21 裏側
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横伏は、おれの壊れた魔力の流れをあっさりと治した。
おれは一生、壊れたままであることを覚悟していた。
それだけのことをしたのだ。
言い訳になるが、あの時のおれは正気ではなかった。宿が満室だったくらいで人を傷付け、節崎月子に直接触れるなど……。今考えても、畏れ多い。
城に戻され、土之井の世話を受けながら、何故あのような凶行に及んだのか、自問自答した。
はじめのうちは、横伏への逆恨みや、手段を選ばずにもとに戻る方法ばかり考えていた。
悪徳行為が頭をよぎるたびに打ち消しているうちに、徐々に、これは自業自得だと理解していった。
心が落ち着き、土之井に申し訳なく思いつつも、このままでいるべきだと受け入れた頃、椿木が膨大な魔力でおれを擬似的に治療してみせた。
諦めていたことだったが、やはり自らの意思で身体を動かせるのは有り難い。
椿木に誘われるまま、城の外で本当の冒険者となった。
無理に剣を持つ必要はなく、城に居た時に常に感じていた不快感もない。
魔力についても椿木に教えを乞い、ある程度自力で身体に留める術も身につけた。
城の連中は、定期的に連絡を入れろと言うだけで、おれたちを縛り付けることはしなかった。
召喚されたばかりの頃とは、明らかに対応が違う。矛盾すら感じる。
ならばこのまま、城から距離をおこうか。椿木と密かに相談をしていた。
土之井が、横伏を伴って港町の借家に現れたのは、そんな時だった。
城を出てからの椿木は、年不相応と言えるほど無邪気に感情を顕にする。
土之井と横伏に手を振り呼び寄せて、気さくに話しかけていた。
土之井は心なしか、憑き物が落ちたようなさっぱりとした表情をしている。
横伏は……どんな鍛錬を積んだのか、おれよりも身体が大きくなっていた。理由は聞けずじまいだ。
その横伏は、節崎の了承を得たと言って、おれを治したのだ。
二度としないと誓わされ、破ればまた壊される。次はない。
治したときに、壊したときとはまた別の何かを埋め込まれ、それが俺自身を律する手助けをしてくれる。
だが不快ではない。
しでかしたことへの罰として、素直に受け入れることができた。
横伏が帰ろうとした時、土之井が呼び止めた。
「横伏。俺たちのことに関して、お前は甘い」
お互いを冒険者名または下の名前で呼び合うと決めたばかりで、土之井はあえて横伏をこの世界に召喚された時と同じ、名字で呼んだ。
「まだ完全に許したわけじゃ……」
そうだ。おれに与えられた罰は、イデリク村や節崎に対する件のものだ。
横伏のことを見捨てた件について、なんの罰も受けていない。
おれ達は横伏を殺しかけたのだ。殺されても文句は言えないというのに。
土之井の言う通り、横伏は甘い。
「解っている。だが……不東だけは絶対に許すなよ」
土之井の声色は、真剣そのものだった。
「ああ」
横伏も真剣に頷いた。
横伏が転移魔法で立ち去った後、土之井は長嘆息した。
「ジスト、ザクロ。いいか絶対にヨイチを怒らせるなよ」
「なんだよ急に」
椿木がへらりと笑いながら土之井……いや、アオミに返す。だが、アオミの表情を見て、顔を引き締めた。
「あいつの家で世話になっている時、俺は失言した。家の住人達に危害を加えていたかもしれないと」
「え、それだけで、ヨイチが怒るの?」
アオミは首を横に振った。
「怒ったのを見たわけではなく、怒らせたらどうなるかを思い知った」
「どういうこと?」
「ヨイチのスキルの[魔眼]。あれは、ヨイチの感情と連動するものだ。俺が言ったことに対して、実際にそうなったらと想像したのだろうな。信じられないほど魔力が高まって……あれが外へ放たれていたら、モルイの町ごと消滅してたんじゃないかな」
「うへぇ。あの魔力量は尋常じゃないからなぁ」
魔法の使えないおれには解らないが、ヨイチの魔力量は途轍もなく多いらしい。
魔力のことは感じ取れなくとも、ヨイチの強さは肌で感じ取れる。あの時より更に強くなっていた。
「肝に銘じておく」
「ボクも。ただ、問題は不東だなぁ」
不東がスタグハッシュ東にある海岸近くの洞窟で、いるかどうかもわからない珍しい魔物を討伐に行っている話は、アオミから聞いた。
半月近く経っているが、未だに城へ連絡の一つもよこさないそうだ。
「まさかここまで粘るとは思ってなくてな……ん?」
アオミが唐突に言葉を切り、考え込み始めた。
「どうしたの?」
「俺は何故、ジストとザクロ、不東を城から遠ざけようとしたのかと思ってな。よく考えると、おかしい」
おれがジストを見ると、ジストは頭に手を当てた。
「ええと、あの城のどこかに魔王がいて、アオミは魔王の影響を受けたから……」
「魔王として城を支配するのに、不東やジスト達が邪魔だった? 不東はともかく、ジストとザクロは信頼できる相手だ。同じように影響を受けさせて、仲間にしたほうが得だと考えるが」
「ちぐはぐだねぇ」
「信頼できるのか、おれ達が」
「ん? ああ」
アオミは当然だが? とばかりに返事をした。
アオミ、いや土之井からは魔力の供給を受け続けていた。
頼りないどころか足を引っ張ることしかできない存在だったというのに。
「あ、そっか。わかったかも」
ジストが唐突に顔を跳ね上げた。
「魔王ってさ、自分が完全に操ったヤツしか信じられないんじゃない?」
「なるほど、その線はありそうだな」
ジストとアオミは何らかの結論を出していたが、おれはアオミの「信頼できる相手」という言葉を、噛み締めていた。
***
そういやオレ、レア魔物とやらがどういう形してるのか聞いてない。
土之井の話を聞いたときに思い浮かんだのは、鉄みたいに硬いジェル状という矛盾だらけの身体をした生物、メタルなスライムだ。
そんなやつは一匹も見つからない。
洞窟に湧いていた魔物を手当り次第に倒してみたが、レベルは一ミリも上がらない。
相手はレアだ、一日二日じゃ湧かないのは覚悟してたが、三日目に飽きた。洞窟内の魔物はほぼ狩り尽くしたし、何より海辺だからかジメジメして磯臭い。
面倒くさくなったし、帰ろうと思って洞窟を出たら、スタグハッシュの兵士たちがキャンプしてた。
布張りのテントじゃなくて、プレハブっていうの? 木造のちっさい小屋建てて、そこからオレを手招きするんだよ。
お風呂もお食事もありますから、英気を養ってくださいってさ。
どういうことか聞いたら、土之井に言われて来たんだと。
多分、数日くらいじゃ見つからないだろうから、ここに仮拠点建てろって。
しかも、侍女の格好がエロい。あの布面積の少なさは、絶対そういう目的のヤツだろ。
土之井にしちゃ気が利くと思ったら、侍女は兵士の判断で連れてきたんだとさ。
控えめに言ってグッジョブ。
風呂入って飯食って、侍女といい感じに過ごしたら、少しだけやる気が出てきた。
この小屋はオレが洞窟へ挑戦し続ける限り、人も物も途切れないようにするって。
目的は魔物討伐っていう血生臭いことだけど、オーシャンビューのコテージでリゾートしてるみたいじゃん。
気分のアガったオレは、一日おきにレア魔物探しと休憩を繰り返した。
そして半月くらい経った。
そんなに広くない洞窟の一番奥に、今まで見たことのない魔物が湧いていた。
黄緑色の球体に、ボコボコがついた、ちょっと嫌悪感を抱く見た目のやつだ。
オレの気配に気づいて岩陰に隠れようとしたところを、斬撃でさくっと倒した。
<レベルアップしました>
<レベルアップしました>
<レベルアップしました>……
……待て待て、うるさい。
レベルアップが止まらない。
何十回も鳴ってようやく止まったところで、ステータスを開いた。
不東剛石
レベル99
種族:莫人
スキル:[達人][全能力補正]
……おおお!? レベル99って、カンストじゃね!?
それにしても種族とか莫人って何だ?
ステータスを見ながら、どれだけ強くなったのかワクワクしていると、後ろからべちゃっ、と何かを投げつけられた。
さっきの球体だ。色は倒したやつと違って、赤やピンク、オレンジとか色々いた。
そいつらがオレに対して次々体当たりを仕掛けてくる。
レベル99だからか、ちっとも痛くねぇ。
色は違うが、さっきのと同じレア魔物に違いない。
オレは喜々として、そいつらも全滅させた。
レベルは上がらなかった。
あー、あれかぁ。黄緑のヤツだけがレアで、他のは……メタルじゃないスライムってことか。
それともレベルは本当にカンストで、これ以上上がらないのかもしれない。
よし、じゃあもうこの磯臭い場所とはおさらばだ!
だけど、あの小屋にはもうちょっといてもいいかな?
小屋に入って、目標達成したことを伝えた。
祝ってくれると思ったのに、兵士たちは目に見えて慌てた。
もうすこしゆっくりしていきませんか、ってさ。
オレは食い物と女の子がいれば、いつまででもいるよ、って答えた。
そしたら兵士たちはあからさまにホッとした表情になって、いつもどおり俺の世話を焼いてくれた。
なんか引っかかるが、海っていう開放的な場所でのんびり過ごせるし、まあいいかと更に数日過ごした。
今日は風が強いなーって海を見てたら、雨が降ってきて、すぐに嵐になった。
仮設プレハブ小屋なんて、あっという間にスクラップになって吹き飛ぶほどの。
いくらレベル99でも、嵐には勝てねぇ。
なんとか守った最低限の荷物と一緒に、兵士たちも渋々といった感じで、城へ帰ることにした。
城への道は厳重に封鎖されてた。
兵士たちは封鎖を知ってて戻るのを渋ったのかと思いきや、本気で困ってた。
城下町の宿に押し込まれると、兵士は二手に分かれた。片方はオレと一緒に宿にいて、もう片方は情報収集。
しばらくして情報収集班が帰ってきて、何か話してた。
オレは眠かったから、なにか決まったら教えてって伝えて、さっさと寝た。
目が覚めたら、誰も居なくなってた。
というか、俺が知らない場所にいた。




