18 光の届かない場所
闇の底から意識を引きずり出される感覚。
生き返った時と似てる。でも、今回は死んでない。
ボクは、水滴の音で自分が目覚めたことに気がついた。
寝心地の悪い寝台に、シーツを一枚被せられた状態で寝ていた。身体の節々が強張り、重い。
上半身を起こしてあたりを見回す。ここは地下牢に違いない。スタグハッシュを出る前に不東に呼び出されて、殺されて、また生き返った場所だ。水滴の音の正体は、天井からの雨漏りだった。
ボクはどうしたんだっけ。ここを逃げ出したはずなのに。
モルイ町で天使に助けてもらって、アルバイトを始めて、天使にブローチを贈って……。
頭がぼんやりして、記憶がなかなかつながらない。
しかも、折角一生懸命思い出したのに、現実は目を背けたいものだった。
そうだ。モルイには横伏がいて、生きていて、天使とひとつ屋根の下で暮らしてるみたいだった。
横伏に見つかった気がして怖くなり森へ逃げて……足を矢で射抜かれたっけ。なんとなく足が動かしづらいのはそのせいか。
シーツをめくって見ると、両足のふくらはぎに包帯が巻かれていた。
包帯の上から触れてみると、熱を持っている。まだ治りきっていないようだ。
包帯を取ると、止血と洗浄はされている様子で、生々しい傷跡はそのまま残っていた。
痛みは無い。
違う、痛覚は失くしたんだった。
治癒魔法を使える人は何人もいる。土之井は亜院につきっきりだろうから仕方ないとして、他の人達までこれを放っておくということは、ボクは秘密裏にここへ運ばれたんだ。
この世界の人間は全員魔力を持っていて、属性さえあれば魔法が使える。
ボクは闇属性しかなくて、光や水属性のように治癒魔法にしたことはない。
でも理論的にはできるはずだって習ったっけ。
試しに、傷口に両手を翳し、どういう状態でもいいから治れと魔力を集中させてみる。
暗い紫色の淡い光が足に吸い込まれた。
傷口と周囲がボコボコと沸騰した水のように泡立つ。見ているだけで痛々しいのに、やはり痛みは感じない。
泡立ちは徐々に収まり、傷はふさがった。熱も引いている。
しかし傷跡は残った。上手く出来なかったのか、闇魔法の性質なのか。まあ、いいか。足だし。
治っているのを見られたら拙いかもと思い至り、包帯を巻き直しておいた。
鉄格子の外から二人分の足音が近づいてきた。
不東とサガートだ。
「おはよ、ツバッキー。逃げるなんて酷いじゃん」
不東は肩に魔剣を担ぎ、いつもの軽薄な笑みを浮かべている。隣のサガートの顔は真っ青を通り越して真っ白で、目は虚ろだ。
僕が無言を貫いていると、不東は顔をしかめた。
「なあ、まだ怒ってる?」
返事をしたくない。不東とこれ以上話すことはない。
ここに連れてこられたということは、またボクでレベリングするつもりだろう。
そんなやつと会話なんてできるか。
しかし、不東の野郎はボクの想像を超えるクソ野郎だった。
「あのさ、ツバッキー。ちょっとは自分がしたこと考えたほうがいいよ。ツバッキーが逃げちゃったから、オレ、城の兵士でレベル上げしてみたんだよ。死刑囚は全員斬っちゃったし。んでさ、蘇生魔法使えるの、ドノっちとこいつしかいねぇじゃん? だから、兵士は死んだままなんだ。つまり、ツバッキーが逃げたせいで、兵士が三十人だっけ? そのくらい死んでんだよ」
思わず顔を上げて鉄格子の向こうを見てしまった。
隣のサガートが自分で自分を抱きしめて、ブルブル震えだした。
不東はサガートの目の前で、その惨劇を作り出したのかもしれない。
そして不東は……困ったような顔をしていた。
まるで、自分に非は全く無く、ボクが居ないから仕方なく殺すしかなかったと、言わんばかりだ。
「完全なる人殺しに成り下がったのか」
恐怖や嫌悪感を通り越して、呆れた。目の前のコイツを、もう同じ人間だとは思いたくない。
「だって仕方ないじゃん。魔王倒せって無茶振りしてきたのはここのやつらだぜ? オレは被害者。オレのやることは……正当防衛? なんて言うんだ? ま、どうでもいいか。とにかく、先にオレを無理やりこの国に誘拐したのはこいつら。人の命を勝手に魔王とやらを倒すのに賭けたのもこいつら。だからオレだって手段は選ばない」
人に手をかけた事以外については、ボクも頷ける。
しかし、不東の言う「こいつら」の中に、どうして同じく無理やり誘拐されたボクたちが入っているように聞こえるんだ?
「ボクも不東と同じ被害者のはずだけど」
「被害者同士、協力しあおうぜ」
語尾に星マークでも付いてるような軽い口調と、全く悪びれない笑顔で、おぞましいことを言い放った。
こいつ、自分のことしか考えてない。蘇生魔法があるせいで、ボクの命が羽根のように軽い。
「……もう嫌だ。死ぬのは苦しい、痛い」
今は痛覚がないから、死ぬ瞬間は痛くないかもしれない。
死から蘇る時のあの苦痛は、痛覚の有無とは別物のような気がする。
「兵士たちの尊い犠牲でレベルひとつだけ上がったから、あと一回だけ。こいつもあと一回ならできるってさ」
不東が頑なに名前で呼ばない神官は、不東の足元で頭を抱えてブツブツ言っている。こんな精神状態で、高位魔法が上手くいくのか?
「ま、でも今すぐじゃないよ。ほら、出てこい」
少しでも長く抵抗するべく、魔力を練っていたボクの目の前で、鉄格子の扉があっさりと開いた。
「やっぱりさ、レベル高いやつを殺したほうが経験値多いんだ。だから、ツバッキーのレベル上げようぜ」
不東はどこまで最悪を重ねたら気が済むのだろう。
地下の奥へ進むと、小さな部屋に区切られていた箇所が改築され、ひとつの大きな部屋になっていた。
そこには、西の森の魔物の死体が大量に積み上がっていた。
周囲の空気が淀んでいて、吐き気がする。
ボクが足を止めると、不東に背中を蹴られ、積み上がった魔物たちの前で転ぶ羽目になった。
普段は目に見えず、ただ空気の気持ち悪さをうっすらと感じることしかできない『瘴気』というものが、黒々と辺りを漂っているのが視認できる。
魔物の死体を放っておくと瘴気が溜まり、新たな魔物が発生する。
不東はその性質を手っ取り早く利用するために、わざわざ魔物の死体を集めたのだ。
「これ、不東が倒してきたのか?」
これだけ倒せば、流石にレベルのひとつも上がりそうなものだ。しかし、不東は「兵士たちを倒して」レベルがやっとひとつ上がったと言っていた。
「今更そんな面倒くさいことしねぇよ。兵士たちに頼んだら、勇者様のためにって喜んで引き受けてくれたよ」
何が勇者様だ。どうせ、これ以上犠牲を出したくなかったらとか言って脅したに決まってる。
死体の山は、下の方は原型をとどめていないほど潰れ、腐り、すごい臭いがする。瘴気の正体は臭いだと言われたら、納得してしまうほどだ。
天辺あたりはまだ乾いていない血が下へ流れているのが見える。
背後のゴトゴトという音に振り返ると、兵士が荷車に新たな魔物の死体を積んで運んできているところだった。
「お、おい。まだやらせてるのか!?」
「まだ湧きがしょぼいからな。あ、ほら来るぞ」
不東が指差すあたりに、蠢くものがいた。
潰れて液状になった魔物の死骸から生まれているようにも見える。
「な、まだちっちゃいのしか出ないだろ? アレも瘴気にすれば一石二鳥だから、消さないように倒してよ」
「無茶いうなよ、ボクはそれしか……」
「やれっつってんだよ。今すぐ殺されたいか?」
ボクの攻撃魔法は、対象を消し飛ばすものばかりだ。今更別の魔法なんて……。
「あぐっ!?」
蠢いていたものが、人っぽい形になってボクに襲いかかってきた。避けられず、顔面に一撃もらってしまった。痛くはないが、衝撃に驚いて声が出てしまった。口の中が鉄臭い。
思わず魔法で反撃し、そいつの腕を消し飛ばした。
「話聞いてたか!? 消すなっつってんの!」
不東はいつのまにか部屋を出て、ご丁寧に扉に鍵までしていた。
「ゆ、勇者様、せめて私を中へ入れてください! 闇魔道士殿が死んでしまわれては……」
「オマエもいいかげんバカだなぁ。あいつ、足の怪我どうしたんだと思う?」
背後の会話に狼狽えた。不東のやつ、ボクの足の怪我が治っていることに気がついている。
「う……。で、ですが魔力が切れたら」
「治癒魔法くらいここからでもやれるだろ?」
片腕の失くなった魔物は、もう片方の腕で大振りな攻撃を繰り返す。それをどうにか躱し、距離をとりながら、考える。
そうだ、さっきは即興で治癒魔法ができたんだ。
相手を消さない攻撃魔法……土之井は光球を作ってぶつけてダメージを与えていた。あれじゃ駄目だ、目の前のやつは胴に穴でも開けないと死にそうにない。
貫くものをイメージして、ボクは闇色の槍を作り出した。
「っああああああ!」
全力で投擲する。槍は魔物の胴を貫いた。
魔物はボクに向かってくる途中で力尽きた。なんとか倒せた……。
場違いな拍手の音。もちろん不東だ。
「やりゃできるじゃん! 魔力回復ポーションはそこに置いといたし、飯は誰かに運ばせるよ。そうだな、レベル45くらいまで上げといて! じゃ、頑張ってね~」
不東はそのまま地下から出る階段へ向かって、スキップで去っていった。
レベル45って、僕はまだ38だぞ!? オマエが45になるまでは[経験値上昇×10]があって、亜院は元気で土之井も協力的で、横伏という囮までいただろうが!
怒りのあまり言葉にならない。
しかし今すぐここを出ても、アイツはボクを殺し、生き返らせるだろう。
何度でも。
「……る」
新たに湧いた魔物を、槍で突き殺す。死体から槍を引き抜き、既に事切れている魔物にもう一度刺した。
「ボクが……」
何度も刺した。
「ボクがオマエを、殺してやるよ、不東ぁ!」
魔物が無限湧きするなら、丁度いい。
レベルアップして、魔法を磨いて。
あのクソ野郎を返り討ちにしてやる。




