネとアネットは、僕たちの元の世界の話を聞きたがった。

「うーん、どっちが良いかって言うのは決められないなぁ」

 この世界は魔物っていう人類共通の敵がいるから、基本的に国家間の争いというものはない。全く無いとは言えないのだけど、少なくともここ五百年は一般人を巻き込むような大きな戦争は一つも起きていないそうだ。

 そういう意味ではこの世界のほうが平和と言える。


「魔力のかわりに電力、ですか」

「多少語弊はあるけど概ねそう」

「人間は電力を持たないから、だいぶ違うような……」

 アネットは電力に興味を持ち、ローズとツキコが答えていた。

「電力はコレに近いよ」

 風属性の魔法で、右手の親指と人差指の間にぱちりと小さな稲妻を走らせてみせた。

「へええ! それでどうやって道具を動かすんです?」

「大体似た感じ。魔力だと……」

 小難しい説明はローズがやってくれた。僕はこの世界の魔道具の仕組みもよく解ってない。ていうか電力についてローズの説明を聞いてもよくわからない。すみません馬鹿で。

「私もよくわからないわ。この中で理系ってローズだけなのよね」

 ヒスイが僕の隣でふんわりした笑顔を浮かべながら、ローズとラフィネのやり取りを眺めている。

「僕も一応、理系だったよ」

「そうなの? なんとなく文系男子だと思ってたわ」

「本は好きだけどね、数学の方が得意だったよ」

 広いリビングでそれぞれ好きなように談笑している。

 ヒイロとモモは僕が座るソファーの絨毯の上に直に座っている。僕の近くにいるだけで僕の強さの影響をうけることができるとかで、椅子を勧めてもここから動こうとしない。ふたりにはクッションを使ってもらった。




 イネアルさんのところから家へ帰る前に、冒険者ギルドへ寄ってきた。

 明日から無期限で仕事を休みたい、と統括に相談すると「一ヶ月毎に申請しにきてくれ」と言われた。

 休むことに関して咎められたり、難色を示されたりは一切なかった。

 何なら、遠くへ旅に出るなら現地の冒険者ギルドに月一回立ち寄る、というのもアリだと教えてくれた。

「ヨイチには随分働いてもらったからな。できれば腕が鈍る前に復帰してほしいが、無理は言わん」

 手続きを滞り無く済ませ、家で皆にも「しばらく仕事を休む」と伝えた。


 明日からの僕は、無職だ。

 ヒスイと駄弁りながら、何をして過ごそうかと頭の片隅で考えていた。


「ヨイチ、稲妻じゃなくてもいいから、光を指の間に出し続けることできる?」

 ローズが何かの解説に詰まり、例え話をするためにそんな魔法をリクエストしてきた。

 先ほどと同じ要領だとまた一瞬光るだけになってしまうから、普通に光属性で指の間を光らせようと手を掲げた瞬間だった。



 屋敷どころか、モルイ全体が大きく揺れた。


「ヨイチやりすぎ」

「僕じゃない、地震だ」

「地震!?」

「大きい」

「外へ行きましょ」

「動かないで、転移魔法使う」

 僕が転移魔法を発動させて、リビングにいた全員をひとり残らず、屋敷から少し離れた場所へ移した。


 町の方から人々のざわめきが聞こえる。

 何かが壊れているような様子はない。



「驚かせてしまいましたか」

 聞き覚えのある声がした。


 天から、背に白い翼を持ち、光り輝く人影が降りてきた。

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