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目つきが悪いと仲間に捨てられてから、魔眼で全てを射貫くまで。  作者: 桐山じゃろ
第三章

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25 不穏

***




 良槃高校は原則として全員部活動へ強制入部させられる。

 適当な部に入って幽霊部員になることも考えたが、僕は家庭の事情で部活動免除をゲットできた。


 家庭の事情とはつまり、僕が血縁ですらない伯母と二人で暮らしている、というところだ。

 帰宅後は掃除と洗濯を片付けてから、宿題と復習にとりかかる。

 伯母が夜勤の時は、自分で食事を作って先に済ませた。


 養ってくれるだけ有り難かったのに、伯母はわずかな休日を僕と共に過ごすことを好んでくれた。


 そういう生活は、高校一年の一学期が終わる少し前までしか過ごせなかった。



 本当に突然のことだった。



 一学期の中間テストを終えた日、家に帰ると近所の人が集まっていた。


「ああ、藤太君! 伊代(いよ)さんが!」

 伊代は伯母さんの名前だ。

 向かいの家の千代枝(ちよえ)さんちのおばさんが、顔中ぐちゃぐちゃに泣きながら僕にすがりついてきた。

 おばさんは、複雑な事情を抱える僕のことを気にかけてくれている。

 僕や伯母さんに何かあった時の緊急連絡先もこのおばさんだ。

「伯母さんが、どうしたんですか?」

 皺だらけの硬い手が、僕の肩を掴んで細かく震えている。

「千代枝さん落ち着いて。ちゃんと話さないと……」

 別のおじさんが間に入ってくれて……それから僕は伯母さんが事故に遭い、意識不明の重体で病院に搬送されたことを知った。



 伯母さんの葬儀の後、僕は家事を疎かにしがちになり、勉強に没頭した。

 掃除や洗濯は最低限するだけになったが、部屋の片付けは徹底し、伯母さんを思い出すものは纏めてダンボール箱に詰めて押入れの奥へ仕舞い込んだ。

 ろくな食事を摂らなくなった僕に、千代枝おばさんや近所の人がしょっちゅう差し入れてくれたから、栄養失調にはならずに済んだ。

 中間テストで中の中だった僕が、期末試験では上の中くらいになった。


 クラスメイトに驚かれ、先生たちからは褒められて、愛想笑いは浮かべられたものの、少しも嬉しくなかった。

 そんな気分を抱えての帰宅中、知らない人に声をかけられた。



「虚しいか?」



 いきなりそんなことを言われても意味がわからない。

 面と向かっていたのに、その人の顔や姿が思い出せない。

 当時の僕より大柄な、男性だったとは思う。


 親を亡くし、血縁には見放され、最後に救ってくれた伯母さんも失った。

 僕が知らない人についていっても、心配する人や困る人は居ない。


 だからといってこの男と会話する気にはなれなかった。


 あまり広くない歩道だから、さっさと退いてくれないかな、と思った。




 異世界へ召喚されたのはその後だが、前後の記憶がないことに、今更気づいた。




***




「思い出せないな……」

 自分の呟く声を聞いて、自分が目覚めたことに気づいた。

 城の大広間だ。

 少し離れた場所では、ヒイロとモモが倒れている。

 

「ヒイロ! モモ!!」

 慌てて駆け寄る。外傷は見当たらない。じゃあ、何故倒れている?

 治癒魔法を使おうとしたら、ふたり同時に目を覚ました。

「ヨイチ、大丈夫?」

 ヒイロの意思疎通による第一声はなぜか僕を心配する言葉だった。

「こっちの台詞だ。どこか痛むか?」

「主様が気を失われたので、私達も引っ張られただけです。心配は要りません」

 モモは何事もなかったかのようにスッと起き上がり、ローブのホコリを払い、白い髪をざっと撫でつけて整えた。

「僕のせいか。ごめん」

「違うよ」

「違います」

 聖獣たちに揃って否定された。

「主様と私達が同時に気を失ったということは、それが必要だったということです」

「必要? 気絶が必要な場面っていつ?」

「あまりの痛みに、精神的な衝撃に、心や身体を守るための一時的な逃避です。少しでも和らげるために」

「うーん」

 モモの言葉をよくよく考えてみる。


 記憶がないことに気づいたことが、僕にとって精神的な衝撃(ショック)だったのだろうか。

 じゃあ、思い出さないほうがいい記憶なのかな。


「ヨイチ、本当になんともない?」

 ヒイロの赤い瞳が僕を見上げる。

「うん、大丈夫。城には何もなかったから、帰ろうか。……って、ここ、どうしよう」


 僕が魔力を暴発させたせいで、大広間が今にも崩れそうなことを思い出した。

「早く出たほうがいいですね」

 モモが僕の背中を押す。

「いやそうじゃなくて、無人でも一応ここお城だし、器物損壊的なアレが……」

「所詮、魔王の居城です。いっそ平らにしたほうが良いのでは?」

「魔王いなかったじゃん。本当に魔王の城だとしても、城を壊したら魔王が怒って大変なことになったり……」

「主様が魔王などというものに遅れを取るとは思えません」

「モモ? なんか押し方までうちのメイドさん達に似てきたねぇ!? ヒイロ加勢しなくていいよヒイロ!?」

 メイドさん達によるメイド教育の恐ろしさを、僕は身を以て知った。




「……というわけで不東は見つからなかったよ」

 モモに押されてそのまま転移魔法を使い、家へ帰った。

 すぐに冒険者カードでジストと連絡を取り、事の次第を一通り話したところだ。

 ちょっと事故って大広間が崩壊寸前なことも白状しておいた。

「事故って何さ。魔物でも出たの?」

 詳しく説明できないのでぼかした部分を、ジストに突っ込まれる。

「いや、うん、まあ、そんなところ……かな。すまん、本当に自分でも何が起きたか理解してないんだ」

 歯切れ悪く答えると、ジストが唸った。

「今までヨイチにだけは魔王の影響みたいなものがなかったから、安心して任せちゃったんだけど、もしかしたら……」

「だとしても、城に居続けなけりゃ問題ないだろ?」

 僕は半年あの城に居続けていたのに、影響らしいものは見当たらない。

 ジスト達は僕よりさらに長く城にいて、それで色々と問題を起こしたのだ。

「半年プラス一日から、影響が出始めるとか?」

「そんな面倒くさい影響の出方ってあるかなぁ」

「少しずつしか影響を積み重ねられないのかも」

 ジストと、途中から通話にアオミも加わって議論したが、まともな答えは出なかった。

 ちなみにザクロは「考えるのは得手じゃない」と参加してこなかった。ずっと隣で訓練と称して正拳突きしてたらしい。それはそれで何なの。




***




 スタグハッシュの城で、王様がいるふりをしていた人たちもまた、魔王の影響を受けていたらしい。

 影響が抜けきると、今までしてきたことは全て覚えていた上で、悔いる人、只管泣く人、自分は悪くないと言い張る人……等など、様々な反応を示した。

 一部の、例えば「悪いことをしたのは魔王のせいです」と堂々と罪の告白をした人以外の大抵の人たちは、城へ入る前の生活に戻った。

 地下牢に居た人たちも全員出され、別の地下牢へ移された。

 後の調査で冤罪が判明した人以外は、未だに牢屋生活だ。

 牢屋生活者の中には、サントナもいる。


 サントナの心は壊れたままだ。

 何を言ってもまともに応答はせず、生活のことは他人の介助が無いとなにもできない。

 ただし、隠し財産の在り処は判明した。本人が絶対に手放さなかった紙切れを、寝ている間に確認したら、そこに丁寧に隠し場所やギミックの解き方が書いてあったのだ。

「本人が意図的に持っていたとしか思えない」

 とは、モルイ冒険者ギルドの統括の話だ。

 統括は、僕たちがスタグハッシュで冒険者への報酬を詐取されていた件を調べ続けてくれていた。

「相変わらず受け答えはしないが、ヨイチ達の話をすると、目がわずかに潤むのだよ」

「後悔しているのですか」

「違うだろう。あれは、上手くいかなかったことへの悔恨だ。書き付けを手放さなかったのも、意地だろうよ」

 サントナという人間について、調べれば調べるほど、黒い話しかでてこないそうだ。

 それで本人は現実からひと足お先にさよならしているのだから、遣る瀬無い。




 スタグハッシュ城は事実上廃城となったものの、魔王の存在について未だ明確な答えが出ず、城を解体することで現れる可能性も否定できないので、現状維持が決定した。

 しかし大広間だけは謎の崩壊を遂げたらしい。ドウシテカナー。

 この件についてはアオミが「あの場で召喚の儀式を行っていたから、儀式に必要な膨大な魔力やその他何らかの影響のせいでは」と上手いこと誤魔化してくれた。ありがとうアオミ。

 不東は未だに見つからない。

 僕やジストたちは血眼になって探しているわけではなく、クエストに出かけるついでに周辺を散策したり、人に尋ねたりという適当な探し方だ。

 放って置いても死ななさそうだし。僕は不東について本当にどうでもいいし。



 ローズとツキコは花嫁修業と称して、プラム食堂でも働き始めた。

 それぞれの元々の仕事もあるから、明らかにオーバーワークだ。

「ラフィネとアネットがいるから平気よ」

 新米メイドさん達が、もう新米とは呼べないほど完璧になりつつある。


 ローズとイネアルさんは、ローズが二十歳になるまで同棲やそれ以上はしないと決まった。

 ツキコのところは、ロガルドが「せめて冒険者ランクがAになったら……」だそうだ。



 賑やかで、穏やかな日々。

 そこへ亀裂を入れたのは、アマダンからの使者だった。




「魔王復活を阻止するため、聖女たちを贄にします。速やかに従ってください」

 巫山戯たことを言い放つ使者に、魔眼全開で睨みつけた。

 使者はそれだけで怯み、日を改めて、とかゴニョゴニョ言いながら逃げていった。

「なんだあれ」

「ウチら、聖女じゃないからって追い出されたよね?」

「理解不能」

「ヨイチくん、カップに罅入ってるわ」

 手にしていたカップから紅茶が滴り落ちていた。魔力のせいか、力がはいってしまったか。ともかく、せっかくのティーセットを台無しにしてしまった。

「ごめん。ちょっとあちこち行って話きいてくる。皆、ペンダントを外さないようにね」


 嫌な予感を抱えたまま、僕はまずリートグルクへと向かった。

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