こどもかーすと
交易街『ミリアム』
私はこの街にある『クレラ孤児院』に孤児として保護された。
「そうですか、父に会ったのですね。
そんな年で長旅は大変でしたでしょう。」
ロロ爺さんの娘さんであるクレ・ポララさんはとても物腰の柔らかい優しそうなマダムだ。
ポララさんは熱心な宗教徒らしい。まぁそれっぽい格好をしてるので見たら分かる。
ぱっと見は若い頃のマザーテレサだ。
マザーテレサの若い頃しらんけど。
神獣として指名手配されているのではと心配なのだが、国を跨いだらしく。大丈夫らしい。
ただ、神獣であることは言うなとハスベルに口止めされた。
まぁ分かってるさ。わざわざ騒ぎを起こす意味がない。もうあんな目は嫌だからな。
ただ、うっかり体内魔力がバレないようにしとかないとな。
めんどうだけど体内魔力カモフラはしっかりしておく。
さて、孤児院だが。
来てすぐに転校生紹介みたいなノリで孤児達の前で自己紹介させられた。
「蒼井 葵です。これからよろしく」
パチパチパチ
チッ
おい誰だ舌打ちした奴。
変な名前だと馬鹿にされるかと思ったが、案外そうでもないのか。
その後、孤児達が1人ずつ自己紹介をしていく。
正直覚えれん。
年齢は大体4〜10才くらいだろうか、この世界だと何才で大人扱いなんだろう。
自己紹介が終わると解散。
ワイワイ孤児が私に群がって色々話しかけてきたが、いい具合のとこでポララさんが切り上げた。
この孤児院には現在孤児が13人居る。私を含めて14人だ。
自分の部屋とかはもちろんない。2段ベッドが部屋に2つあって一部屋4人だ。
「ここがあなたの住む部屋よ、クロウ君と仲良くしてね」
紹介された部屋には男の子がいた。
さっき聞いて秒で子供達の名前はすり抜けていたがこいつは覚えてる。
自己紹介の時に舌打ちした奴だ。
おいおい、私は女だぞ。前世はアレだけど。
一部屋4人で、こいつだけ1人で部屋を使ってた。そして舌打ち。
なるほど、問題児だ。
「それじゃあ、何かあったらすぐ相談してね」
そう言ってポララさんは別の仕事へと赴いた。
なるほど?
「おい、ここのベッド俺が使ってるから、お前は他の使えよ」
開幕一言がそれか、印象は最悪だ。舌打ちだし。
孤児達の名前こそ覚えなかったが、私は孤児同士の関係性を注視していた。
そして分かったのが、こいつはガキ大将だ。
歳は8才だったか、体つきはいいわけではないが、態度がデカい。
ちなみに私は6才。ということにしている。今の体ならそれくらいかな、と思ったので。
とりあえずベッドで横になった。
会話はない。気まずいが話しても絶対いいようにはならないだろう。部屋は同じだが極力避けたい。
私はそのまま眠りについた。
———
この世界に義務教育はない。
学校はあるが、誰しもが通っているわけではない。この世界の学校は貴族が通う場所という認識だ。
だが、この孤児院ではポララさんが孤児達に教育をしている。
内容は
家事(手伝い)
ミリス教の教え(聖書)
国語(読み書き)
算数(四則演算)
ぐらいだ。
ポララさんが熱心なミリス教徒なので聖書の授業がやたら多い気がする。
ミリス教に関しては教材が充実しているのでしょうがないのかもしれない。
他の科目は教科書があるわけではないのだ。
そして、授業内容に歴史と魔術が加わった。
ハスベルが教える事になったらしい。
ハスベルは住まわせてもらうお礼に、ポララさんのお仕事の手伝い(衣類の製作等)をする事になったようで、教えるのもその内と言うわけだ。
できるのか?
だが何にせよ前世の記憶を引き継いでいる私は問題ない。むしろこのくらいの内容なら教えれるくらいだ。
前世こそ引き篭もりだったが高校まで授業は真面目に聞いていたし、成績も全国平均くらいだった。でなくとも四則演算くらいなら教えれる。
まぁ、どの授業も結局真面目にうけるんですけどね。
午後、ハスベルは魔術の授業として孤児達に消音を教え始めた。
やっぱお前それしか使えないじゃん…。
最初にハスベルがスキルで消えた時は子供達にウケていたが、授業に入るとみんな「え?」って感じだ。
その日、消音スキルが使えるようになった子は一人もいなかった。
基礎的な魔術が学びたいものだ。
———
夜、ベッド(2段目の)で寝ていると下から蹴り上げられた。
クロウだ。
「…何?」
「は?さっさと寝ろよ」
クソガキだ。
私が会話を諦めて寝るとクスクス笑いだす。
そしてしばらくするとまたベッドを蹴り上げる。
無視すると連続で蹴り上げてくる。
というかお前対角線のとこで寝てただろ。
凄いイラつくんだが、飽きるまで放置しよう。
それからクロウからちょっかいをかけられるようになった。
事あるごとに当たってくるし、叩いてくる。
無視していれば飽きるだろうと踏んでいたが、反応がないのが気に食わないのか行為はエスカレートしていった。
授業中に私の座っている椅子を引き抜こうとしたり、蹴り上げてきたり。
そのたびにポララさんはクロウを指摘したがあの怒り方じゃだめだ。
現に直ってない。
私は次第にイライラが蓄積されていった。
そして家事の授業(というか衣類の洗濯)
として外で受講していた時、
「うぇーい!」
調子づいたクロウの声と共に、私のスカートがめくり上がった。
「うっわ!お前だけ変なパンツ履いてるやん笑」
クロウが私の下着を見た。
まだ誰にも見せていない私のパンツをだ。
この絶対的美少女の私のパンツをだ。
拝めさせる気のないクソガキに見られたのだ。
許さん。ぶっ殺す。
私の右手に激しい血の巡りのような物を感じた。
猛烈な怒りと共に、右手拳をクロウの顔面へと伸ばす。
顔面右ストレート。
当たる寸前私の理性が右手を止めた。
クロウは私の拳が当たってもいないのに真っ直ぐ後ろへ吹き飛んだ。
吹き飛んで、子供達が使っていた桶やら何やらを巻き込みながら吹き飛んで、最後に若木にぶちあたりへし折ってやっとクロウは止まった。
ポララさんも子供達も唖然として見ている。
あぶね。止めてなかったらクロウの顔面は爆散していたかもしれない。
もっとも、クロウは寸止めされたにもかかわらず白目を剥いて失禁する始末だが。
ポララさんが私を見て口をパクパクさせている。怒られるのか、同情されるのか。
「あなた、風魔術を使えるの!?」
「…はい?」
私は風魔術を使えるようになった。
私の憎しみと怒りと慈悲に満ち溢れた右拳は風魔術を纏っていたのだ。
風魔術らしき物は結構簡単にできてしまうようになった。血の巡りのような物をよく感じる。楽しい楽しい。
そして、ハスベル先生の受け持つ魔術の授業は私が担当する事となった。
決まった時ハスベルは
「しれんてぃぉ…ぅ」
と小さく唸った。
私も感覚的だからうまく教えれるかわからんけどね。
「葵ちゃんならきっとうまく教えれるわ。私いつも葵ちゃん大人びてるわぁって思ってたのよ?」
「ありがとうございます。ハスベルよりは教えれると思うので安心してください。」
「…俺ただの居候みたいになってない?」
「そんな事ないわハスベル。あなたには歴史の授業があるじゃない」
「歴史…歴史…歴史…はぁ」
頑張れよハスベル先生。まさか歴史教えれるっていうのもハッタリじゃあないよな?
その夜、私のベッドが蹴り上げられる事はなかった。
——
だが翌日の昼下がりに問題が生じた。
休み時間、クロウがうずくまる男児を木の枝で殴り付けていた。
「おい、何してんだ」
「…ッチ 葵かよ、お前は関係ないだろ」
「…今度口のきき方を教えてやるよ」
「は?」
問答無用でクロウを吹き飛ばした。
うずくまる男児の頭を優しく撫でてやる。
たしかこの子はシャン君だ。
所々擦り傷になっている。可哀想に。
「大丈夫?どうして叩かれてたの?」
「…ぐ、 クロウが剣術をしようって…僕はやらないって言ったのに…っず」
なるほど、一方的に殴り付けられたわけだ。
こんな可愛い男児を苛めるとは許せぬ。
優しく撫でてあげるとすがりよってきて可愛いのだ。ショタもまた良きかな。
擦り傷のところをさすっていてあげると、少しづつ治り始めて、遂には完治した。
私もびっくり、だが治癒術を使った覚えはない。
だとするとこれは神獣の力だろうか。
シャンは目を丸くしていた。
「クラスのみんなには内緒だよっ!」
「クラス…?」
とりあえず秘密にしとくか。
——-
クロウだが、最近私に構ってこないと思ったら他の奴を虐めているらしい。
ので、監視する事にした。
「…何でついてくんだよ」
「何でついてくるんですか?でしょ?」
「お前に敬語使うわけねぇだろ」
「そう?」
問答無用で吹き飛ばす。
「ガハッ…!」
私に教育の仕方は分からない。
頭ごなしにやるのはいけないかもしれないが、言うことをどうきかせればいいのか分からないので力ずくでわからせる事にした。
そして敬語は私の魔術の授業の時に教えた。本来私に敬語を使う必要はないとは思うが、クロウには使わせる。
ただの腹いせだ。
「や…やめてくれ…」
「やめてください、でしょ?」
私の右手に風が纏うのを見てクロウはあからさまに怯えた。
「やめてくださいやめてください!」
「よく言えましたね」
風魔術を抑える。
「何で葵は俺についておりますですか」
「言葉がめちゃくちゃで意味が分からないわ。というより、おります、は謙譲語よ。敬うべき私に対して使うのは不敬だわ」
右手に風が…
「ごめんなさいごめんなさい!
何でついていらっしゃるんですか?」
「何でついてこられるんですか、ね?あなたが他の子をいじめないか監視する事にしたのよ」
「監視?」
「そう、クロウは暴力的で協調性がないから私がねじ伏せる事にした」
「…!」
理解したようだ。
その日クロウによる暴力ごとは無かった。
と思ったが、夜、寝ている時に顔を殴られたので瞬時に風魔術を見に纏い、クロウにマウントをとって顔全体が綺麗に腫れ上がるまでボコボコに殴った。
その日以降、寝る前に魔力を練った風を自身の近くに発動するようにした。
そうしてから朝になると手や顔を怪我したクロウを見るようになったが、暫くしてそんな事もなくなった。
この一件で風魔術による身体強化のような物とオート防衛ができるようになった私だった。
そうやって暫く日にちが経った。
———
「おはようございます!葵様!」
私に元気に挨拶したのはシャン君だ。
すっかり明るくなった。
私に様付けしたり敬語を使ったりしているのはクロウ限定で強要したものだったが、他の子達も私に使うようになってしまった。
「いいのよシャン君は私に敬語使わなくて」
「いえ!僕、葵様の事尊敬してます!」
「そうじゃなくて…」
やめさせようとするとドタドタと奥の部屋から迫ってくる音がする。
「ちょっとシャン!朝一番の挨拶は私がいつもしてるじゃない!勝手に真似しないで!」
「たまたま朝一番に僕が葵様と会っただけだよアリア」
走ってきた女の子はアリア。長い雀色の髪をした子で、最近は私に朝一の挨拶を決めるのが日課になっているらしい。
「おはようございます葵様!本日はどの様にお過ごしですか?」
「どの様にも何も貴方と一緒よアリア」
「この上ない光栄にございます!さぁ葵様、朝食を準備しております!」
そう言ってアリアはわたしのうでをがっしりつかんだ。エスコートのつもりだろうか。
というかお前は朝飯作ってないだろ、というツッコミをわたしは飲み込んだ。
「はいはい、アリアはいい子ね」
「ふえへへぇ…」
クロウの抑制に成功して以降、すっかり人気者になってしまった。
とくにシャンとアリアは私にべっとり、そうでなくとも、私の目があるところじゃないと不安なのか、他の子も私の近くにいたがるようだ。
もっともその私はクロウを監視していたのだがね。
クロウはすっかりぼっちになってしまった。
—— クロウ視点———
新しい奴が俺の部屋に住み着いた。
何か気取ってて気にくわねぇ。
絶対自分の事特別だと思ってるだろ。
大人とばっかり会話しやがって。
自分と同じ歳の奴らと話してても、言葉遣いが気取っててうぜぇ。
軽く小突いても反応しねぇし尚のこと気にくわねぇ。
何やっても反応薄い。
外で洗濯の時、あいつだけ自前の服着てやがった。
調子乗ってるだろ。
桶に手突っ込んでる時、下から覗けばパンツみえるかも…ア、見えねぇ
自分だけカッコつけた服きやがって。
まくってやる!!!
アアッ…
何だあいつ。魔術…?
全身がいてぇ…。
も、漏らした…。
あれから事あるごとに俺に威嚇してくる。
毎回俺に話しかけてくる時、
「おい」
から始まる…。
おい、が超こええんだけど。
言い方で葵がきれてんのかどうか分かる。
くっそ、なんで俺がコイツの機嫌考えなきゃいけねぇんだよ。
敬語出来なかったらぶっとばされる。
他の奴に手出したらぶっとばされる。
寝込みを襲ったら倍ぶっとばされる。
もう何をやってもダメだ。
ぶっとばされる…。
——ポララ視点———
葵ちゃんが風魔術に目覚めてから
子供達の問題、というかクロウ君が悪さをしなくなった。
これは良い事。
良いことのはずなんだけど。
最近なんだか子供達が葵ちゃんに敬意を払ってるんだけど。
というか敬語使ってるんですけど。
良い雰囲気というか、統括されてるような気がするんですけど…。
大丈夫かしら。