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目つきが悪いと仲間に捨てられてから、魔眼で全てを射貫くまで。  作者: 桐山じゃろ
第三章

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19 薄く削り取るように

***




 ヨイチの部屋から物音がしたら、ヨイチが転移魔法で直接帰ってきたのかと思うじゃない。

 前回それがあった時、ヨイチはそのまま意識を失った。

 だから声をかけたら、知らない人だった。

 家に知らない男がいる、という事実に思考が停止してしまい、気も遠くなりかけた。

 男が何か言ってきたから、やるべきことを思い出せた。

 ヨイチに教わったとおり、服の下に着けたペンダントを握りしめながらヨイチを呼ぶ。

 本当にすぐ来てくれた。

 ヨイチと男は顔見知りっぽい、というか例の連中の一人らしい。何か話して、転移魔法で消えた。


 ホッとしたら腰が抜けて、その場にぺたんと座ったまま呆けているところをヒスイとローズに見つかった。

「ツキコ、何か騒々しかっ……どうしたの!?」

「あ、今ね、知らない人がいて……」

 ヒスイの手を借りて立ち上がり、部屋まで誘導されながら経緯を話した。

「ヨイチはその人のことを土之井って呼んでた。でもなんか、イメージと違って……ヒイロがずっと唸ってたし」

 話し終える頃には私の部屋で三人、テーブルを囲んでいた。

「イメージって?」

「土之井青海って一年生なのに生徒会入りしてるし、成績いつも一番だし、女子に人気で……隙のない人だなぁって勝手に思ってたの」

 ローズはふむふむと相槌を打った。

「スタグハッシュに呼ばれた連中のうち唯一ヨイチに味方してくれてた人でもあるし。てっきり人格者かと」

「違って見えたの?」

「うん」

「大丈夫かしら、ヨイチくん」

 漠然とした不安感が漂う中、ノック音がした。

「入っても宜しいですか?」

 扉の向こうからモモの声がする。

「どうぞ」

 モモはティートローリーにお茶やお菓子を満載してやってきた。

「主様から話は聞いております。驚かれましたでしょう。『始末はつけるから、ゆっくり休んで』とのことです」

 ヨイチの言付け部分はヨイチそっくりの声を出した。

「モモちゃん、ヨイチくんの声真似上手ね」

「真似ではなく、主様の声をそのまま発したのです」

 頭の上にクエスチョンマークを浮かべる人間三人に、モモが追加で説明してくれた。

「主様と聖獣は思念による意思疎通を行います。主様から受け取った思念を皆様の耳に届くよう、声にしたのです」

 説明を聞いてもよくわからないけど、モモとヨイチがすごいのはなんとなくわかった。

「通話音声を録音して再生したってことかしら。でもモモちゃんのどこにそんな器官が……」

 ヒスイは普段おっとりしてるのに、時折妙なところにこだわりを見せる。

「ヒスイ、あまり深く考えちゃいけないと思うの」

「そう?」

 思考の沼に浸かりそうだったヒスイを、ローズがすくい上げた。


「主様より、本日は皆様をお守りせよとの命を頂戴しております」

 モモは私達に対しても丁寧な物腰と共に敬語で話す。逐一教えたのは私達だけど、ヨイチにメイドとして接するときに使うんだよと言っても「ヨイチ様にとって大切な皆様ですので」と、姿勢を崩さない。

「それは頼もしいのだけど……ヨイチくんのところにいなくて大丈夫なの? えっと、モモちゃんとヨイチくん、二人とも」

 モモやヒイロはヨイチと『ソウルリンク』した『聖獣』だ。

 噛み砕いて言うと、魔力や生命力で繋がった運命共同体なのだとか。

「心配ございません。主様……ヨイチ様が他の何かに脅かされることは天地がひっくり返っても有り得ません」

 モモは自信たっぷりに、ヒスイと同じくらい大きな胸を張る。少し分けて欲しいと何度思ったことか。

「ヨイチくんが強いのはわかるけど、そんなに?」

「はい」

「理由を教えて」

 ローズが問うと、モモは再び胸を張りながら答えた。


「[魔眼]がありますから」




***




 土之井から放たれた魔法は、見たことのない属性だった。

 本能というか第六感というか、とにかく肌で『あれに触れるのはまずい』と察知し、咄嗟に弓矢の練習に使っていた的を出す要領で身代わりを作り、土之井の魔法を防いだ。

 身代わりの、僕と同じサイズの魔力の塊は「ギヂュン!」と背筋の凍る音を立てて消滅した。

「何だ今の」

「ヨイチ、[鑑定]を」

 土之井を鑑定すると、スキルが色々と増えていた。

 [鑑定]や[魔法の極意]は分かる。[千里眼]は、[心眼]が「見えないものを見る」スキルであるのに対し、「見たいものを見る」スキルのようだ。

 もしかして、これで僕を見張っていたのだろうか。


「はっ、何故生きてる?」

 土之井は魔法を放った時の両手を突き出した姿勢のまま、僕を睨みつけている。

「ヒイロ、あれは」

「邪獣に近いと思うけど、あんなのは知らない」



 ヒイロは生まれてから一年と経っていないのに、博識だ。

 疑問に思い、尋ねてみたことがある。

「ヨイチとソウルリンクしたときに、ヨイチにとって必要な知識が頭の中に流れ込んできたんだ。たぶん聖獣の能力だと思う」

 これはモモにも適用されていて、聖獣というのはソウルリンクした人間が欲する知識を得ることができるようだ。


 そのヒイロが『知らない』ということは、僕に必要のない知識か……聖獣の能力でもカバーしきれない何かだ。


「暗黒属性ってのは?」

「……ごめん、わからない」

 ヒイロが悄気返(しょげかえ)る。

「そんなに気にするなよ」

 ここまでの会話を意思疎通によってコンマ一秒にも満たない時間で終える。


 ヒイロにわからないことでも、僕の[魔眼]は、一度見た魔法を属性ごと覚えることができる。

 土之井がもう一度同じ魔法を放ってきた。僕からもお返ししようとして……暗黒属性は使えなかった。


「あれ?」

 仕方なく、先程と同じように身代わりの魔力の塊で防ぐ。

「清邪魔法も効かない」

 ヒイロは身代わりに魔法がぶち当たる前に、清邪魔法を試していた。それは暗黒属性の魔法に触れると、焚き火に落ちた枯れ葉のように消えてしまった。

「土之井……いや、お前。一体何者だ?」

 魔法の応酬、というより一方的に攻撃されて防ぐしか出来ない状態のまま、土之井の姿をした何かに問いかけてみる。

「ふん、想定外の存在と(いえど)も、この程度の魔法を防ぐのにそれだけの魔力が必要ならば、すぐに力尽きるだろうな」

 土之井は女子から見たらとてもイケメンらしい。その顔が女子にお見せできない程邪悪に歪む。


「俺は、貴様らが血眼で探していた魔王だ」


「ヒキュン!」

 ヒイロが「違う!」と吠えた。

 自称魔王にヒイロの言葉は通じないらしく、ヒイロの鳴き声を悲鳴と受け取った。

「そこな聖獣よ、そやつから離れるというなら、今なら我が配下に迎えるぞ。どうだ?」

 ソウルリンクは死ぬまで繋がったままだ。知っている上での発言だろう。

 ヒイロは自称魔王の勧誘を完全に無視して、僕に意思疎通で話しかけてくる。

「あれは魔王じゃない。少なくとも本体じゃない」

「本体の居場所は?」

「遠くないところにいるはず。あいつの近くの人間は、悪影響を受けるんだ」

「……なるほど」



 一緒に召喚された連中が、なかなかレベルの上がらない僕に対して負の感情を向ける中、土之井だけは僕の味方でありつづけてくれた。

 土之井の治癒魔法を受けると鈍痛が残ったのは、「これ以上のことができなくて申し訳ない」という罪悪感の現れだと、今ならわかる。


 その土之井が、自称魔王にいいようにされている。


 人一倍自制心の強い亜院がイデリク村の人を襲いツキコを拐ったこと。

 誰よりもラノベ知識がある椿木が、邪獣の支配を受けるという悪手を簡単に取ったこと。


 ここまで揃えば僕だって気がつく。

 気づくのが遅すぎたくらいだ。


 魔王は、スタグハッシュ城にいる。



 自称魔王は顔に焦りを滲ませている。

 何度魔法を撃っても、僕が余裕で防いでいるせいだ。

 魔法に使う魔力を土之井に依存しているなら、あちらのほうが保たないだろう。


「何故だ、何故貴様は折れない!?」

 ヒイロは僕が安定して魔法を防ぎだしてから、足元に伏せている。ふわあ、と一つあくびまでしてみせた。

 あくびは伝染る。

 それが、ヤツの気に障ったらしい。


「殺すっ!!」


 今まで僕にだけ向かって撃ち続けていた魔法を、手当り次第に放ち始めた。

 環境破壊はよくないので、その全てを僕の魔力と魔法で相殺する。

 土之井の顔色が明らかにおかしい。足元も覚束無いし、相当無理をさせている。


 相手の攻撃はなんともないが、このままでは土之井が危ない。

 清邪魔法が効かないなら、浄化魔法も効かないだろう。

 [心眼]で弱点を見抜いた時、首に不可視の輪が視えた。

 輪は継ぎ目なく土之井の身体に密着していて、腕ずくでは取れないように思える。


 しかし、僕は[魔眼]によって魔力そのものを操れる。


「何故だ、このっ」

 これ以上土之井の魔力は使わせない。

 ヤツの魔法を防ぐ傍ら、何度も首輪の切断を試みていた。


 手足を縛る太い縄を、手近なもので擦って千切ろうとするように。


 首の輪に対して少しずつ魔力を当て、ついに切断に成功した。


「なっ!? 気づいて……!」


 土之井の身体から何かが抜けていき、土之井はその場に前のめりに倒れた。




 捨て置け無いので家に連れ帰ると、椿木の時と違って柔らかく迎え入れられた。

 土之井は唯一の味方だったことを話してあったことも影響しているだろうけど……。

 やはりイケメンか。イケメンは正義なのか。


「土之井って、そんなにかっこいい?」

 男の僕にはわからない。思わずそう漏らすとメイドさんたちは首を横に振った。


ローズ「好みじゃない」

ツキコ「趣味じゃない」

ヒスイ「タイプじゃない」

 だそうです。わからぬ。

 椿木との対応の違いを指摘したら、やはり『僕の味方だった』こと故だった。


 客室のベッドに寝かされた土之井は二日間、昏昏と眠り続けた。


 面倒と監視をモモにまかせて、その間に事の次第を冒険者ギルドへ報告しておいた。


 冒険者ギルドは今や、スタグハッシュに魔王がいると断定し、城へ問答無用で押しかけて城にいる人達を全員監視下に置いている。

 本当は捕らえて尋問したいところだけど、人が多すぎるための措置だ。

 城の人間たちは今まではぐらかしたり抵抗していたのが嘘に思えるほど、大人しく従っているそうだ。



「ここは?」

 土之井が目覚めそうだとモモから聞き、僕は客室で待機していた。

「僕の家だよ、土之井。……まだ起きるな」

 身体を起こそうとした土之井を押し留めた。


 土之井は不思議なものを見る目で僕を見た。

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