4 心構え
人払いの前に用意された紅茶で口を湿らせた王様は、まず僕に頭を下げた。
「スタグハッシュとアマダンの愚行を止められず、申し訳ない」
僕と、ヒスイたちが異世界から召喚された人間であることを、知ったようだ。
「異世界から召喚されるのは、よくあることなのですか?」
「およそ百年前までは、世界各地で行われていた。今は禁止されている。召喚陣の技術は失われ、残っているのはスタグハッシュとアマダンのみ。それぞれの国には、召喚の大義名分がある」
「魔王ですか」
「そう。だが、今や魔王も存在しない」
「魔王というのは、一体何なのですか」
王様は一旦俯いて目を閉じ、何か葛藤していた。
「そうだな。ヨイチ殿には知る限り全て話そう。そなたの家の者たちにも伝えるといい」
魔物の王は大昔に、確かに存在した。
魔物を統率し、軍隊のように動かし、いくつかの人の国を攻め滅ぼした。
魔王の目的は、人間を含めた他の生き物全てを蹂躙すること。
魔物の本能と異常な強さを併せ持つ、最悪の存在だった。
この世界の人間では太刀打ちできなかった魔王を倒したのは、禁忌を犯して喚んだ異世界の勇者たちだ。
とある預言者が異世界から人を喚ぶよう各国の時の王に進言し、召喚陣が各地に作られた。
預言者が伝えた召喚陣の技術は、作成に多大なコストがかかった。それ故、一つの国にひとつ敷くのが精一杯だった。
よって、世界中の国でそれぞれが「勇者」や「聖女」を喚び、各々が競争するように魔王討伐を目指した。
最終的に魔王を倒したのが、スタグハッシュで喚ばれた勇者。勇者を献身的に補助したのが、アマダンで喚ばれた聖女だった。
その後、件の預言者が魔王の再臨を預言した。
次なる魔王に備えるため各地では引き続き召喚が行われた。
ところが、召喚された者たちの中には、召喚自体を疎む者がいた。
当然だ。元の世界での生活を無理やり奪い、理不尽に命を賭けさせられて、唯々諾々と従う人間のほうがどうかしている。
ある者は従った振りをして力をつけた後、その国の王の首をとった。
ある者は魔王を倒すために必要だと言い、その国の財の全てを奪い去った。
元の世界への帰還が叶わないことを悲観し、自ら命を断つ者も少なくなかった。
召喚された者たちの末路を嘆き己が罪に気付いた多くの国が、自主的に召喚を禁じた。
しかし、スタグハッシュとアマダンだけは、頑なに召喚をやめようとしない。
「今でこそ小さな国だが、勇者と聖女が魔王を倒した直後は世界中に影響力のある国であった。過去の栄光にすがりついて、罪を重ねておるのだよ。それに……」
スタグハッシュでは教えてもらえなかった情報を、リートグルクの王様が話してくれる。
過去に魔王は実在し、異世界から来た人間によって倒されていた。
その上でまだ召喚を続けるということは。
「魔王再臨の預言が、未だ成就しておらぬ。稀代の預言者が間違えるわけがないというのが、かの国々の言い分なのだよ」
「魔王って、スタグハッシュが放逐した人のことは?」
「本人は穏やかな人物であったし、[鑑定]スキル等で何度確認しても、かの者は人間に相違なかったのでな。魔物の王としての魔王ではないが、スタグハッシュは『一国の力では御せぬ』と判断しよった。無責任よの」
あの国、本当に強すぎて怖いから魔王呼ばわりして追い出したのか……。僕が捨てられず城に居続けても、何かの拍子に[魔眼]が解放されてたら同じ結果になっていたかもしれない。
そして肝心の本当の魔王の居場所は、未だにわからないと。
「納得はできませんが、喚ばれた理由はわかりました。でも何故アマダンでは、彼女たちが聖女じゃないという理由で手放したのですか?」
スタグハッシュでは、不東のスキルを見て「勇者」と判断しつつ、僕を含めた他の連中も一緒に衣食住の保証はしてくれた。
「アマダンには『鑑定の石』と呼ばれる秘宝がある。預言者が作ったとも、どこからともなく持ち込んだともされているものだ。アマダンに召喚されたという聖女は、初めてその石に触れた時に清らかな光を発したという言い伝えがある。魔王討伐後しばらくは光を放たなかった者も城で保護し鍛錬を積ませたが、誰一人、聖女と同じ力を持たなかった。それゆえあの国では、石が認めないものは修道院や孤児院に押し付けているのだ」
「勝手な……」
思わずつぶやくと、王様は悲痛な表情で深く頷いた。
「此度の召喚では、ヨイチ殿のお陰で、アマダンで喚ばれた者たちも平穏に暮らせている。しかし、このようなことは繰り返すべきではない」
王様は他の国とも協力し、スタグハッシュとアマダンを止めるためにあれこれ手を打っていると教えてくれた。
「ヨイチ殿を、その一手として利用するやもしれぬ」
「僕を?」
「スタグハッシュは、近々『勇者』の召喚に成功したと、大々的に公表する算段をつけている」
まさか、不東を本気で勇者だと思ってるのか。
「勇者に心当たりは?」
「あります」
「そやつは、ヨイチ殿より強いかね」
「わかりません」
以前なら、勝てるわけがないと思い込んでいた相手だ。
でも今の僕なら、もしかしたら。
かといって「絶対勝てる」と保証はできない。現在の不東を、見ていないから。
「そうか。あいわかった」
王様は僕の返事に頷いた。そこに失望の色はなくて、少しホッとしてしまった。
「このところ連日クエストを請けておるそうじゃな。本日この後はゆっくり休むが良い。たまには兵士どもに、冒険者の苦労を知ってもらおう」
王城の兵士さんたちは訓練段階で魔物討伐の任につくこともあるが、主な仕事は要人や城の護衛だ。
今日何か手強いクエストがでても、僕ではなく兵士にやらせようということなのだろう。
「あの……」
自分で言うのも何だが、僕が任されているクエストは一筋縄ではいかない。危険度Aなことはもちろん、魔物が群れている場合が多いのだ。普段殆ど魔物と相対しない兵士たちは、大丈夫なのだろうか。
「心配要らぬよ」
僕の考えを見透かしたように、王様はニッと笑ってみせた。
転移魔法でモルイに着いたのは、まだ夕方になる前だった。
日が沈む前に帰ってこれたのは久しぶりだ。
「おかえりなさいませ、ご主人さま!」
三人の挨拶が、いつもより明るい。
「ただいま。なにか良いことあったの?」
「ふふっ」
「そうね、あったわ」
「ヨイチ……」
ツキコが吹き出し、ヒスイが笑顔で答えてくれて、ローズは呆れたような声をあげた。
「?」
「ぼくの主が鈍感な件」
「ヒイロまで何だよ」
自室で装備を解いてリビングへ入ると、夕食前なのにお茶とお菓子が並べてあった。
定位置にさせられた一人がけのソファーに座ると、さっと適温のお茶が注がれる。足元のヒイロにはツキコがお菓子をあげていた。
お茶はさっぱりした味のもので、お菓子もクッキー数枚ほどのほんの軽いものだ。でも甘さがお茶に合っているし、空腹を短時間だけ紛らわせるには適量だった。メイドとしての練度が上がってるのは気のせいだと信じたい。
「今日は何倒してきたの?」
ツキコの質問に、今日は獣系だったよと前置きしておく。
先日は蜘蛛や蛾を討伐したからその話をしたら、ローズは耳を塞いで自室へ逃走し、ツキコも「食事の後で聞けばよかったわね……」と後悔していた。ヒスイは平気そうにしていたが、「毛虫や芋虫の話はする前に教えてほしいかも」とのこと。
以来、魔物がどんな相手だったかを大まかに伝えて、全員から「大丈夫」が出てから詳細を話すことにしている。
「テウメッソス!? この辺だと滅多に出回らないのよ。素材、全部売っちゃった?」
「いや、まだあるよ。必要ならおやっさんちに持っていくよ」
テウメッソスは狐の魔物だ。良い毛並みだからツキコが欲しがるかな? と考え、いつもの他の魔物はリートグルクで大半を売却してくるのを、今回は四十匹ほど残しておいた。
「おやっさんじゃなくて、ディオンさんと仕立て屋さんが『足りない』って嘆いてたんだ。助かるよ。それとは別で、尻尾も残ってる?」
「いつも通りだよ」
魔物は余程のことがない限り、急所に一撃で仕留めている。素材に傷が少なく済むので高く買い取ってもらえるし、ツキコやおやっさん達職人さんから重宝されている。これはちょっと誇りに思ってる。
「じゃあ尻尾だけ四つ欲しい。皆にマフラー作りたい」
確かに尻尾だけでもかなりの長さだったから、マフラーに丁度いいかも。
これから冬が来る。
防寒対策は過剰に思えるほど徹底したほうが良いと教えてくれたのは、修道院のシスターだ。
修道院には、これまでアマダンから押し付けられた聖女候補の異世界人達の記録が残されており、そこに「冬の寒さを予め伝えるべし」と記されていたそうだ。
こっちの世界に召喚された時、このあたりの気候は少し暑かった。
春夏秋冬の夏が日本の首都圏よりだいぶマシで、梅雨はない。
冬の野宿は、火属性の魔法が使えない人がやった場合、自殺志願と判断される。
魔物討伐はどうするのかと思いきや、魔物の方も冬眠するやつが多いから、討伐の仕事は少なくなるらしい。
町へ出れば仕立て屋さんの軒先には「冬服採寸早期割引中」だとか「毛皮入荷! お早めに!」等の謳い文句が貼られているし、防具屋さんは防寒機能付きの防具制作や持ち込まれた冬用防具の修理に明け暮れている。
我が家にも少しずつ、冬の装備が揃えられはじめた。
と言っても、ここは魔力と魔法のある世界だ。どこの家も余程の安普請でない限りエアコン魔道具でいつも快適な温度が保たれているし、我が家には一番良いのをイネアルさんに見繕ってもらって設置した。
万が一エアコンが壊れても、僕の火属性魔法がある。数ヶ月くらいなら、家まるごと結界で覆ってその中を温めるくらいできる。
「ヒキュン」
「ツキコ、ヒイロも自分の分が欲しいって。でもヒイロだとテウメッソスの尻尾じゃ大きすぎないか?」
「ヒキュン!」
「寝床にか。……だそうです」
「それならクッションにしようか」
「ヒキュ……ヒキュン……」
「どっちも捨てがたい。大きくなった時用に大きなマフラーも欲しい」
ヒイロの苦悩を通訳すると、ツキコは笑いながら「尻尾は六つ確保ね」と決めた。




