5 ポーション
イネアルさんにあることを相談された僕は、チェスタのパーティの皆に会いに行った。
チェスタ本人は奥さんの実家に行っていて不在だが、家は自由に使えとアトワが合鍵を持っている。
集まれる人だけでいいからと声をかけたら、チェスタ以外の全員が来てくれた。
キュアンは僕を見つけるなり足元に視線を移し、ヒイロをターゲッティングすると素早い身のこなしで抱き上げてモフモフを堪能した。
イネアルさんの頼まれごととは、ローズが作ったポーションの効果を試して欲しい、というものだ。
僕自身は怪我をしたり魔力を著しく消耗することが少なく、ポーションを飲む機会が殆どない。
ローズ作のポーションを鞄やマジックボックスに入れておいても、使うのは僕以外の人のことが多い。
「申し訳ないのですが、僕はポーションのモニターに不向きですよ」
「わかってるよ。ヨイチが信頼する冒険者を紹介して欲しいんだ」
というわけで、チェスタの家にチェスタ以外のいつものパーティメンバーと、イネアルさんがいるという状態になった。
「これが話にあったポーションか」
「色が薄い、というか澄んでいるな」
各々に治癒ポーションや魔力回復ポーションを渡していく。
ローズ作のものはコルク栓に印が入っているが、色を見れば一目瞭然だった。
リヤンが印の入ったポーションを翳して感想を述べると、横でミオスも同じ動作をして頷いた。
「確かに、ヨイチが譲ってくれたポーションを飲んだときは効きが良いと思ったことがある」
「本当かい? 詳しく」
アトワの発言に、イネアルさんが早速食いつく。
「その時はヨイチのマジックボックスに入っていたポーションだから、ヨイチの魔力が移ったとか、気のせいかと思ったんだ。すまん」
マジックボックスにそんな効果はないよね?
「なるほど。ヨイチが手ずから渡したのなら、そう考えるのも仕方ないかもね」
「イネアルさん?」
僕にそんな特殊能力はないですよ?
「冗談はさておき。どちらのポーションもいつも通り使って、印のある方を飲んだ時の普段との違いに気を留めて欲しい」
「具体的には?」
「それが、なんとも言えなくてね。だからこうして試用を頼んでいるのだよ」
「ポーションとしての出来は期待していいの?」
「ああ。約束する」
皆とイネアルさん達の質疑応答の最中、僕の冒険者カードが振動した。
「このタイミングで……。すみません、呼ばれました。ヒイロ、行くぞ」
「忙しいのにありがとう、ヨイチ。後は私と皆さんで話をしておくよ」
「はい。じゃあ、またね」
「ヒキュン!」
「気をつけてね」
「武運を!」
皆に手を振りつつ、その場で転移魔法を発動した。
リートグルク城下町から半径二十キロメートルは、大体移動しつくした。
どこが荒野で、どのあたりから森で、どの方角に丘や山があるかは把握済みだ。
だから冒険者ギルドからの通達にある魔物出現地点へ直に転移魔法で飛ぶことが多くなっている。今回もそうした。
「また蜘蛛かぁ」
リートグルクの森には虫系の魔物が多い。今回は毒蜘蛛ではなく、蜘蛛の頭の部分から人の上半身が生えた「アラクネ」という魔物で、不気味さと危険度は毒蜘蛛より上だ。
更に違う部分を言えば、毒蜘蛛のようにわさわさ群れていない。一体のみが口に何かの動物から引きちぎった部位を咥えて、こちらを睨みつけている。
「ヨイチ、視線合わせると石化させられるよ」
「早く言ってよ!?」
睨まれたのに、僕の身体に石化の兆候はない。
「大丈夫みたいだね」
「何で?」
「石化は魔力で縛るようなモノだからね。ヨイチの魔力量を縛りきれなかったんだよ」
僕の魔法の使いっぷりを見た人から「多すぎる」と言われ続け、いい加減僕も自覚した。
普段の使い方で底をついたことはない。転移魔法を日に二十回使っても、余裕があった。
さすがに無限ではないだろうけど、自然回復量も多いからちょっとやそっとでは枯渇しない。
「今日はこいつだけかな」
「見てこようか」
「うん」
ヒイロは一瞬で大きくなると、そのまま空高く飛び上がった。
僕らが暢気な会話をしている間、アラクネは咥えた何かをもぐもぐと咀嚼しながらこちらを睨み続けていた。
僕が殆ど動かないのに、石になっている様子もないから戸惑っているのだろう。
念の為に、こっそり結界魔法を展開しておく。そこへヒイロが戻ってきた。
「周囲に強そうな魔物はいなかったよ」
「じゃあ、こいつには悪いけど、付き合ってもらうか」
蜘蛛の魔物は大半が素材にならない。この前せっかく持ち帰った大量の蜘蛛も、殆ど焼却処分となった。
素材として使えるのは蜘蛛が吐く糸で、蜘蛛が生きていないと意味がない。
生きた蜘蛛の魔物を町に持ち込むなんて、当然禁止だ。
アラクネに関して冒険者カードで調べると、素材になる部分は足のみと書いてあった。
つまり、足以外は消滅させても問題ないということだ。
しゃああ、とアラクネが糸を吐いてくるが、全て結界が阻んだ。
[魔眼]でアラクネの周囲を見る。自然にある魔力を辿って自分の魔力を放出し、アラクネを取り囲んだ。
「ギッ!?」
アラクネの足全てに、魔力の糸を隙間なくしっかり巻きつける。これは拘束と同時に、防具だ。
弓に聖属性魔法で作った矢をつがえて、構える。
矢には魔力を大量に注ぎ込んだ。
「それでどのくらい?」
「半分……の、半分かな」
四分の一ほどで、既に周囲の草木や石が消し飛ぶ程の余波が出てしまっている。
これ以上は自然を破壊しかねない。
全力を出したかったが、仕方ない。
アラクネめがけて矢を射ると、チュン、とちいさな音が出て命中した、らしい。
その場には、魔力の糸で守られた足以外、何も残っていなかった。
「蒸発するみたいに消えたねぇ……」
ヒイロがぶるる、と震える。
「怖かったか」
「ううん。ヨイチがあの力をぼくやヒスイ達には絶対向けないと思うから、大丈夫」
「向けるわけないよ」
ヒスイの名前が出て、ローズのポーションを思い出した。
せっかくだから飲んでみよう。
「……ぷは。えっ!?」
「どうしたの?」
「全快、したっぽい」
「ヒキュンッ!?」
ヒイロが珍しく素で驚き、僕の顔に鼻を近づけてふんふんと嗅いだ。
「ほんとだ、魔法を使う前のヨイチのにおいだ」
「そんな匂いまで解るのか、凄いな」
大きなままのヒイロは尚も僕に身体を擦り付けてくる。褒められたのが嬉しかったらしい。頭を撫でてやった。
「イネアルさんに報告しないと。まずはリートグルクの冒険者ギルドへ行こう」
クエストの報告時にアラクネの足八本だけ器用に持ち帰ってきたことについて説明を求められたが、冒険者カードの情報が全てですと言い張っておいた。
イネアルさんのお店の扉には「休業日」の看板が下がっていた。
「そういえば午後から泉へ行くって言ってたっけ」
モルイ北東の森の中に、精霊が祝福を与えたとされている泉がある。
以前、亜院がその近辺で暴れて泉を穢した時に、僕が泉と周辺を浄化したことがある。
イネアルさんのお店で出されているポーションは、全てその泉の水から作っているため、定期的に補充しに行っていた。
泉の水の消費期限は短く、月に二度は採取する必要がある。
採取にはローズも同行しているので、今日は帰りが遅くなるだろう。
ポーションのことをちゃんと話すのは、明日以降にするしかないな。
自宅へ帰ると、ほぼ同じタイミングでヒスイも帰ってきた。
「只今戻りました、ご主人さま。昼食はもうお召し上がりに?」
「まだなんだ。頼んでいい?」
「お任せください!」
一人のときは自分で作るのだが、ヒスイに見つかってしまったからには頼まないと、彼女らの機嫌を損ねる。
自分で作るよりヒスイが作ったほうが美味しいから僕は全く問題ないが。
そして出てくる料理が、とても豪華なのが若干怖い。
「イデリク牛の赤ワイン煮込みは昨夜仕込んでおいたの。スープも作り置き。私が今なにかしたのはサラダくらいよ」
そのサラダも、レタス千切ってプチトマト、みたいな簡単なものじゃない。マッシュポテトに潰したゆで卵やきゅうり、アボカド等を和えたものに鳥ハムが添えてあって、そこに砕いたナッツ類の入ったドレッシングが掛かっている。僕だったら小一時間かけないと作れなさそうな代物だ。ヒスイはこの手の込んだサラダ他、全ての料理を数分でセッティングしたのだ。
何? ヒスイは料理スキルとかそういうの持ってるの?
思わず[鑑定]してみると……本当に持ってる!?
「ごめん、ヒスイのこと[鑑定]スキルで見ちゃった。[料理]スキル持ってたんだね」
「へ?」
何故か虚を突かれたような表情を浮かべるヒスイ。それから自分のステータスを表示させた。
「ええ? いつのまに……」
「気付いてなかったのか」
「自分のステータスなんてあまり見ないもの」
冒険者じゃなくても、この世界の住人なら誰でも自分のステータスを見ることができる。
気にするのはレベルアップが身近な戦う職業の人に多く、ヒスイ達非戦闘員は「貧弱なステータスを見ても面白くない」だそうだ。
僕もスタグハッシュで一人だけレベルが上がりにくかったときは、なるべく見ないようにしていたから、ちょっとわかる。
[料理]スキル自体の鑑定結果はこうだ。
[料理]
ありとあらゆる料理を失敗なく作ることができる
料理時間の短縮(レベル5・70%短縮)
料理に入った毒物を見ただけで判別できる
「ああ、それでなのね」
「心当たりが?」
「プラム食堂で、私が煮物を作るといつもより早く出来上がるの。おかみさんが『不思議だけど便利ね』って、お給料上げてもらっちゃった」
ヒスイがおおらかな方なのは知ってたけど、プラム食堂のおかみさんも相当だなぁ。
「でも味に関してはスキルにないから、ヒスイの腕が良いんだね。今日も美味しい」
給仕に徹するため斜め後ろに控えているヒスイに感想を伝えると、ヒスイが顔をほころばせた気配がした。




