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目つきが悪いと仲間に捨てられてから、魔眼で全てを射貫くまで。  作者: 桐山じゃろ
第三章

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13 素材探し

 モルイから遥か北にある山に来ている。

 標高……何メートルだろう? 三千以上はあると思う。

 モルイ周辺に高い山はなく、この山はモルイからは遠すぎて見えない。

 頂上付近にはうっすらと雪が積もる程寒い場所だ。

「降りられそうか?」

 僕を乗せてくれているヒイロに尋ねる。人が登れるような緩やかな斜面はなかなか見当たらない。

 ヒイロがいなければ、ここまで来れなかった。

「降りるだけならできるよ。でも、このまま探したほうがいいかもね」

 僕はある魔物を一週間以上に渡って探しているのだ。



 事の発端は、僕が上位種族へ進化したときのことだ。

 今まで着ていた防具が合わなくなり、防具屋のディオンさんに新しいのを注文した。

 ディオンさんはツキコの採寸を元に二日で作り上げてくれたが、受け取りに行った僕を見るなり、眉をひそめた。

「サイズは合うが……ヨイチさんには合わんなぁ」

「どういうことでしょうか」

 ディオンさんは片手を額に当てて俯き、何事かブツブツ呟きはじめた。

「あれは……うーん、やはりここは……」

 似た光景を見たことがある。ディオンさんの兄であるおやっさん……鍛冶屋のアルマーシュさんが武器の素材について悩んでいる時の恰好と同じだ。

「とりあえず、これは間に合わせだ。今のヨイチさんに相応しい素材は『ベエマス』の革ぐらいしか思いつかん」

 僕に防具一式を押し付けて、そんなことを言い出した。

「ベエマス?」

「モルイの北に、魔物が多く住む山々がある。周辺に人里がないから、よっぽどのことがなけりゃ誰も近づかんようなところに棲む、恐ろしく強い魔物だ」

 ディオンさんは紙にサラサラと絵を描いてくれた。

 平たく長くしたサイに、太く長い尾と角、背中に鬣がついたような魔物だ。ディオンさんは絵が上手いから、特徴は捉えてあるのだと思う。似た魔物すら見覚えがない。

「だいたいこんな感じのやつだ。俺は一度だけ見たことがある。何かの事故で死んだやつを冒険者が見つけて引き揚げてきたんだ。俺のところにも素材が一部回ってきたが、もう無い」

「なるほど、わかりました」

 ディオンさんやアルマーシュさんが素材の話をするということは、僕にとってきてほしいという意味だ。

 いつも武器や防具を格安で譲ってくれるのだから、聞かない理由はない。

「危険度はS以上って話だ。無理だけはするなよ」

 僕が「いってきます」と言うと、ディオンさん達は何故か諦めたような口調になってしまう。

 何故かな。




 ディオンさんにベエマスの話を聞いたのは、もう二週間ほど前になる。

 防具を貰って家に帰り、すぐ探しに行こうとしたらメイドさん達に止められた。

「ヨイチはお休みだよね?」

 ツキコに有無を言わせぬ迫力で止められ、ヒスイに無言で部屋に押し込まれて椅子に座らされ、ローズがティーセットと本を何冊か置いていった。

 これは、出て行ったら滅茶苦茶怒られるやつだ。

「探すのは休み明けだね」

 ヒイロはさっさと白旗をあげた。というかヒイロ専用のお皿に置かれた甘味に懐柔された。身体は成長したのに甘味好きは据え置きだ。

 武器の勘が鈍るからと頼み込んで許可を得て、日に一度は運動場で体を動かす以外は自室でゴロゴロ過ごした。これはこれでよかった。


 そして休み明け、さっそく山へ向かおうとヒイロに頼んで飛んでもらい……一旦戻って冒険者ギルドへ向かった。

 種族が[上位魔人]になってから、視力や聴覚といった五感の性能も上がった気がする。

 その視力でモルイの北を見ると、山がいくつもあった。

 冒険者ギルドなら、どの山にベエマスがいるのか、正確な情報があると思ったのだ。


 無かったんだけどね、情報。


「確かに十年ほど前に死骸を持ち帰った冒険者はいましたが、ベエマスが元々どこに棲んでいたか、確実な場所までは……」

 冒険者は道に迷ってたどり着いて先で偶然ベエマスの死骸を見つけた。マジックボックスに収納し、その場で一晩野宿をして魔力が回復したところで転移魔法で帰ってきたということだった。

「おそらくこの辺りではないかと」

 話を聞いてくれた受付さんが資料をひっくり返して調べてくれて、可能性のありそうな地点の地図情報を冒険者カードに送ってもらった。

 ギルドからの呼び出しに応じつつ、候補地を順に回った。



 今いる場所は最後の候補地で、モルイから一番離れている。

 魔物どころか大きな生物がここで生きられるの? というくらい厳しい環境だ。

 ところが[気配察知]を全開にすると、モルイ近辺じゃ稀にしかお目にかからない強さの魔物の気配がたくさんあった。

 どれがベエマスか判別がつかない。

「参ったな。あとは虱潰しに探すしかないか」

「ベエマスが空を飛べたら、もっと別の場所から来てた可能性もあるね」

「うわ、それ厄介だなぁ」

 今装備しているディオンさんの防具は、何故これで納得できないのか疑問に思うくらい僕にピッタリだ。このまま妥協しても問題ないと思う。

 しかし、ディオンさんの、[鑑定]スキルとはまた別の『その人に合う防具を見定める職人の勘』は外れたことがない。

 あとは僕自身の好奇心だ。ディオンさんが『僕にしか合わない』とまで言ってくれた素材で作られた装備というのを是非見たい。

 冒険者カードで地図を見ながら、今後の方策を考えていた時だった。


「ヨイチ、あれ」

 ヒイロが意識を向けたほうを見る。直後にドズン、と重たい音がした。

「行ってくれ」

 言う前からヒイロは向かっていた。


 少し近づくだけで、状況が把握できた。

 巨大な四足歩行の黒い魔物が、山にわずかにあるなだらかな所に五体いて、戦いを繰り広げていた。

 いや、あれは一対四だ。四体はディオンさんの絵そのままの、おそらくベエマス。体長は五メートルはあるだろうか。

 もう一体は……。

「なあ、ヒイロ。あれって」

「多分ぼくと同じだね」

 その一体は他のベエマスの半分くらいのサイズで全身が真っ白、瞳が赤い。ヒイロと同じアルビノだ。

「どう思う?」

 僕の目には、アルビノを他のベエマスが迫害しているようにしか見えない。全身傷だらけで、左目は傷で塞がれている。

「ヨイチと同じこと考えてるよ」

 ヒイロの返事を聞くのと同時に、僕はヒイロから飛び降りた。



「グゥウウウウウウ……」

 アルビノベエマスと他四体の間に降り立つと、ベエマス達から唸り声をあげられた。

「邪魔するな、ってさ」

 ヒイロが僕を追いかけて降りてきつつ、通訳してくれる。

「こっちの言葉は通じるかな」

「ぼくが言えば通じるかもしれない」

「じゃあ伝えてくれる? この状況、他人事に思えないからこいつの味方する、って」

 通訳してもらっている間に、アルビノベエマスを[鑑定]で見た。



 ベエマス(アルビノ)

 レベル50

 種族:亜竜

 属性:聖

 ソウルリンク条件:生命共有



 やはり聖獣だ。

「生命共有って何したらいいの?」

「やるつもり?」

「うん」

 ヒイロは見事に僕の言葉を通訳してくれていた。アルビノベエマスは心なしかぽかんとした表情をしており、残りの四体は殺気立っている。

「共有した後、ベエマスが死んだらヨイチも死ぬよ」

「僕が強くなればいいだろ」

 ソウルリンクして数か月経ったヒイロは、危険度Sの魔物を簡単に討伐できる程に強い。僕の影響を受けているのだとか。

 ベエマスも僕とソウルリンクすれば強くなるはずだ。

「……(あるじ)の命令には逆らえない」

 ヒイロは諦めのため息とともに、やり方を教えてくれた。

「血を飲ませるのが一番簡単かな。……舐める程度でいいんだよっ!?」

 僕が左腕の袖をめくって風魔法の刃で浅く切り裂くと、ヒイロが慌てた。

「大きな体だからたくさん要るかと思って。ほら」

 血の滴る腕をアルビノベエマスに差し出す。背後の四体が襲い掛かってこようとしたが、ヒイロが唸り声で牽制してくれた。


 アルビノベエマスは恐る恐るといった風に、僕の血をひと舐めした。


 傷のダメージとは別に、体力がごっそり削り取られる感覚がした。

 アルビノベエマスが舐めとった血を伝って、生命力を吸い取られたようだ。

 しかし虚脱感は直ぐに治まり、むしろ力が漲ってきた。改めて[鑑定]し、ソウルリンクしたことを確認した。


「珍しい人間もいたものねぇ」

 聖獣ベエマスはハスキーボイスだった。口調からして雌なのかな。

 左目の傷が治っていて、赤い両目が僕を見つめている。全身も傷一つなく、白く短い体毛と鬣が綺麗だ。

「けど助かったわぁ。この命の全てを捧げましょう」

「大げさだなぁ。勝手にやってしまったけど、よかった?」

 大仰な物言いをするベエマスに、手をひらひら振ってやった。

「良いから受けたのよぉ」

 自分で切りつけた腕にふわっと暖かい光が降り注ぐ。聖獣ベエマスによる治癒魔法だ。

「名前……は、後で決めようか」

 ヒイロの威嚇で近づいてこないその他のベエマスに向き直る。

「こいつら倒してもいい?」

「どうして私に聞くの?」

「同族でしょ」

「お気遣いありがと。主様の敵なら私の敵よ」

「そういう意味じゃないんだけど……まあ、これが人里に降りてきたら危ないからね」

 いつもの言い訳を口にしてから、弓を取り出す。

 ヒイロが威嚇を解除した瞬間、大口開けて飛びかかってきた一体の口内へ矢を射た。

 ツキコの修理で強化された魔道具の弓は、上位種族になった僕の腕力に負けないどころか、余すところなく引き出してくれる。

 チッ、と鋭い音を立てて矢がベエマスを貫通し、飛びかかってきた姿勢のままその場に落ちた。


「どうして戦ってたの?」

 ベエマス達に尋ねてみると、他の三体からはヒイロ曰く「あまり通訳したくない」ような罵詈雑言が飛んできたらしい。

「私の白い毛皮が目障りだって、常日頃から追い回されてたの。今日は特に酷かったわぁ」

 残りの三体は問答無用で額の急所に矢を打ち込み仕留めた。


「主様……」

 聖獣ベエマスが引いている。

「個人的なトラウマがね、ちょっとね」

 僕は四人全員が相手ではなかったけど。土之井だけは親切にしてくれてたし。

「なんてお強い……」

 身体を震わせ赤い瞳がウルウルしている。あれ? 引いてるんじゃなくて感動してる?

 聖獣ベエマスはよくよく見ると、ヒイロに比べて体毛が短いせいか、地肌のピンク色が透けて見える。

「名前、モモってどう?」

「仰せのままに。よろしくお願いしますね」


 倒したベエマスをマジックボックスに詰め込み、新たな聖獣のモモと一緒に転移魔法で自宅へ飛んだ。



 体長二メートルのモモが入る家でよかったと、ツキコに心の底から感謝した。

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