魔人、ダンジョンで無双する
モルイの西にある山脈を越えた向こうの国から、冒険者ギルドへ緊急の応援要請が入った。
国家間専用の通信を一つの町の冒険者ギルドへ使うくらいだから、かなり切羽詰まっている様子だ。
内容は、超大規模な魔物の巣が発生したから、ランクA以上の冒険者を派遣して欲しい、というものだ。
冒険者ギルドでの小一時間ほどの会議の後、僕と数名のランクA冒険者が行くことになった。
「頼りっぱなしで悪いのだが、先に行ってくれるか?」
ギルドの統括が申し訳無さそうに僕に言う。
モルイやリートグルクと、連絡を寄越した国、クラムハウルの間には険しい山脈がある。
今回は国家間連絡用の通路を特別に通れるようにしてくれるそうだが、それでも冒険者が複数人で堂々と通るのは問題があるらしい。切羽詰まってるのに、こういうところは緩めてくれないのだ。
なので、まず僕を送り出し、僕が彼の地を踏んだら転移魔法で他の人員をまとめて送るという作戦をとることになった。
統括が申し訳無さそうなところ悪いのだけど、転移魔法くらいならいくらでもできる。
更に僕には空を飛べる聖獣が二体もいる。
馬で一日の距離は、ヒイロなら五分くらいかな。
聖獣たちとソウルリンクしていることは、統括には一応話してある。
しかし「聖獣とのソウルリンク」という行為自体が伝説とか神話の世界の話らしくて、話が広まると予想もしないトラブルに巻き込まれる可能性もあるから、と公言しないことになった。似たようなことをチェスタやアトワ達にも言われていたから、必要な時以外は話していない。
結果的に知っているのは、家の皆とそのお相手や職場の人たち、チェスタのパーティの皆、アオミ達とモルイ冒険者ギルドの統括だけかな。
だから今回、僕がクラムハウルまでの道のりを往復十五分で済ませたことは統括以外には伏せて、以前に行ったことがあることにした。
そして以上の事情から、今回ヒイロとモモは留守番だ。
クラムハウルへ一緒に派遣されたランクAの冒険者は三人。
ハオイは男性で、少し長めの黒髪を後ろで一つにくくり、衣装はどことなく元いた世界で言うところのチャイナ風だ。こちらの世界にも似たような文化のある国があるらしい。
「よろしくな」
気さくに握手を求められたので、こちらも応じた。
サザールンも男性で、ハオイの友人だそうだ。見た目は金髪碧眼のものすごいイケメンでスタイルも良いのに、どこか自信なさげでハオイの少し後ろから僕を観察するように見ていた。
「サザ、ちゃんと挨拶しろよ」
ハオイに愛称で呼ばれて恐る恐る、といった体で僕に手を伸ばす。
「すみません、ランクSとパーティを組むのは初めてで……しかもヨイチさんだなんて……」
「呼び捨てでいいですよ。よろしくお願いします」
なるべくフレンドリーに返事をして手を握ると、向こうもおずおず握り返した。
ちなみにハオイとサザールンは同い年、二十四歳だそうだ。
問題は最後の一人、ロリアだ。
「貴方がヨイチなのね。……ふぅん、私が付き合ってあげてもいいわよ」
この中で唯一の女性であるロリアは、会ったときからこんな調子だ。
赤い髪と緑色の瞳の、多分美人と呼ばれる部類の整った顔立ち。装備は一応ちゃんと冒険者しているが、抜群のプロポーションを引き立てるようなものを選んでいる。
お高く止まった態度で全てが台無しなのは、本人気づいてないのかな。
よくよく話を聞いてみると、どうやらこのひとがアトワの言っていた、パーティを渡り歩いて婚活している猛者だ。
つまり、恋人のいるチェスタに猛アタックを繰り返した人であって、今も僕の左手の薬指に嵌まっているもののことを黙殺している。
「絶対ないです。仕事はちゃんとしてくださいね」
握手するのも何か嫌だったので、初対面の挨拶は軽く会釈だけして済ませた。
クラムハウル城から北へ馬で約二日の場所に、問題の魔物の巣が出現していた。
先発隊の情報から、百階層は軽く超えるのではないかと予想が立てられていた。
百階層って、攻略に一年かかったんじゃなかったっけ。
冒険者カードのFAQを読み返してみたら、やっぱりそう書いてあった。
「一年……」
僕がぽつりと呟くと、ハオイが僕が読んでいる冒険者カードを覗き込んできた。
「これは『冒険者たるもの最悪の事態を想定しろ』って教訓のために書いてあるやつさ。実際は二十層に一年かかったこともあれば、百階層をひと月で攻略したことだってある。今回は世界中から応援を呼んでる。そんなにかからないと思うぜ」
「へえ、詳しいね。ありがとう」
転移魔法があるとはいえ、しょっちゅう帰れないだろう。一年も家を空けるのは流石に困る。
だからハオイの話は有り難かった。
僕がお礼を口にすると、ハオイはちょっと吃驚したような顔になった。
「情報共有は基本だろ。礼をいわれることじゃない」
「でも僕は知らなかったし、一年も掛かるって思い込んでたら不安に押しつぶされてたかもしれない」
「……ランクSが謙虚だなぁ」
ハオイにバシンと背中を叩かれた。
「謙虚……うーん、これが謙虚なら……」
「どうした?」
ランクSなんだからもっと好き放題してもいい、みたいなことを色んな人に何度か言われた。
一年掛からないとしても、以前の五十階層のダンジョンですら十日もかかった。
聖獣達を置いてきたとはいえ、家を長期間空けたくない。何よりヒスイに会えないのがつらい。
そして僕の視界にはトラブルを起こしそうな人物がひとり、こちらを伺いながらチラチラとうろついている。
この世界の歴史や常識を、イネアルさん達から色々学んだ。僕みたいに規格外な強さを持つ人間は歴史上割と頻繁に現れ、あちこちの危機や苦難を解決してきたらしい。
目立つのは好きじゃないが、今回ばかりは多少目立っても、早く終わらせたい。
冒険者カードで巣のマップを見ると、六十階層目までのマップがほぼ完成していて、ランクBのパーティが投入され始めていた。
予想通りなら残り四十階層……いや、階層の数も魔物の強さも、僕にとってなんの問題も無いな。
「ちょっとひとりで潜ってくる」
「は?」
「ヨイチ、行くなら私も……」
「邪魔だから絶対ついてこないで」
ロリアにきっぱり言い放ち、呆気に取られるハオイ達を置いて、僕は巣の入口に向かって駆け出した。
***
二十時間後。
休憩なしで走り続けた結果、百二十階層まで辿り着いた。
目の前にはボス部屋らしき入り口の扉がある。
マジックボックスに入れっぱなしだったローズのポーションを飲み、減っていた魔力を回復する。
途中で何体の魔物を蹴散らしたか、数えていない。四十階層目までは近くにいた冒険者に回収を任せてきたが、残りはそのまま放置してある。ダンジョンが消えた後でも残るようなら、責任持って回収しないと。
「いや、いいよそのままで。……マジでボス部屋前かよ……半端ないな」
冒険者カードの通信で、ハオイに魔物の死骸を放置してあることを伝えると、こんな答えが帰ってきた。
ハオイ達は僕が七十階層に到達した頃に他の国のランクA冒険者を伴って、内部へ降りてきていた。
魔物はなるべく倒しておいたからスムーズに進めたようで、僕が放置してしまった死骸を回収しながら既に七十階層にいる。
サザールンがマジックボックス持ちで、魔力量も多いため残らず収納できているようだ。
ロリアも一応マジックボックスはあるのだが、こちらは「自分の荷物でいっぱい」と使用を拒否したとか。
「じゃあ、ボス倒してくる」
「一応言っとく。武運を」
「お互いにね」
魔物と対峙する冒険者へ向けての定番のやり取りを軽く済ませ、通信を切った。
扉の向こうの気配は、これまで倒してきたどの魔物とも違う。
だけど知らない気配じゃない。
よく似た気配を、僕は知っている。
あいつに対する黒い感情は、まだ僕の中で燻っていた。
多分、あいつ本人ではなく、生まれ変わりとかなのだろう。
わざわざここに配置した創造主の采配の意図はわからない。
ソロで来てよかった。
この巣で数多くの魔物を倒した結果、レベルは600に、種族は『高位魔人』となっていた。
スキル[形態不変]を再び得たおかげで体型に変化はない。
魔力量は魔神には劣るけれど、扉の向こうの奴を倒せるだけはある。
本気で、全力を出せば。
扉越しでの[鑑定]にも成功した。
ティアマット・マグ
レベル350
種族:堕天使
スキル[吸収][魔力:極大]
属性:光、聖、闇、邪
魔物の種類である「ティアマット」に個体名「マグ」がついている。確定だ。
僕は自分を魔力の護りで包み、扉を開け放った。
「オアアアアアアアアアアアアッ!!」
開幕から耳を劈く奇声と共に、強烈な閃光を浴びせられた。
全部を無視して、本体のところへ突っ走る。
間近で見たティアマット・マグは、血走った目に髪を振り乱し腹に核を埋め込んではいるが、やっぱりあの調律者マグだ。
顔面を片手で掴んで、そのまま地面へ叩きつける。
「ほぶっ!?」
声と閃光が同時に止んだ。
マグが頭を押さえてジタバタと藻掻いている間に、僕は右拳にありったけの魔力を込めた。
迸った魔力が巣内部のどうやっても壊れないはずの壁や床を、びりびりと振動させていた。
「二度とこっちへ寄越すな」
聞こえるかはわからないが創造主へ向けて呟き、拳をマグに打ち込んだ。
***
巣の崩壊はもしかしたら、僕の打撃のせいだったかもしれない。
しかし核破壊者の光は纏っていたし、巣の内部にいた冒険者達は全員無事に地上へ帰還していた。
いつもなら核破壊者の胴上げのために集まってくる冒険者達が、僕を遠巻きにしている。
辺りに魔力の残滓である青い燐光を撒き散らして呆然としている僕が、なんだか近寄りづらかったと後でハオイが教えてくれた。
その場で冒険者カードで最寄りのギルドに連絡を取り、ハオイとサザールン以外近寄ってこないのを良いことに迅速に立ち去り、冒険者ギルドが用意してくれた部屋で丸一日眠った。
夢の中で誰かに「助かった」と言われた気がした。
***
寝て起きたらロリアは既に去っていた。
巣から出てきた僕を見て、ドン引きしたらしい。
人間が持っていい魔力量じゃない、とかなんとか言って。
「そっか」
目つきのせいで怖がられてた時代を思い出してしまった。
人に怖がられるのは、たとえ相手がロリアでも心に来るものがある。
「言っておくが、引いてたのは極一部の人間だ。殆どの冒険者はお前に感謝してるよ」
確認できる限り過去最深の百二十階層の巣を最短時間で攻略していたらしい。
巣の内部ですれ違った冒険者はともかく、全く面識のない人たちまでギルドに僕へのお礼を言付けてくれていた。
「でも、皆の稼ぎの場を奪っちゃったのに」
「巣に関して言えば、そんなこと言ってられねぇよ。早く終わったほうが良いに決まってる」
ハオイが言うと、サザールンも隣でこくこくと頷いた。
「ヨイチさ……ヨイチ。モルイに帰ってから機会があれば、今度は共にクエストへ行きたい」
サザールンは僕の目をまっすぐ見つめて、そう言ってくれた。
「是非」
手を差し出すと、今度は力強く握り返してくれた。その手の上に、ハオイの手も重なった。
***
僕に殺到した世界各国からの高難易度クエストの依頼は、モルイとリートグルクの冒険者ギルドが「ヨイチを使い潰してはいけない」と調整してくれることになった。
というわけで、クラムハウルの魔物の巣掃討クエストの直後は色々と騒がしかった僕の周囲も、だいぶ落ち着いている。
今日はオフの日で、久しぶりに朝寝坊もした。
「おはよ。随分寝ちゃったよ」
「おはよう。朝ごはんどうする?」
「食べる」
昼少し前だからすぐに昼食の時間になるだろうけど、僕の食欲には関係ない。
食卓の椅子に座ると、すぐに目の前に料理が並んだ。
給仕してくれるのはアネットとラフィネ、そしてモモだ。
モモは人の姿でヒスイの手伝いをすることが多くなった。
本人がメイド服を着て働くことを気に入ったらしく、防犯上の理由からは大変ありがたいのでそのままにしてある。
「主様への奉仕には変わりありませんものね」
口調もすっかりメイドらしくなって、僕自身、モモがベヒーモスだということを忘れる時がある。
ヒイロはヒイロのままだ。たまに人の姿になって執事服を着てたりするが、本人は狼の姿が一番気楽に過ごせると言っていた。
今も僕の足元で丸くなっている。ベーコンを一切れ、口元へ運んでやると一瞬で消えた。
「ヨイチくん、美味しい?」
キッチンからヒスイが出てきて、僕に感想を求めてくる。
「美味しいよ」
ヒスイの料理が美味しくなかったことは、一度もない。
「よかった。今日はお休みよね? お昼の後で買い物に付き合ってくれるかしら」
「うん。他に何かすることはない?」
「ないわ」
外では僕にクエストを押し付けようとしてくる国や冒険者がたくさんいるのに、家の中ではあまり手を出させてもらえない。
複雑な表情を浮かべていたらしい僕に、ヒスイが微笑んだ。
「どうしてもって言うなら、ヨイチくんの手料理が食べてみたいわ」
「やる」
昼食は久しぶりに僕が手料理を振る舞った。一応好評だった。
失敗作は先に僕とヒイロの胃の中に収まっていたことは内緒だ。