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目つきが悪いと仲間に捨てられてから、魔眼で全てを射貫くまで。  作者: 桐山じゃろ
第三章

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9 追跡者の正体

 朝イチでリートグルク城下町へ転移魔法で飛んだ。

 服はツキコが一着だけ手早く作ってくれたのを着ているが、防具の方は間に合わなかった。

 おやっさんは武器屋が本業だから、防具は数を置いていない。

 ディオンさんのお店にも体格の変わった僕に合う装備はないだろうということで、リートグルクの大きな防具屋で間に合わせの防具を探すことにした。

 僕の新サイズは昨晩ツキコにちゃちゃっと採寸され、既にディオンさんに連絡済みだから、数日中には新しい防具を受け取れる算段だ。


 大通りにあるリートグルクで一番大きな防具屋さんに入り、三十分ほどで新しい装備を身に着けて出た。

 胸当てを見繕ってほしいと頼んだら店の奥からホコリを被っていたような革製のものを持ってこられた。

 なんでも僕が入るサイズがこれしかないらしい。

 少し大きめで、ベルトや留め具で調整しただけだからか、すごく落ち着かない。

 その上、必要のない肘当てや革帽子を「セット商品ですので」と押し付けられた。

 お値段がそんなに高くなかったのだけが救いかな。

「その防具なんか変」

 ヒイロにまで不評だ。

「二、三日の辛抱だよ」

 ディオンさんの防具が恋しい。


 そのまま冒険者ギルドへ赴く。

「ヨイチ様! もう良いのですか?」

「はい。ご心配おかけしました」

 顔見知りの受付さんに気遣われながら、終了処理していなかったクエストの手続きを進める。

「報酬はいつも通り冒険者カードへ入金しました。これで手続きは完了です。それで、ヨイチ様。統括が話をしたいとのことです。この後お時間ありますか?」

「クエストがないなら」

「……すみません、こちらがいつもヨイチ様にご無理をさせておりますのに」

 僕はここで待機時間手当を頂いている身だから、クエストがあればそちらを優先するというつもりで他意無く言っただけなのに、受付さんがやたらと恐縮してしまった。

「そんなつもりでは。時間なら、大丈夫です」

「恐れ入ります。では、こちらへ」


 案内された部屋には、既に統括がいた。ずっと待っていたわけではなく、タイミングがよかったらしい。

 リートグルク冒険者ギルドの統括は、いかにも事務職といった小柄なおじさんだ。冒険者をやったことはなく、受付さん上がりだそうだ。元々は冒険者になりたかったものの、幼い頃から決定的に運動が苦手で断念。せめて冒険者に近い仕事としてギルドの受付を選び、長年真摯に勤めた結果、他の受付さんや冒険者の支持を得て統括になったらしい。

 今も冒険者に一定の尊敬を抱いているそうで、僕とも顔を合わせる度に言葉や態度で労ってくれる。

 そんな統括の隣には、軍服のような服に勲章をたくさんつけた、(いかめ)しい男がいた。こちらは冒険者と言われても納得できるような体躯の人だ。

「呼びつけてしまって申し訳ない。体調はいかがですか」

「大丈夫です」

「それならばよかった。お聞きになりましたね? 騎士団長殿」

 騎士団長と呼ばれたのは、隣の厳しい男だ。

 騎士団ということは、お城の人?

「ヨイチ殿、この度はご迷惑をおかけした」

 いきなり頭を下げられた。

「あの、一体どういうことですか」

「此の度ヨイチ殿が倒れられたと聞いた。原因は、我が騎士団の愚か者共であろう?」

「はい?」

「は?」

 寝耳に水とはこういうことか。


「先日、王命で冒険者ギルドの魔物討伐クエストを騎士団で請け負った。ヨイチ殿が常日頃、ひとりでこなしているのと同じ危険度のものだ。ところが、我が騎士団は失敗した。目標の半分も討ち取れずに負傷者が多く出て、完了できずに撤退した」

「それは……大変でしたね」

 どういう返事が正解なんだろう。なんとか絞り出した相槌はセーフだったようで、騎士団長さんは話を続けた。

「ここまでは私の失態……いや、この後も私の責任だな。団員の一部が『ランクS冒険者とはいえ、あの数の魔物をひとりで倒しきれるわけがない。冒険者ヨイチはギルドを騙している』などと言いがかりをつけ始めてな。団員全員に、悪意ある推論で他人を貶めぬよう通達は出した。だが、預かり知らぬところでヨイチ殿を尾行したものが出たのだ」

「ああ、あのときの」

「やはりお気づきであったか。尾行した者が映像を記録する魔道具を持ち出し、その、好奇心に抗えず私も観てしまった。魔物と交戦中のヨイチ殿の動きは、魔道具で捉えられぬほど速く、全く映っていなかったが」

 尾行の人も僕の動きを追いきれてなかったもんなぁ。

「その映像、僕も見ることはできますか?」

「本人が所望して、こちらが断るなど道理に(もと)る。廃棄したいのであれば任せる」

「僕も単純に好奇心なので、廃棄はしませんよ」

「配慮に感謝する。……そして映像の最後は、ヨイチ殿が体調を崩し、無理やり転移魔法を発動させたように見えたところだった」

「はい。でも、それは……」

「演技には見えなかった。であれば、もしかしたら……」

 騎士団長は苦渋に満ちた面持ちで、ある推論を展開した。


「魔道具に姿を撮られることで、人体に何かしらの悪影響が……」


 大昔の人が「写真とられたら魂抜かれる」って言ってたみたいなことを。


「いやそれはないです」

 速攻で否定した。こちとら、スマホで撮ったり撮られたりが日常の世界を生きてきた。映像に映り込んだくらいで人体に悪影響など出ないことくらい、理解できる。

「ヨイチ殿もこう仰っておられる。騎士団長殿は心配性ですなぁ」

 統括さんが朗らかに笑う。僕は苦笑を返すことしかできない。

「では何故、ヨイチ殿ほどの冒険者が」

 騎士団長さんは本気で心配してくれているようだ。

 かといって、僕の事情を全部話すのもなぁ。

 そもそもどこまで信じてもらえるのか。

「騎士団長殿。冒険者には、いえ、人には他人に秘密にしておきたい事柄のひとつふたつ、あるものですよ」

 助け舟を出してくれたのは、統括だ。

「ましてやランクSのヨイチ殿です。止むに止まれぬ事情があることくらい、察せられましょう?」

 統括は統括で僕を買いかぶっている。言いづらい事情ではあるけど、大した理由じゃない。

 どうせ信じて貰えないのなら、いっそ話してしまおうか。

 納得してもらえれば良し、ダメでも僕がちょっと中二病恥ずかしいくらいの被害だし。

「仰る通りだ。ヨイチ殿、重ねて申し訳なかった」

「あ、いえ」

 あれこれ考えを巡らせていたら、騎士団長があっさりと引き下がってくれた。勢い余って全部喋る前でよかった。

「では映像の件だが、騎士団の詰め所までご足労願えるか。表示できる魔道具が持ち運べるものではないのでな」


 統括さんとはここで別れて、騎士団長と城へ向かった。

 僕が使わせてもらっている客室まで転移魔法で飛びましょうかと申し出たら、ものすごい勢いで食いつかれた。

「他者と同行できる転移魔法など初めてだ。是非」

 複数人を運ぶのは更に難しいらしい。魔力の消費量は僕の最大値からして微々たるものだし、魔法自体の制御も特に問題ないから全く気にならない。

 というわけで、普通に転移魔法を成功させて、一瞬で城の中に着いた。

「おお……本当に一瞬なのだな。良い体験をさせてもらった」

 騎士団長、冒険者ギルドにいたときとは打って変わって満面の笑みだ。楽しかったなら良かった。


 ヒイロは部屋につくなり専用スペースへ駆けていき、クッションの上で丸くなった。

「使い魔殿はお疲れのようだな」

「そうみたいです」

 ヒイロは空気の読める良い聖獣……と見せかけて、単純に人の多そうな場所へ行くから面倒臭がったのだろう。誰に似たのやら。


 騎士団の詰め所は職員室のように机と椅子が幾つも並べられていた。僕たちが中に入ると、騎士団長の服から勲章をはずし装飾を少し減らした服を着た人が数人、椅子に腰掛けたまま一斉にこちらを向いた。

「こちらのヨイチ殿が、例の映像を見たいそうだ」

「はい……はっ!? よ、ヨイチ殿!?」

 団長が手近な騎士さんそう告げると、騎士さんは椅子から飛び上がるように立った。

「ヨイチ? え、本人?」

「あれが? 嘘……いや確かに映像と同一人物だ」

「失礼だぞ」

「すみませんっ!」

 ヒソヒソしだした騎士さんたちを団長が一喝すると、最初の騎士さんと同じように飛び上がった。


 部屋の奥に、昔のアナログテレビのような木製の箱が置いてあり、僕はそこへ手招かれた。

「ヨイチ殿、こちらです。やってくれ」

「はい」

 画面を示され、僕が頷くと騎士さんが箱の後ろで何か操作をした。

 すると不鮮明な動画が再生された。

 全体的に色味が薄く、遠くてぼやけているが、確かに僕が映っている。

 あの時確かにこういう動きしてたなぁ、と見ていると、魔物へ向かっていった瞬間から僕の姿が消えた。

 暫くの間、映像はブレブレになり、草木が揺れたり何かがぶつかったりする音と、魔物が地に落ちる様子しか見えない。

 僕はあのときのことをなんとなく思い出す。確か、このときはあっちへ向かって……と予想しても、映像がそちらを向かないため、もどかしい。

 数分後、再び僕の姿が映った。剣には魔物の体液が付着していて、足元には魔物が何体も折り重なるように倒れている。

 映像の中の僕がヒイロを呼ぶと、ヒイロが登場し、一緒に魔物をマジックボックスへ片付けていた。

 ヒイロも映ってたって教えたら、ヒイロもこれを見たがるかな。

 後は、僕が突然うずくまり、不安定な魔力で転移魔法を発動させてその場から消失。しばらくしてから画面は暗転した。

「自分を客観的に見るのって不思議な気分ですね」

 僕が感想を述べると騎士団長は、

「不思議な気分か、なるほど」

 と頷いた。

「ヨイチ殿、勝手なお願いなのは承知の上なのですがっ」

 後ろから声をかけられた。

 振り返ると、詰め所内の人数が増えている。映像に夢中になっている間に誰かが呼びに行ったらしい。


「このような映像では貴方の実力を測りきれません。どうか、我らと手合わせ願いたい!」

「え?」

 意味がわからない。どうして彼らが僕の実力を測るのか。

「お前たち、いい加減に……」

「ヨイチ殿!」

 騎士団長が声を張り上げかけた時、団長よりよく通る威厳のある声がした。


「彼らに手本を見せてやってくれぬか」


 開きっぱなしの詰め所の扉の向こうに、王様が立っていた。


 王様、暇なの?

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