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目つきが悪いと仲間に捨てられてから、魔眼で全てを射貫くまで。  作者: 桐山じゃろ
第三章

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20 異世界に召喚された男子高校生達のとある日

 なにか言いたそうな土之井に、モモが横からお粥を差し出す。

「二日間、眠っておられました。まずはこちらから」

 葱と生姜が優しく効く、ヒスイ特製の土鍋粥だ。体調不良時の食事として我が家で重宝されている。

 主に恩恵に預かるのは、魔力を使いすぎた時の僕やよく無茶をするツキコだが。

 ベッドテーブルに置かれたそれを、土之井は十秒ほどじっと見つめてから匙を手にした。

 一口目を味わうと空腹を思い出したのか、残りを噛みしめるように食べきった。

「ご馳走様でした」

 土之井は手まで合わせて丁寧に食への感謝を捧げた。

「話を聞きたいけど、まだ万全じゃないな。もう一眠りしとけ」

 僕がその場を辞そうとすると、土之井が引き止めてきた。

「待て、横伏。俺も話が聞きたい……いや、言いたい。今すぐ」

 なんだか泣きそうな声になっている。

 無理はするなよと言い渡し、ベッドの横に椅子を置いて座った。ヒイロとモモには部屋を出てもらった。




「すまなかった」

 開口一番、深々と頭を下げての謝罪。

「全て憶えている。俺に取り付いていた何かが、俺の本心を掴んで引っ張り出していた。だから俺が口にしたことは俺の本音だ。横伏を盾にしていたことも、仲間と思っていなかったことも」

「じゃあどうして謝るの?」

 土之井の本心であったとしても、僕を庇っていたことや味方についてくれていたことは事実だ。

「仲間と思っていなかったら、責任を全部自分で引き受けて、こんな風に謝ろうなんて考えないだろ」

「自己満足、打算、優越感。そういうものを得るために横伏を利用していた」

 土之井は僕と目を合わせないように頭を上げて、ふい、と壁のほうを向く。

「それが本人にバレていたから、謝った。これも所詮、自己満足だ。俺はこんな風に、助けられていい人間じゃない。この借りは必ず……」

「……土之井ってクソ真面目だな」

 思わず出た感想が、これだった。


「人が動く理由って、いま土之井が言ったことが殆どじゃないか? 世のため人のため、自己犠牲が尊い、なんて言う人間のほうが、僕は信用ならない」

 僕が冒険者をやっているのだって、チートで貰った力を利用して魔物相手に優越感を得ているようなものだし、メイドさん達を養おうとしたのは自己満足で、お金を稼いでいるのは将来は楽して暮らしたいから、という打算まみれだ。

「僕は土之井に助けてもらったとしか思えない。謝ってもらうようなことは、一つもない」

「俺が不甲斐ないばかりに、妙な者に囚われた。横伏が来ていなかったら、この家の他の住人も……」

「ああ、そうなってたら僕もどうしてたか、わからないな」

 ヒスイたちに何かあったら、なんて考えるだけで肝が冷える。

「でも実際、何も起きていないし」

「あれを、何も起きてないと?」

「あれって、どれ?」

 土之井が僕を攻撃したことなら、終わった話だ。暗黒属性のことは気になるが、僕とヒイロは無傷で魔力を使いすぎたというわけでもない。

 そもそも、土之井の意思ではなかった。

 他に何か起きたっけ? と首を傾げていると、土之井が「マジかよ」と発した。

「何かとんでもない魔法で横伏を攻撃したことだ」

「え、それのことなの? 土之井のせいじゃなくない?」

「確かに俺の本意ではないが」

「じゃあやっぱり土之井が謝るようなことじゃなかったってことで」

 土之井はあんぐりと口を開けたかと思うと、額に手を当てて逡巡し、それから何度か何か言いかけて拳を握りしめ……力なく肩を落とした。


 思えば僕は城で、自分のことで手一杯で、土之井は治癒魔法をくれるいいヤツという認識しかしていなかった。

 あれだけ助けてもらったのに、お礼を言うだけで何も返していない。

 土之井がこんなにクソ真面目で、感情豊かな人間だなんて知らなかった。

「謝るべきは僕の方だな」

「は!?」

 土之井はとうとう叫んだ。

「治癒魔法をもらうばかりで、何も返せてなかった。……こんなことになってから言うのもあれだけど、だから復調するまで気兼ねなく休んでいって欲しい」

「治癒魔法こそ俺の」

「自己満足だろ? 僕もだよ」

 僕がニヤリと笑ってみせると、土之井も釣られて少し笑った。




***




 一週間ほどで、土之井は全快した。

 土之井が高校で女子にモテていたという理由がとても良くわかった。

 とにかく紳士なのだ。

 物腰は丁寧だし、起き上がれるようになってからはメイドさん達を手伝おうとするし、断られても爽やかに食い下がって最終的に家庭用魔道具のメンテナンスをいくつか請け負うことに成功していた。

 僕がやろうとすると魔道具屋さん呼ぶのに。

 どんな魔法を使ったんだ。


 イネアルさんに診てもらって完治の診断が出た時、僕は土之井に「一緒に住まないか」と持ちかけた。

 メイドさん達からは「家の主はヨイチだからヨイチの決定に従う」と了解を得ている。

「年頃の女性がいる家に住むわけには」

「目の前に実際に住んでる男がいますよ?」

「横伏は事情が事情だっただろう? 俺は完全に余所者だからな」


 と、様々なやり取りの後、我が家に書庫ができることになった。


 土之井は城に、自分の稼ぎで買った本が大量にあるという。

 せっかくだから城から持ち出したいが、置き場所がなく困っているので、そのための部屋だけ借りたいとのことだった。

 本は僕の家の住人ならどれでも好きに読んでいいと言う。

「今後も集めた本を送ってもいいか?」

「構わないけど、僕が得過ぎない?」

 土之井の蔵書量は、客室ふたつをぶち抜いて大きな部屋にした後、本棚をギリギリまで詰め込んだ状態で棚の八割を埋めるほどもあった。これだけの本が読み放題なんて、気前が良い。

「そんなことはない。俺は元から本好きだが、いつも置き場所に困っていた。横伏のおかげで、夢が一つ叶う」


 本の持ち出しと運搬は、僕がやることになった。

 人は城にいるだけで魔王の影響を受けてしまうというのに、僕は今の所、そういった兆候がみられない。

 他の人に任せるよりはマシだし、僕にはほぼ無限容量のマジックボックスがある。

 土之井には本の在り処を詳しく聞き取り、後日取りに行った。


「これから、どこで暮らすの?」

 スタグハッシュ城のどこかに魔王がいる、または関与していて、城に住む人間は影響を受ける。

 土之井が冒険者ギルドの人たちにもそう忠告したので、現在スタグハッシュ城は無人で、城への道は完全封鎖された。

 城に居た人たちは、いくつかのグループに分けてあちこちの町へ移された。それを冒険者ギルドやリートグルクの人たちが監視、事情聴取するという形になった。

「椿木たちがスタグハッシュの南にある港町で冒険者をやっている。そこに混ざるつもりだ」

「椿木、港町にいるの?」

「亜院も一緒だ」

「亜院が? どうやったの?」

 聞けば、椿木はレベルアップで大幅に増えた魔力量で、亜院の魔力流出を強引に押し留めているのだとか。


「そうか……。土之井、椿木のところへ行くなら僕も一度行きたい」




 翌日、僕と土之井はスタグハッシュ南の港町へ転移魔法で飛んだ。魔物討伐へ行くわけではないから、ヒイロは留守番だ。

 僕は港町へ行ったことがないので、土之井に転移魔法で僕だけ港町へ飛ばしてもらい、一旦戻って土之井と一緒に飛んだ。

「魔力量が多いと便利だな。本も自分のマジックボックスに仕舞っておける」

「まあね」

 土之井とはこの一週間で、だいぶ打ち解けた。

 はじめは土之井の方が例のクソ真面目を発揮して遠慮がちだったが、僕が何度も「気にしてない」「気にすることじゃない」といい続けていたら、なんとか納得してくれた。


「土之井、横伏、こっち!」

 椿木たちが住んでいる借家で、僕と亜院は久しぶりに会った。

「まさかこんな方法で擬似的に治すなんて、椿木も結構無茶するなぁ」

「へへへ」


 昨晩、もう一度ツキコに確認を取ったら「前言撤回なんてしないよ。ヨイチに任せる」と言われた。


 亜院がしでかしたことは、たとえ魔王の影響下にあったといっても簡単に許されることじゃない。

 だけど、今は冒険者として真面目にしているし、僕も少しやりすぎたと反省している。


 亜院を治すことにした。


「いいのか」

「ツキコの了解は貰ってる。でも一応、もうしないって誓ってくれるか?」

「勿論だ。あのような真似は二度としない」

 亜院の心臓の真上に、手のひらを翳す。

 壊したものを治すのは、壊すより手こずった。

 とはいえ、僕の魔力はあの時より更に増えている。

 問題なく亜院を元通りにできた。


「どうだ?」

「……ああ、違和感がなくなった」

「違和感あったのっ!? 不調があったら言えって言ってたじゃん!」

 椿木が騒がしい。

「今まで違和感だとも思ってなかった部分だ。おれ自身も今、気づいた」

「うう、それなら仕方ないか」

 どうやら椿木はかなり献身的に亜院の面倒をみていたらしい。

「横伏」

 亜院が僕に冒険者カードを差し出した。

「おれにできることがあったら何でも言ってくれ」

「あー、言葉通り受け取っていいよ。いつでも呼び出して構わない、連絡先はコレ、ってこと」

 亜院の言葉に椿木が補足をつける。

「連絡先の交換はしておこうか」

 ここへ来て、僕がヨイチと名乗っていること、椿木と亜院も偽名を使っていることをお互いに知ることになった。

「ジストとザクロか。そう呼んだほうがいい?」

「城に気づかれなけりゃよかったんだ。冒険者名はこのままにしとくけど、普通に名字で呼んでくれ」

「じゃあ僕の方も横伏で」

「いや、この際冒険者名で呼び合おう。城にはまだ不東がいる」


 土之井以外の三人が「あっ」と声を上げた。

 不東のこと、すっかり忘れてた。


「わざわざ偽名を使わなくても、下の名前で十分だ。あいつは俺達の下の名前を知らない」

「マジかよ……」

 僕の名前だけならまだしも、他の人の下の名前すら知らないとか。初めから仲間だと思ってなかったのだろうな。

「僕は半年近く『ヨイチ』だったから、ヨイチで馴染んでる」

「まだ一月も経ってないけど、紫水(しすい)って微妙に言い辛いからジストで」

「おれの(くれない)も言いづらかろう。ザクロで頼む」

「偽名とか思いつかないから、青海(あおみ)でよろしく」

 召喚から一年経って、今更改まった自己紹介をしたことに全員がほぼ同時に気づき、誰からともなく笑い出した。

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