10 契約満了
王命とあっては騎士団長も逆らえないらしい。
僕と、手合わせを言い出した騎士さん他数名は城の建物から少し離れた場所にある訓練場へ案内された。
木製の剣を手渡され、訓練場の中央へどうぞと促される。
王様は「手本を見せてやってくれ」と言っていたのだから、戦う必要は無いはずなのに、僕の前には木の剣を持った騎士が、今にも試合前の礼をしそうな雰囲気で待ち構えている。
「その前に、いいですか?」
なんとか試合せずに済む方法を考えてあたりを見回した後、訓練場の隅にある訓練用の人形を手で指し示した。
人形は木製の土台に金属製の全身鎧を着ていて、あちこちベコベコと凹んでいる。
「あれ、壊しても問題ないですか」
「壊す?」
眉をひそめて返したのは騎士団長さんだ。
「はい」
「構わないが……どうするつもりだ?」
「あれを魔物と見做しますね」
そう断りをいれると、騎士団長さんは何か察してくれたようだ。口元をニヤリと歪めた。
「なるほど。では、やってくれ」
他の騎士さん達には十分離れてもらい、僕と訓練用人形の近くには誰も居なくなった。
「いきます」
地を蹴って、ひと息で人形との距離を詰める。
人形は木の軸一本だけで立っている。木の剣の一振りで軸を斬った。
ガシャンと派手な音を立てて倒れた鎧の、人ならちょうど心臓のあるところを、更に木の剣で貫く。
木の剣には魔力を流して強化してある。だから金属の鎧を簡単に切り裂くことができた。
「……!!」
騎士さん達が声にならない声を上げる。
軸を斬った直後、鎧が宙に浮いた状態のまま貫くこともできたが、鎧が地に落ちるのを待った。
少なくとも映像を撮った人は僕の動きについてこれなかったので、わざと遅く動いたのは、伝わったかな。
「剣を使う場合は、こういう戦い方しかできません」
絶賛絶句中の騎士さん達の方へ、ゆっくり顔を向ける。
「対人戦の経験自体が無いに等しいです。魔物は確実に倒さないとこっちがやられますから、寸止めや峰打ちなんて器用な真似も無理です」
スタグハッシュで人と剣を交えたことはあったが、最初の数回のみで後は亜院にいつも一方的にやられていた。
当時の僕は亜院を相手に、剣をギリギリで止める余裕はおろか、攻撃をまともに当てた覚えもない。
不本意だけど、あえて嫌な記憶を思い出し、素の目つきを更に悪くしてから、騎士さん達を睨むように一瞥した。
「それで、どなたからやりますか?」
騎士全員が首を横に振った。やる気満々で僕の前に立っていた騎士さんも、他の騎士さん達のところで下を向いていた。
「情けない……」
騎士団長さんが嘆きのため息をついた。
「冒険者と騎士や兵士は根本的に違うと、少し頭を働かせれば解ることだろう。先日の失態はお前たちの実力不足が原因であり、ヨイチ殿の実力を疑い妬むなど、以ての外だ。全員、処罰を覚悟しておけ」
「えっ」
処罰までしなくても、と驚いたのは僕一人だった。
騎士さんたちは全員、神妙に項垂れている。
フォローを入れるべきか、どう言えば良いのか躊躇しているうちに、騎士団長さんが解散を宣言してしまった。
「あの、処罰って……」
騎士さんたちがいなくなり、騎士団長さんと王様につれられて僕にあてがわれている客室へ戻った。
そこで僕が話を切り出すと、騎士団長さんは苦笑した。
「ヨイチ殿が気にすることではない。魔道具を無断で持ち出し、ヨイチ殿という第三者を盗撮した件もある。魔道具がなくとも、魔物と戦闘中の者が目の前にいて、手助けもせず傍観していたなど騎士の風上にも置けぬ行為。今回ヨイチ殿が穏便に収めなければ、団員でない者に不当に決闘を申し込んだとして更に罰は重くなっていたところだ」
穏便だったのだろうか。脅しただけなのに。
「備品を壊してしまった件は」
「あの人形のことなら、廃材で作ってある。日々の訓練を真面目にしていれば、週に一度は壊れるようなものだ。……はて、最後に廃棄が出たのは何時だったか……訓練不足も問いたださねばならぬな」
藪蛇をつついた気がする。
「騎士団の任務に、正式に魔物討伐を加えることとする」
優雅に紅茶を飲んでいた王様が命令口調で断言した。客室は来る度に隅々まで掃除が行き届いていて、今もいつの間にか全員の前にティーセットと軽食が並べてあった。部屋の隅のヒイロ専用スペースの、丸くなっているヒイロの側には、お供えのように皿が置いてある。何か食べ物を貰ったようだ。ここまでされているのにメイドさんの気配は察知できない。本当に怖い。
「承知しました」
何か重要なことが決まった気がしたが、王様と騎士団長のやりとりはあっさりと終了した。
「ヨイチ殿。これまで多大な負担を強いて申し訳なかった。残りひと月弱、依頼の頻度を少なくすると約束しよう」
僕が討伐後にぶっ倒れたのは僕自身の責任なのに、王様はオーバーワークさせたせいだと思いこんでいる。
確かに忙しかったし、休みは殆どなかったけど、体力的には全く問題ない。
でも、稼ぎすぎてる気はするから、依頼が少なくなるのは丁度いいかな。
ちなみに総資産は、我が家のみんなが一生働かずに暮らしてもお釣りが来る程になっている。だからといってすぐに冒険者を引退はしないし、我が家のメイドさんたちも働けるだけ働きたいと言っていた。皆真面目だ。
「魔物討伐、失敗したと仰ってましたよね。大丈夫なのですか?」
「先日は魔物討伐の任を甘く見た小隊長が、最低限の人数しか動かさなかったからな。次からは倍の、それでも失敗すればまた人数を増やす。ヨイチ殿がひとりで騎士何十人分の働きをしていたのか思い知る、良い機会だ」
「そうですか……」
最早、僕に言えることは何もない。
この後はクエストに呼び出されることもなく、お茶とお菓子を頂くだけで終わった。
お城で騎士団といろいろあった後、結果から言うと、最後の週には呼び出される回数が半分ほどに減った。
当初、僕ひとりと同じ戦果を上げるには三百人の騎士が必要だった。しかも毎回必ず負傷者が出る。
怪我は魔法で直せても、負傷したことによる体力の消耗を回復させるには、時間をかけて休むしかない。
一方で、魔物を倒したことによって騎士さんたちも少しずつレベルアップした。
契約の三ヶ月が終わる頃には、討伐に向かう騎士さんの数は百五十人まで減らすことができ、負傷者もほとんどでなくなった。
リートグルクの冒険者達も三ヶ月でランクAの人数が増え、Sに昇格した人も現れた。
晴れて契約期間満了と共にお役御免となり、僕は一週間ほど完全オフをもぎ取ったのだった。
リートグルクでの仕事を全て終わらせて帰宅し、少し仮眠するからと世話焼きメイドさん達に一言断ってから、自室へ引っ込んだ。
「うーぅうい」
ぼすん、とベッドに顔から突っ込む。程よい弾力のマットに、清潔なシーツの匂いが心地良い。
僕の部屋はいつのまにか拡張されていて、シングルだったはずのベッドはキングサイズっていうのかな、とにかくものすごく大きくなっている。推定身長190cm弱の身体でごろんごろんしても余裕がある。ツキコが作ったらしい。流石だ。
「あー……」
あ、の字には濁点つきだ。僕は本来怠惰な人間なんだ。こうしてベッドでゴロゴロするのが何より好きだ。
それが異世界に来てこんなに働き者へジョブチェンジするとは思わなかった。
体力的に何の問題もないから出来てしまうし、困っていると頼まれたら断れないのは小心者故だ。
何より、誰かの役に立てるのは単純に嬉しい。
「ヒイロ、こっち来て」
ついでにヒイロのモフモフも堪能しようと、ヒイロを呼ぶ。
ヒイロは専用スペースのクッションから気だるそうに立ち上がり、のそのそとこちらへやってきた。
「持ち上げて」
ベッドから片手だけ降ろし、ヒイロを持ち上げて僕の腹の上に乗せた。
最近ヒイロは調子が悪い。
僕とヒイロはソウルリンクというもので繋がっている。
僕は上位種族なんてものになったせいで、全ての力が大幅に増加した。
連動してヒイロ側に流れた力の処理に時間がかかっている。
なんとかしてやりたいが、ヒイロ自身が「普通にしてて」と願うので、何も出来ない。
外でのヒイロは無理して今まで通りを装っているが、自室で僕とヒイロだけになると、ぐったりモードに移行する。
僕の腹の上で丸くなるヒイロを、そっと撫でてやる。
「無理するなよ」
「うん。……そろそろだと思う」
「そろそろ?」
聞き返し、上半身を少し起こした所で、ヒイロに変化が現れた。
ヒイロの身体がうっすらと光り、身体がむくむくと大きくなっていく。
繋がりを通してヒイロの体調を伺う。先程まで混濁状態だった力の流れが、まっすぐに整おうとしていた。
そのまま一分ほどして光が収まると、腹の上にはラブラドールレトリバーサイズになったヒイロが四つ足で立っていた。
「成長したのか?」
僕を乗せて飛ぶときよりは小さい。
「そうみたいだね。ごめん、降りるよ」
大きくなったヒイロは重量も増えた。重くはなったが、気にするほどじゃないのに。
ヒイロはひらりとベッドからも降りると、僕をまっすぐ見つめてきた。
赤い瞳が何かを期待するようにキラキラしている。
成長できたことを褒められたそうだ。
「よく頑張ったな」
頭、喉元と撫でて、全身を撫で回してやる。毛量が増えて、もふもふ感がかなり増した。これは素晴らしい。
ヒイロは満足そうに目を細め、僕にされるがまま腹を見せてひっくり返った。
夕食に呼ばれたのでヒイロを連れて部屋を出た。
速攻でツキコに見つかり、ヒイロは食事の前に十五分、たっぷりと撫でられた。
毛が長くなったせいだろうか。よりくすぐったい。
一週間、呼び出されることもなくゆっくり過ごした。
こっちの世界に来てから、こんなに長い間平穏だったのは初めてかも知れない。
メイドさん達にそんなことを話すと、
「もっと休んでもいいよ?」
と、声を揃えて気の毒がられた。




