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目つきが悪いと仲間に捨てられてから、魔眼で全てを射貫くまで。  作者: 桐山じゃろ
第四章

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7 つまりノープラン

 エルダともうしばらく話をした後、「では何かあればこれに向かって俺の名を呼べ」と、オレンジ色に輝く親指大の宝石を渡された。それから、約束通り解放された。



 奇妙で不思議な感覚だ。たった今まで、かなり長い時間に渡って話していた内容が、ずっと昔から記憶にあったように思い出せる。

 時空を遮断した空間での出来事というのは、人間の脳にこういう風に処理されるのだろう。

 ヒスイも同じ感覚を味わっているようで、落ち着かない表情をしていた。


「ヒスイ、気分悪くない?」

「平気。ちょっと、びっくりしただけ」

 僕は上位魔人で、魔眼があって、身体とか精神の作りがやっぱり普通の人とは少々違うなーって自覚がある。

 しかしヒスイは良い意味で普通の人間だ。

 僕には簡単に消化できる事象が、ヒスイには悪影響を与えることだってあり得る。

 今回、ヒスイは強がったり無理を言ったりはしていない様子だ。

 一安心し、ならばと口を開く。


「ヒスイ、あのね」


 ヒスイの澄んだ瞳をまっすぐ見つめて、僕は言うべきことを舌に載せた。


「好きです。ヒスイを女性として、愛しています」


 全力で逃げたい。ヒイロに頼んで空の彼方へ連れてってもらって、そこから落ちたい。墜落の衝撃で出来た穴を土魔法で更に掘り進めて埋まりたい。そこで静かに永遠に眠りたい。

 ……いや何を考えているのだ僕は。

 決意して自分でやったこととはいえ、これかなり照れくさいぞ。

 世の中のカップルは皆この儀式やったの? 心臓に剛毛生えてるの? 毎年死者が出るでしょ。


 僕が涙目になりそうなのを必死で堪えて……堪えきれそうにないのでちょっと魔法を使って目元を乾かして誤魔化している間、ヒスイは硬直していた。

 長い時間が過ぎたようにも、一瞬だったようにも思える。


 ヒスイが目を潤ませて、僕に抱きついた。

「嬉しい」

 恐る恐る抱きしめ返すと、ヒスイは僕の胸にますます顔を押し付けた。



 ぽっと出の他人から先にネタバレされたのは気に食わないが、僕とヒスイは確かに想い合っていた。

 躊躇していたのは僕だけで、その理由も全てヒスイに話した。


 自分の家族のことや生い立ちを詳しく誰かに話すのは、これが初めてだった。


「ヨイチくん、その、なんて言ったらいいか……知らなかったわ、私」

 両親が早世し、親戚たらい回しの後、養母であった血のつながりのない伯母を事故で失ったことが、これまでの僕の人生だ。

 平凡とは言い難いことは承知しているが、僕はこの人生しか歩んでこなかった。

 他の人を羨んだり、自分をかわいそうだと思ったことはなかった。


 だから、ヒスイの困ったような様子を見て、僕自身が「これまでも普通じゃなかった」と思い知らされた。


「まぁでも、そういうことがあったから、僕は大切な人をこれ以上持ちたくなかったんだよ」

 沈黙から逃れたくて、一連の言い訳を締めくくった。

 二人きりの部屋でしばらく抱きしめあった後、現在は部屋のソファーに二人並んで座って話をしている。

 距離の近さにまだ慣れないが、嫌じゃない。

 できればヒスイの肩を抱き寄せたいが、手汗がすごいのでやめておいた。

「それで私達のことを過保護に扱ってたのね」

 ヒスイは困ったような顔をやめて、真剣な表情になっていた。

「大切な人達だからね。僕にできる範囲だけでも守りたい」

「そこで見て見ぬ振りをしたり、手放そうとしないところがヨイチくんの優しいところね」

 直球の褒め言葉に、先程までとは別の意味で顔が熱くなる。

「大したことじゃないよ」

 恥ずかしさで顔を背けると、背後からヒスイのクスクスという笑い声がした。




***




「やっとなのね」

「遅すぎる」


 夕食後、今度はツキコとローズ、ヒイロとモモにも僕の部屋へ部屋に来てもらい、エルドから聞いた話を伝えた。

 僕とヒスイが想い合ってる下りも全部正直に話した。

 それに対するツキコとローズの感想が、先程の台詞である。

「え? どういうこと?」

「だってお互いに気にしてるの丸わかりだったし。ヨイチは鈍感だから気づかないだろうなって、ずっとヒスイをけしかけてたのに暖簾に腕押しでさぁ。見てるこっちが辛かったわ」

「ヒイロ、ちょっと僕をギリギリまで空高くへ連れてってくれないか」

「ヒキュン?」

「ヨイチくん何を言っているの?」

 なんだろうこの、遠くへ行って消えたい程の羞恥心。

 僕がフラつく足元を叱咤しながらヒイロの方へ向かうと、ヒイロは何故か怯えたように後ずさった。

「ヒキュン! ヒキュン!?」

「落ち着いてるよ、大丈夫。ヒイロは飛んでくれるだけでいい」

「主様失礼しますっ」

 モモに後ろから羽交い締めにされた。

「ヨイチごめん、言い過ぎた、落ち着いて?」

 ツキコが必死に言い募ってくる。

 ローズも珍しくおろおろと落ち着かない様子だ。

 あまりの状況に、僕の頭もだんだん冷えてきた。


「こっちこそごめん、取り乱した」

 もう大丈夫とモモに合図し、羽交い締めを解いてもらった。

 大人しくソファーに座り直すと、場にいる全員がホッと息を吐いた。



「それで、具体的にはどうすればいい?」

 エルドの望みは、同じ時に召喚された七人のうちの一人、アジャイルを退治してほしい、というものだ。

「人殺しなんて絶対したくない。だけど、アジャイルはもう人と呼べるかどうか怪しいんだ」


 エルドと共に召喚された七人のうち、一人は魔王に成り果てて魔物を統率して人の国を襲い、スタグハッシュとアマダンが召喚した勇者と聖女によって斃された。

 四人は現在までに肉体を失くし、魂のみの存在となって世界を彷徨い、最終的にスタグハッシュに居着いて城や人に取り憑いて好きなことをしていた。そのうちの三人は亜院、椿木、土之井に取り憑き、僕が間接的に退治していた。

 つまり僕は既に、元人間三人の命を奪っている。数の問題ではないことは重々承知だが、乗りかかった船という気持ちはある。


「おそらく不東に取り憑いているんじゃないかって、エルドが」

「不東はどこに?」

「わからない。アオミ達とも連絡をとってるんだが、消息が掴めない」


 エルドによれば、アジャイルは狂魔道士の実験に喜々として取り組み、魔法や魔力を得るため手段を選ばない人間だったそうだ。


――狂魔道士が死んでも、俺だけは正気を保ったままだった。己の精神の頑健さを恨んだこともあったが、今ならその意味がわかる。同じ世界から召喚された者として、他の者の始末をつけるためなのだ。だが最早、俺一人ではどうにもならない――


 そう語ったエルドの悲しそうな顔が忘れられない。



「不東が次に何をしてくるか、だいたい想像がつく。だからあえて、僕たちは普通の生活を送る。やることといえば、それだけだ」

 最悪の斜め上もある程度予測を立てた。更に上回られても……僕が全部、叩き潰す。



「わかったわ。ヨイチ、私達に出来ることがあったら何でも言うのよ」

「ああ、頼むよ」




***




 それでまあその、ヒスイが僕の部屋に残ったわけですが。


「ヒスイ?」

「ごめんね、明日にはツキコがもう一回り大きなベッド作るって」

「いやベッドは僕でも広すぎるくらいだから……じゃなくて! 展開が! 早い!」

 年頃の男女が告白し合いました。それ以前から好き同士でした。

 からの、いきなり同衾は飛躍しすぎでは?

「お城で一緒に寝たじゃない」

「あの時は本当にびっくりしたよ」

 ヒスイの、ほわわんとした雰囲気に飲まれ、僕は諦めてベッドに腰掛けた。ヒスイが当然のように横に座る。

「ヨイチくん、彼女いたことある?」

「ないよ」

「そうなの? モテそうなのに」

 どこが? と全身で表現すると、ヒスイは僕の頬に手で触れた。

「私ね、ヨイチくんの目が好きなの」

「目!?」

 僕がコンプレックスを拗らせた一番の要因である目を、好きだと言われたのは生まれてはじめてだ。

「目つきが悪いなんて誰が言い出したの? キリっとしてて、意思が強そうで、かっこいいじゃない」

 三白眼で吊り目で、ついでに眉毛も自然と逆だってるから黙っているだけで「怒ってる?」と聞かれてきたのに。

「ねえ、言い出したのって、誰?」

「ええっと、誰だったかなぁ……。それはもう小さい頃から……」

 頭の中身をひっくり返す。

「あれ?」

 一番古い記憶は、幼稚園のとき。

 同じクラスの……。


「不東だ」

「え?」


 急に全てを思い出した。


 僕にトラウマを植え付けた犯人が、不東だ。




***




「見ていたか、タイヴェ」

「……うん」

 時空を断絶した世界でエルドが虚空に向かって呟くと、幼い子供のような声が返ってきた。

 声の主の姿がエルドの横に音もなく立つ。声と同様、十にも満たない少年であった。

 角の生えた頭に青い肌をもつエルドと違い、至って普通の人間の姿をしている。

 しかし瞳には光が無い。少年は、異世界に召喚される前から視力がなかった。

「エルドが最初に目をつけてたんだね。通りで……でも、それ以前に僕には無理だったかな」

 ふふん、と大人びた調子で自嘲した。

「そろそろ気は済んだだろう」

「うん」

 タイヴェは大きく伸びをした。

「でもね、腹いせでスタグハッシュの人たちに迷惑かけたことを反省してるんだ。こういう気持ちになれたのは、彼のお陰かな。だから、ちょっと手伝うよ。それからでもいい?」

「お前の好きなようにしろ。止めなかった俺も同罪だ」

「えへへ、ありがとう」

 少年らしい笑みを浮かべると、タイヴェはとん、と足元を蹴りつけて、宙に浮かんだ。

「教えるのはだめだ。窮地のときのみ」

「わかってる。これ以上、干渉してはいけない、でしょ?」

「ならいい」

 タイヴェはふわりと目を細め、その場からかき消えた。


 ヨイチ達とはまた別の異世界より召喚された七人。

 彼らと、ヨイチ達の世界では、同じ人の形をしていても、根本的な考え方が違う。


 彼らの世界では、召喚するのもされるのも、日常茶飯事であった。

 七人は選ばれて喚ばれたと認識してしまったがために、狂魔道士の良いようにされてしまったのだ。


「だが、お前の思い通りにはならんぞ」

 エルドのつぶやきは、今度は誰にも届かず、虚空に消えた。

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