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アトワとキュアン

 俺の名はアトワ。冒険者をやっていて、ランクはBだ。

 チェスタという冒険者ランクAの男のパーティに支援・回復要員として加入している。


 冒険者のパーティというやつは、男女の比率が偏りがちだ。

 そもそも冒険者の男女の比率は大体男七割、女三割とされている。

 なのに、女だけのパーティというものもある。


 理由は簡単だ。


 パーティを組むということは、同じ釜の飯を食い、野営ではすぐ横で寝起きし、何なら宿屋や拠点は同室になることもある。

 年頃の男女が同じ部屋に押し込まれたら……なるようになることもあるだろう。


 それを律してこその職業冒険者だと俺は考えているのだが、一部の人間はそうではない。

 はじめから婚活のためにパーティを渡り歩く猛者もいるほどだ。


 恋人のいるチェスタを狙っていた女がそうだった。

 パーティ加入直後はおとなしかったものの、次第に隠すことをやめ、本人や相手から直接窘められても、隙あらばチェスタの隣を狙っていた。


 そんな厄介な人物なんてパーティから追い出せばいいのだが、冒険者としては有能だった。

 チェスタには劣るが剣の腕は確かで、魔力量は少ないが光属性を持ち、多少の怪我は自分で癒やしていた。

 ほぼ全員がクエストで何かしら助けられたし、チェスタに猛アタックをする以外は無害な人物だったのだ。


 そんな彼女を見て焦ったチェスタの恋人は、ついに既成事実を作り、冒険者を引退した。

 チェスタが「今後は妻と子供のために冒険者をする」と宣言して、女はようやく諦めた。



 パーティメンバーが一気に二人も減り、困っていたチェスタが声をかけたのが、ヨイチだ。

 冒険者ギルド規則を満たすための期間限定ということだったが、今もしょっちゅうパーティを組んでくれる。




「ヨイチがいてくれると余裕ができるねぇ」

 キュアンがいつもの眠たそうな声で言い、鼻歌を歌わんばかりの雰囲気を漂わせながら俺の前を歩いている。

「いくらヨイチがいるからって気を抜くなよ」

 強い仲間に頼りっぱなしは、冒険者の恥だ。ヨイチもそこはわかっていて、本気を出すのは俺たちが本当にピンチの時のみだ。……全力を出しているのは、今まで見たことはないが。

「わかってるようー」

 キュアンはくるりと片足でターンして、唇を尖らせながら俺に宣言し、また前を向く。

 俺の後ろ、つまり殿(しんがり)でヨイチが苦笑を漏らす。

「緊張具合はキュアンとアトワを足して二で割ったら丁度いいかもね。アトワ、肩に力入ってるよ」

「む、そうか」

 意識して肩の力を抜く。確かに少々強張っていた。

 こういう何気ない指摘をくれるのも、ヨイチの凄いところだ。

「今日はどうしたのさ」

 ヨイチが横に並び、俺の顔を覗き込んできた。

「……キュアンがああだからな。俺だけでも気を引き締めねばと思ってな」

 ヨイチは「そっか」と呟いて、再び殿に戻った。



 今日のクエストの討伐目標は、ハルピュイアだ。

 人間の女の顔と胴体に、鳥の下半身と腕代わりの翼を持つ知性の高い魔物が、モルイの西に群れをなしていた。

 ハルピュイア単体の危険度はBだが、群れの規模が大きいため、クエストの難易度はA+。

 難易度と同じランク以上の冒険者を複数名含めたパーティで請けることを推奨されるランクには「(プラス)」が付く。

 ヨイチがいなければ、請けられなかったクエストでもある。


「止まって」

 後ろからヨイチの鋭い声が飛ぶ。音量は小さかったが、先頭のリヤン、ミオスの双子までピタリと足を止めた。

「いるのか?」

 チェスタが小声で尋ねると、ヨイチが頷き、前方の空を指差した。

「飛んでた。あと五百メートルも進めばかち合う」

「よし。準備しよう」

 チェスタの合図で、全員が背中の荷物入れやマジックボックスから金属製のヘルムと弓矢を取り出す。

 今回は空を飛ぶ魔物が相手なので、そのための装備だ。

 全員がヨイチによる弓矢講座を受講済みだが、キュアンだけは弓矢を手にしていない。元から腕力が無いのと、魔法があるため弓矢は必要でないと判断した。

「魔力切らさないように気をつけろよ」

「うん」

 素直にうなずくキュアンだが、これが甘い考えだったと知るのはすぐだった。




「あ、あれっ、キャッ!」

 ハルピュイアの群れは、想定していたより多かった。

 ヨイチは涼しい顔で次々に射落としていくが、数が多すぎるし、ヨイチは必要以上に俺たちを甘やかさない。

 キュアンが倒すべきハルピュイアはすばしっこく飛び回り、キュアンの魔法を躱して急襲をしかけてきた。

 慌てて飛び退き、襲ってきたハルピュイアに再び魔法をけしかけるが、それすらも避けてまた空中へ戻っていく。

 全体で七割ほどを討伐していたが、キュアンだけ、未だに一匹も倒していなかった。

「もうっ! どうして当たらないのよぉ!」

「こいつら魔力の流れを感知できるみたい。キュアン、もっと速い魔法はない?」

 ヨイチが矢を信じられない速さで放ちながら、キュアンに声をかける。

「ううう……じゃあ、これならっ!」

 キュアンが放ったのは、火と風の魔法を同時に操り、速度を上げた炎の矢だ。

 ハルピュイアの一匹に見事直撃し、燃えながら落ちたそいつに止めの風の刃を食らわせた。


 派手な音を出しながら倒したせいか、生き残っているハルピュイアの視線がキュアンに集まってしまった。


「えっ、嘘っ」

「キュアン!」

 自然と体が動いた。キュアンを横から抱き取るように倒して地面に伏せさせ、結界魔法を展開した。

 ハルピュイア達のほとんどが結界魔法にぶつかる前に空中へ逃げたが、三匹、結界内に入りこんでしまった。

「っ!」

 背中にハルピュイアの鉤爪が食い込んだ。頭はヘルムで守っているが、胴はいつもの革鎧だ。背中側の、鎧の隙間を狙われた。

「アトワ!」

「今のうちに魔法を!」

「ごめん、魔力が」

 そうか、さっき二属性同時に操ったせいで、魔力を大量に使ったのか。

 ならば自分で魔法を使うしかないが、ハルピュイア達が恐ろしいほどの力で俺を抑え込んでいる。

 立ち上がることも、背中に手を回すことも出来ない。

 キュアンが俺の持つ弓矢を取り、どうにか弓を引いた時だった。


 攻撃を受けたときと同じ様に、唐突にハルピュイアの攻撃が止まった。


「無事か!?」

 声はチェスタだが、ハルピュイアを退治してくれたのはヨイチだ。

 俺の結界を突き破って複数のハルピュイアを一撃で仕留めるような攻撃だ。本気を出したのだろう。駆け寄ってくるヨイチの瞳が青くなっている。

「ヨイチ、すまんが頼む」

「任せて」

 背中に暖かい光が降り注ぐ。傷がみるみる癒えて、痛みも消えた。



 結局、ほとんどのハルピュイアをヨイチが倒し、俺たちを助けている間に残りをリヤンとミオスが弓矢で片付けていた。

 チェスタも初めは弓矢に手こずったが、俺が怪我を負う少し前にコツを掴んで何匹も倒していた。

 俺が失態を犯さなければ、もっと倒せていただろう。



「ごめんなさい」

 キュアンが全員に頭を下げる。

「ハルピュイアに魔法が効きづらいなんて聞いてなかったし、仕方ないよ」

 ヨイチのフォローはいつもなら甘いのだが、今回は頷ける。

「知性が高いようだから、魔力の流れについて学習した個体が現れて広めたのだろうか」

 チェスタが推論を展開し、リヤンとミオスが「なるほど」と頷く。俺も同じ考えを持った。

「ギルド報告案件だな。だからそう気にするな」

「ん……」

 こう言ってはなんだが、キュアンはよく失敗する。その度にきちんと反省し、次に活かしてきて今のキュアンがある。

 だというのに、今回はどういうわけか歯切れが悪い。

「キュアンとアトワは休んでて。死骸片付けてくる」

「そうだな。リヤン、ミオス。手伝ってくれ」

 ヨイチがこの場に結界魔法を展開すると、他の皆も連れてハルピュイアの死骸を回収しに行ってしまった。



 残された俺とキュアンは、大人しくしていることにした。


「ごめんね、アトワ。痛かったでしょ」

 何度目かの謝罪をされる。

 俺が怪我を負ったことを思い詰めているらしい。

「もう気にするな。らしくない」

「気にするよ。ランクBにもなって仲間の足引っ張って……。ヨイチがいなかったらと思うと、ゾッとする。……私、ダメだね」

 かなり重傷だ。こんなに落ち込むキュアンは初めて見る。

「キュアン……」

「私さ、ランクBになったら冒険者辞めるつもりだったって、前に言ったじゃない」

「それは、お前……」


 俺の前にいるのは、心が折れた冒険者だった。




 キュアンはクエスト終了報告の後、引退の手続きを済ませた。

 誰がどう引き止めても、キュアンの意思は固かった。

「お世話になりました」

 拠点にしているチェスタの家で、キュアンが最後の挨拶をする。

「やっぱり惜しいが……本人が決めちまったんなら仕方ないな。ところで、これからどうするんだ?」

「貯金、わりとあるんだ。贅沢しなければかなり持つ。でも、なにかバイトしようかと思ってる」

「プラム食堂がバイト募集してたよ」

「ありがと、ヨイチ。でも私、たぶん料理に携わっちゃダメだと思うの」

「あー」

 全員の声が一致した。ヨイチ曰く「ジストと同じくらい呪われてる」だそうだ。

「魔道具屋さんは?」

「考えてる。ヨイチ、伝手ある?」

「直接じゃないけど」

 キュアンが次の仕事について話している間、俺はどうにも落ち着かなかった。


「家はどうするんだ? このままここに住むのか?」

 チェスタのこの家は、別荘みたいなものだ。奥さんと一緒に暮らす家は別にある。

 時折、事情があってクエストを請けられない冒険者に格安で部屋を貸していたりもする。

「冒険者辞めといてお世話になれないよ」

 キュアンは首を横に振った。


「じゃあ、俺のところへこないか?」


 口をついて出た言葉に、俺自身もびっくりした。

 キュアンは目を丸くして口を開けている。

「いや、ずっと仲間だったし、放っておけないっつーか……そうだ、家のことをやってくれる人がいるとありがたいんだが……」

「料理はできないよ?」

「出来合いのものを買い出してくれるだけで有り難い」

「……いいの?」

「ああ」

「じゃ、よろしくね」

「おう」


 こうして元パーティメンバーのキュアンと、同棲することになった。




 この日の出来事を後にヨイチは妙な言葉で表現した。


「僕と同じくらい恋愛弱者だったんだね」





 元仲間として見ていられたのは、同棲をはじめてから五日間だけだった。

「キュアンは冒険者じゃないもんな」

「? うん。でも私、冒険者だったときから、アトワのこと好きだったよ」

「!?」

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