24 記憶の断片
待機日に呼び出され、クエストを一つ終わらせてギルドへ戻ると、ロガルドがいた。
「こんなところで珍しいね」
ツキコからは、ロガルドは冒険者であるものの、色々あって引退同然だと聞いている。
「ああ。やっぱりもう少しやってみようと思ってな」
よく見ると、背に装備している剣の柄はまだあまり汚れておらず、防具も新しい。
復帰を決めてから新調したのかな。
「ヨイチさんもこれから請けるのか?」
「終わったところだよ」
「終わった!?」
昼少し前くらいの時間帯だ。朝イチで呼び出されてひとクエスト終わらせたら、大抵このくらいの時間になる。
「簡単なクエストだったのか?」
「えっと、いつもどおり危険度Sのやつだったけど……」
「……」
ロガルドが真顔のまま固まってしまった。
「ロガルド?」
「……ヨイチさんだもんな」
「へ?」
「なんでもない。じゃあ俺、行ってくる」
「武運を」
「おう!」
冒険者同士特有の挨拶とともにグータッチで送り出した。
その日の夜、ツキコが真っ青な顔して帰ってきた。
「遅くなったね。何かあったのか?」
「あ、ヨイチ……。ロガルドが、まだ帰ってこなくて……」
時系列的には僕とギルドで会う前に、ロガルドは「軽いクエストから慣らしていく」と言っておやっさんの店を出たらしい。
危険度の低いクエストは、大抵半日もあれば終わる。
昼過ぎに出発したとして、遅くとも日が沈む頃にはギルドへ帰還できるはずだ。
「ヒキュン」
「ツキコ、ロガルドが普段身につけてるものとかないか? ヒイロが匂いを辿るって言ってる」
「本当!? 店に行けばロガルドが使ってる鍛冶道具があるから、それでいいかな」
おやっさんの店ならよく知ってる。僕とヒイロはすぐに家を飛び出した。
おやっさんも店の前を落ち着きなくウロウロしていた。ヒイロを前に出し、「ロガルドの道具を」と言っただけで察してくれて、道具はすぐに手に入った。
「……ヒキュン!」
ヒイロは道具の匂いを嗅ぎ、辺りをクンクンとやってから巨大化した。迷わずその背に乗る。
「すまん、頼んだ」
「はい!」
ヒイロはスタグハッシュ西の森を通る道からだいぶ離れた場所へ一瞬で運んでくれた。
目を凝らすと、ロガルドが木の棒を杖代わりに歩いていた。
全身擦り傷だらけなのに加えて、足が折れている。
「ロガルド!」
ヒイロから飛び降りて駆け寄ると、ロガルドは僕を驚きの表情で迎えた。
「ヨイチさん? どうしてここへ」
「ツキコやおやっさんが心配してたよ。今、治す」
「あ……」
ロガルドが何か言いかけたが、構わず治癒魔法を使った。
折れた左足を含めて全身の治癒が完了すると、ロガルドはふっと息を吐いて杖代わりの木の棒を手放した。
「ありがとう。情けないな、ヨイチさんに少しでも近づきたいってのに、結局……」
「僕に?」
「あ、いや、その」
ロガルドが顔を真っ赤にして慌てて「なんでもない!」と誤魔化した。
僕に近づきたいって、どういう心境なんだろう。
「それより、何があったの?」
転移魔法を使う前に、訊いてみた。
周囲の魔物はヒイロが威嚇で牽制してくれているので、安全だ。
ロガルドは「誰にも言わないでくれよ」と念押ししてから話しだした。
「危険度Fの、『肉食花』討伐クエストを請けたんだ。クエスト自体はすぐに終わったんだが、回収中に足を滑らせて」
肉食花は崖の近くによく発生する。
根を張った場所から動かないため討伐は簡単だが、死骸の回収で事故る人は割といる。
崖の近くに生える魔物にわざわざ近づく人は少ないため人的被害はほぼ無いが、肉食花の花弁や花粉が各種ポーション素材として有用なため、素材目当てのクエストが時折発生するのだ。
「この辺りの肉食花っていうと……あの怪我でここまで歩いてきたの?」
最寄りの崖まで三キロメートルはある。冒険者カードで救援を呼べば済んだのに。
「魔物に直にやられたわけじゃないから、助けを呼ぶのはどうかと思って」
「だからって心配かけちゃ駄目だろ。せめて連絡くらい入れろ。それに、今魔物に襲われたらどうするんだ」
思わず叱りつけると、ロガルドは顔を伏せて「ごめん」とつぶやいた。
「それはツキコとおやっさんに言え。さあ、帰ろう」
転移魔法でおやっさんの店の前に直に飛ぶと、おやっさんとツキコが明かりも持たずに外で待っていた。
ロガルドが「魔物にやられて足を怪我して歩くのが遅くなった」と言い訳すると、ツキコとおやっさんに僕と同じような説教をかまされていた。
ロガルドは反論したいのをぐっと堪えているように見えた。
「全く、無茶して」
店の前でおやっさん達と別れ、僕とツキコは徒歩で帰路についていた。ツキコは未だ怒り冷めやらぬといった風だ。
ツキコの目元は、明かりの魔法の下でも赤いのがわかる。
怪我じゃないけど、腫れてるみたいなものだから効くかな、と考え治癒魔法を試みた。
「ん? ヨイチ、何?」
「目元赤かったから治癒魔法。うん、効いたね」
「!? あ、ありがとう……」
しばらく無言で歩く。
家まであと少しというところで、ツキコがぽつぽつと話しだした。
「この前、ロガルドにね、好きだって告白されたの」
「んぶっ!?」
不意打ちすぎて息を吸うのと吐くのを同時にやった結果、変な音が出た。
「ヒキュン?」
「大丈夫……そ、そっか、ロガルドが」
「それで、ロガルドがね、勘違いしてて」
謎は全て解けた。
ロガルドが僕に近づきたいと言った理由。
ロガルドは、ツキコは僕のことを好きだと思いこんでいたらしい。
僕が女の子三人と同じ家に住んで約一年。
誰と付き合ってるかだとか、本命は誰だとか、ハーレムかこの野郎とか、散々言われてきた。
僕は誰とも恋仲というのになっていない。
全員がメイド業に勤しんでいることはともかくとして、中でもツキコに関して言えば、親友が一番近い。
ツキコも僕に対して、気安い友達として接しているフシがある。
丁度いい距離感があるから、お互い無言でも気にならない。
「誤解は解けたんだよね?」
ツキコは曖昧に首を振った。
「うーん……ちゃんと伝えたはずなんだけどね……ロガルドが冒険者に復帰するって言い出したの、その後なのよ」
多分だけど、と前置きしてからツキコは続けた。
「ヨイチがウチのことを好きだったら敵わない、って考えたんじゃないかしら」
「それはない。あ、ごめん違う、ツキコのことは好きだけど、そういう意味じゃなくて」
ツキコは慌てふためく僕を見て、小さく笑った。
「わかってるよ。ロガルドの話に戻るけど、ちょっと思い込みが強いところあるじゃない?」
「あー、確かに」
ツキコは初対面のとき、ロガルドに「鍛冶屋で働いている」と話しても信じてもらえなかったと聞いている。
「明日の朝、もう一度ロガルドと話し合うよ。今日はありがとうね」
二人で家に入ると、ローズ以外のメイドさん達が出迎えてくれた。
そのうち、ここからツキコも居なくなるのかな。
翌日も待機日だった。朝イチで連絡がない時は、一日なにもないことが多い。
朝食の後自室で寛いでいたら、冒険者カードに着信があった。
相手は椿木ことジストだ。
「ヨイチ、今いい?」
「うん。何かあったのか?」
お互いに冒険者カードでの連絡先交換はしたものの、ジストからの連絡は初めてだ。
アオミは時折、本が増えたからと直に家までやってくる。
ザクロとジストは、色々あったから遠慮しているらしい。
そんなジストからの連絡だから、只事ではないと踏んだ。
「不東がガチで行方不明になったんだ」
アオミが偶然、不東についていた兵士たちを港町の宿屋で見つけた。
不東はどうしたのかと問うと、先日突然いなくなったと言うのだ。
「兵士たちも探したんだけど、手がかりなくて詰んでて。ボクらも勿論あちこち探したし、海辺の洞窟にも行った。あと探してないのは……」
「城の中か。わかった、僕が行くよ」
「ごめんな、こんなこと押し付けて」
「気にするな。見つけても見つからなくても連絡する」
ジストとの通話を終えてすぐに用意を整え、城へ転移魔法で飛んだ。
「どうして僕だけ魔王の影響を受けないのかな」
一緒にいるのは、ヒイロとモモだ。モモは人の姿なのはいいとして、メイド服のままついてこようとしたので町の防具屋さんで魔法使い風の装備に着替えてもらった。
「主様は精神もお強いからでは?」
「他の人とそう変わらないと思うよ」
城の中央、玉座の間で気配察知して城が無人なことを改めて確認した。
不東が気配察知に引っかからない状態になっているかもしれないから、皆で手分けして城内を全て探索しても、誰も見つからなかった。
最後に、僕たちが召喚された大広間に入った。
「ここで喚ばれたんだよ。その後も何かあるたびにここへ集合させられたなぁ」
「異世界から転移してくるって、どういう感覚だったの?」
ヒイロは純粋な好奇心で聞いただけだ。
なのに、僕は急に不快になった。
関係ないだろ、面倒くさいことを聞くな。
暴言を吐きそうになった口と思考を、ぐっと押し止める。
結果的にヒイロの質問を無視する形になってしまった。
「ごめん、言いづらかった?」
「……なんでもない。あまり覚えてないな。気がついたらここにいた」
気がついたらここにいたのは、本当だ。
だけど何か、重要なことを忘れている気がした。
引っ掛かって気分が悪い。思い出さないといけないのに、思い出したくない。
学校の帰り道に、歩いていたら突然……誰かに声をかけられた。
「……っ」
頭が軋む。
「ヨイチ!」
「主様!?」
その場に蹲った僕の側に、聖獣達が近づく。
眼が熱い。魔力が暴走しかけてる。
拙い。
離れろ、と意思疎通で命じると、聖獣達は一瞬戸惑ったが距離をとった。
ぶわっと身体が浮いた。魔力の暴走を止めきれず、ほんの少し漏れただけで大広間の床と壁のすべてに亀裂が走った。
ヒイロとモモが防護結界の中で立っているのを確認して、そこでぷつりと意識が途絶えた。




