治療院
「今日はどうされましたか。」
「あのう、私頭が悪いんです、どうにかして下さい。」
「フムフム、頭が悪いのですね、具体的にはどのように悪いのでしょうか。」
「勉強してもまるで頭が良くならないのです。」
「フムフム、なるほど。勉強しているのに、一向に頭が良くなっていかないと。」
「はい。」
「勉強はどの程度していますか。」
「家に帰ってからずっとです。ご飯を食べるときでさえ単語帳を手放しません。」
「わかりました。」
治療師はなにやらすらすらと処方箋を書いております。
患者はそれを見ようともせず、ぼんやり窓の外を見ておりますね。
「あなたには、素直な心を処方しようと思います。
頭が良くなりたいと思う気持ちに、素直な心はこたえるでしょう。」
「勉強をしたら、した分だけ知識が付きます。」
「ああ良かった、これで努力が実りそうです!」
「ただし、副作用が有ります。」
「言い訳ができなくなります。
勉強してない場合、素直に勉強しませんでしたということしかできません。」
「言い訳は一切できなくなります。
知識を持っていることを素直に口にすることになり、知識のないふりをすることができなくなります。」
「・・・なんてこった!!!」
「どうされますか。」
患者は頭を抱えています。
「それでは困ります、勉強しているふりをして遊べなくなってしまいます。」
「堂々と遊べばいいじゃないですか。」
患者は頭を抱えています。
「遊んでいることがばれたら親にスマホを捨てられてしまいます。」
「遊ばずに勉強をしたらいいじゃないですか。」
患者は頭を抱えています。
「遊ばないと同級生に混じることができないのです。」
「混じらなくてもいいじゃないですか。」
患者は頭を抱えています。
「付き合いがあります、ぼっちになるわけにはいかない・・・。」
「一人で勉強すればいいんじゃないですか。」
患者は頭を抱えています。
「同級生に勉強しなかったといえないのが地味にきつい、ガリベンオツって言われてしまうのは避けたい・・・。」
「勉強したことを誇ればいいのです。」
患者は頭を抱えています。
「同級生に全然分からないといえないのはきつい、頭の悪いキャラの癖に実はできるやつだった展開が崩れてしまう・・・。」
「頭の良さを誇ればいいのです。」
患者は頭を抱えるのをやめて、立ち上がりました。
「すみません、とりあえず今回はやめておきます。」
「そうですか、ではお大事に。」
治療師はカルテを書き込みました。
―――頭の悪い患者
四六時中勉強をしているとの報告。
実状は隙を見てスマホに夢中である。
勉強したことを隠したいと希望。
同級生には頭の悪い人物と思わせておきたい。
同級生からの羨望を希望?
処方なし、様子見。
「今日はどうされましたか。」
「あのう、私友達運が悪いんです、どうにかして下さい。」
「フムフム、友達運が悪いのですね、具体的にはどのように悪いのでしょうか。」
「友達がいてもいまいち仲良くなれないのです、私が努力しても報われない展開しかおきないのです、運が悪いとしか思えません。」
「フムフム、なるほど。友達がいるけれど、努力に反して、あまり仲良くなっていかないと。」
「はい。」
「友達とはどの程度コミュニケーションをとっていますか。」
「学校はもちろん、家に帰ってからもずっとです。ご飯を食べるときでさえスマホを手放しません。」
「わかりました。」
治療師はなにやらすらすらと処方箋を書いております。
患者はそれを見ようともせず、ぼんやり窓の外を見ておりますね。
「あなたには、素直な心を処方しようと思います。
友達と仲良くなりたいと思う気持ちに、素直な心はこたえるでしょう。」
「コミュニケーションをとったら、とった分だけ仲良くなれます、新しい出会いもあなたを待っているはずです。」
「ああ、良かった、これで親友ができそうです!」
「ただし、副作用が有ります。」
「言い訳ができなくなります。
意見が合わない場合、素直に意見が合わないということしかできません。」
「言い訳は一切できなくなります。
思っている事を素直に口にすることになり、友達の意見に同感を伴わない同意をすることができなくなります。」
「どうされますか。」
患者は頭を抱えています。
「それでは困ります、同感しているふりをして話をあわせることができなくなってしまいます。」
「話をあわせなくてもいいじゃないですか。」
患者は頭を抱えています。
「話が合わないことがばれたら、別の友達のほうに行ってしまいます。」
「別の友達を探せばいいじゃないですか。」
患者は頭を抱えています。
「もうグループが出来上がっているから、探すことなんかできません。」
「友達がいなくなっても出会いが待っているならいいじゃないですか。」
患者は頭を抱えています。
「付き合いがあります、ぼっちになるわけには行かないんです。」
「常に友達がいないとだめなんですか。」
患者は頭を抱えています。
「同級生にぼっち認定されるのはきつい、イベント時に孤独なのは困ります、学校行事がすべてが闇歴史になってしまいます。」
「一人で楽しめばいいのです。」
患者は頭を抱えています。
「同級生の思い出に残ってしまうのはまずすぎます、同窓会でネタにされてしまう。」
「同窓会に行かなければいいのです。」
患者は頭を抱えるのをやめて、立ち上がりました。
「すみません、とりあえず今回はやめておきます。」
「そうですか、ではお大事に。」
治療師はカルテを書き込みました。
―――友達運の悪い患者
四六時中友達と接触をしているとの報告。
実状は仲間はずれを恐れるあまりの監視である。
親友を得たいと希望。
同級生にはぼっちと思われたくない。
同級生からの支持を希望?孤立をかたくなに拒否。
処方なし、様子見。
「今日はどうされましたか。」
「あのう、私顔が悪いんです、どうにかして下さい。」
「フムフム、顔が悪いのですね、具体的にはどのように悪いのでしょうか。」
「性格に問題がないのに、ありとあらゆる人からもてません。」
「フムフム、なるほど。性格はいいのにもてないと。」
「はい。」
「恐れ入りますが、性格がいいというのはどなたが?」
「友達はたくさんいるのです、でもどうしても恋に発展して行きません。」
「わかりました。」
治療師はなにやらすらすらと処方箋を書いております。
患者はそれを見ようともせず、ぼんやり窓の外を見ておりますね。
「あなたには、素直な心を処方しようと思います。
顔が良くなりたいと思う気持ちに、素直な心はこたえるでしょう。」
「笑顔を振りまけば振りまいただけ、顔が良くなります。」
「ああ、良かった、これで恋人ができそうです!」
「ただし、副作用が有ります。」
「言い訳ができなくなります。
あなたを好きだといって来る人すべてに対して、僕にはもったいないという体の良いお断りをすることができなくなり、顔が好みじゃないから無理と宣言してお断りすることになります。」
「言い訳は一切できなくなります。
笑えないくらい不愉快な見た目の人が現れたとき、愛想笑いをしてごまかすことができなくなります。」
「どうされますか。」
患者は頭を抱えています。
「それでは困ります、いくら顔が悪いといっても、私にだって好みは有ります、でも私なんかが選り好みをしていいはずがありません。周りが許してくれないでしょう。」
「性格がよければ顔なんて関係ないじゃないですか。」
患者は頭を抱えています。
「私の顔が悪いんだから、相手の顔くらい良くなければバランスが悪いのです。」
「バランスなんて必要ないじゃないですか。」
患者は頭を抱えています。
「自分の顔が悪いから、相手を整えて平均に持っていきたいのです」
「見た目を気にしなければいいじゃないですか。」
患者は頭を抱えています。
「世間の目があります、顔が悪いのに恋人が綺麗だという利点が欲しいのです。」
「利点がなければだめなんですか。」
患者は頭を抱えています。
「ネタカップル認定されるのはきつい、周りの目が気になって何一つイベントが楽しめなくなってしまいます。」
「二人で楽しめばいいのです。」
患者は頭を抱えています。
「不細工の遺伝子がつながってしまうのはきつい、こどもまで笑われてしまう。」
「幸せな家族であり続ければいいのです。」
患者は頭を抱えるのをやめて、立ち上がりました。
「すみません、とりあえず今回はやめておきます。」
「そうですか、ではお大事に。」
治療師はカルテを書き込みました。
―――顔の悪い患者
性格の良さには自信があるとの報告。
実情は多大なるコンプレックスを抱えた美切望者である。
見た目の麗しい恋人を得たいと希望。
見た目の悪い恋人は欲しくない。
子供が持てる事を信じている?
処方なし、様子見。
「今日はどうされましたか。」
「あのう、私性格が悪いんです、どうにかして下さい。」
「フムフム、性格が悪いのですね、具体的にはどのように悪いのでしょうか。」
「すぐにひねくれた考え方をして、常に意地の悪いことばかり考えてしまいます。」
「フムフム、なるほど。思いやりをもてないということでよろしいでしょうか?」
「そうですね、そうかもしれません。」
「誰かとコミュニケーションをとっていますか、取りたいですか。」
「まったく取っていません、取れるものなら取りたいです。」
「わかりました。」
治療師はなにやらすらすらと処方箋を書いております。
患者はそれを真剣な目で見つめておりますね。
「あなたには、素直な心を処方しようと思います。
性格が良くなりたいと思う気持ちに、素直な心はこたえるでしょう。」
「あと、憑依能力も処方しておきましょう。
あなたはコミュニケーション初心者です、まずは誰かに憑依してコミュニケーションを学んで下さい。」
「ああ、良かった、これでぼっちから卒業できる・・・。」
「ただし、副作用が有ります。」
「言い訳ができなくなります。
意地悪をしたいと思ったことを、包み隠さず相手に伝えることになります。」
「言い訳は一切できなくなります。
非情な現実を捻じ曲がった理解力で優しいものに変えることができなくなります。」
「まれに憑依した人の悪意に飲み込まれます。
悪意があなたを包み込んで、コミュニケーションをとることに躊躇するようになるかもしれません。」
「どうされますか。」
患者はにっこり笑って答えました。
「ありがとうございます!」
患者は処方箋を受け取って、診察室を出て行きました。
治療師はカルテを書き込みました。
―――性格の悪い患者
意地悪ばかりしてしまうとの報告。
実状は思いやりがもてない臆病者?
人との接触を希望。
素直な心、憑依能力を処方。
副作用について説明済み。
「あれ、あなたは先ほど憑依能力を処方した人じゃないですか、どうされましたか。」
「あのう、私気分が悪いんです、どうにかして下さい。」
「フムフム、気分が悪いのですね、具体的にはどのように悪いのでしょうか。」
「なんかこう、胸のあたりがもやもやして。」
「フムフム、なるほど。胸のあたりが、もやもやしていると。」
「はい。」
「何か変なものに憑依したんじゃないんですか。」
「私の前に並んでいた、タクシー待ちの人、三人ほど・・・。」
「それは無茶をしましたね。薬局で説明を受けませんでしたか、一度に一人づつ憑依するようにと。」
「すみません、聞きましたが、我慢しきれませんでした。」
治療師はなにやらすらすらと処方箋を書いております。
「我慢しきれなかったとは?」
患者はそれを真剣な目で見つめておりますね。
「一人目の人は、ずいぶん心地よかったんです。」
「フムフム、どのあたりが?」
「勉強したくなりました、知識欲が湧いて、もう一人にのりうつろうと思ったんです。」
「フムフム、それで?」
「二人目にのりうつって、気分が高揚したんです。」
「フムフム、どんな感じに?」
「友達を求める気持ちに同調しました、仲間意識が湧いて、もう一人にものりうつりたいと思ったんです。」
「フムフム、それで。」
「三人目にのりうつって、仲良くしたいと思ったのですが、意識が拒否してきた?んです、そしたらもう、急に気分が悪くなってしまって。」
「なるほど。」
治療師は頭を抱えています。
「ただの人当たりですね、三人目の人はあなたに合わなかった、ただそれだけです。」
「私は、副作用の悪意に飲み込まれてしまったのでしょうか。」
治療師は頭を抱えています。
「・・・違うと思うんですけどね。」
「これから飲み込まれてしまうのでしょうか?」
治療師は頭を抱えています。
「飲み込まれたわりには、闇を纏っていませんし、やけに快活な空気を感じるんです、あなた何か他に気づいたことはありませんか。」
「ああ…のりうつった時に、自分の性格のよさを自覚しました。のりうつった人の性格の悪さが非常にこう、ドカンときたというか。」
「・・・じゃあやっぱり人当たりですね、胸のもやもやはあなたが良識人である証拠です、のりうつった人の性格の悪さにダメージを受けたんですよ。」
「じゃあ、私の性格は悪くはなかったということでしょうか。」
「・・・少なくとも、あなたがのりうつった人のほうが性格が悪いと思います。」
「何だあ・・・そうだったんですね・・・。」
にっこり笑った患者は、ふわりと治療師の目の前から消えてしまいました。
「ああ、やっぱり消えてしまった・・・治療費がもらえなかった・・・はあ。」
治療師はカルテを書き込みました。
―――性格が悪いと思い込んでいた患者
素直な心、憑依能力を処方後、一度に三人に憑依し、人あたりをおこす。
他人の性格の悪さにダメージを受け胸の痛み発現。
自らの思い込みに気付き、昇華した。
「消えそうだと思ったんだよ、この患者はさ。やけにこの治療院にふさわしくない患者だった…どうして紛れ込んじゃったかなあ。」
治療師はカルテを棚にしまいこみました。
・・・今日の患者さんは、これで終了のようです、診察室には、治療師と、私のみが残されました。
「なかなか闇落ちしてくれる患者はやってこないなあ・・・。」
ここは治療院、一般人様が闇落ちするためにやってくる場所でございます。
まあ・・・一般人様は、闇に落ちるためにこちらにやってくるわけでは、ございませんが。
いわゆる・・・一般人様の、闇への憧れを利用させていただきましてですね。
闇を餌に、闇に憧れる一般人ホイホイ的な…罠といったら少々乱暴な表現になりますけれども、ええ。
治療師はここにやってきた一般人に治療を施し、闇にどっぷり染めあげることを生業としているのでございます。
私は闇落ちした魂を頂く為に、こちらにお邪魔しております…地獄に籍を置いている、しがない存在でございますとも。
「悪いね、今日は収穫無しだ、どうも最近は慎重な若者が多くて困るよ。」
治療師は申し訳なさそうにこちらを振り返ります。
いえいえ、先生は良くやって下さってますよ、このところの人間の質が悪うございます、中途半端に悪意があって、中途半端に素直な心に憧れがあって、中途半端に闇に足を突っ込んで。あっという間に薄っぺらい善人に戻ってしまいますからね。
「どうもうまいこと自分をだまして闇逃れをしちゃうんだよなあ・・・。」
闇への憧れには、踏み出せない一歩が付随するものですよ、仕方ありません。
「ちょっとしたことで愚痴って、闇に染まった気になって、闇に染まろうとしてノコノコこっちに来て、結局染まることなく帰って行くとかさ…あっという間に不満解消するくせにぬか喜びさせんなって話だよ。」
近頃は文句ばかり言って、結局現状維持を選ぶ軟弱者ばかりでございますからねえ。
「素直になってこんなはずじゃなかったってふかーく闇落ちしてもらわないと困るんだ、こっちはさ。タクシー代で悪意を引っこ抜いたらもう闇落ち要素が見つからないとかさ、闇が薄すぎるんだよ、まったく・・・。」
人の不幸を喜ぶような人ではあるけれど、結局優しいんですよ、今の一般人は。現状打破をする気概がないといいますか。優しすぎるが故に、薄い闇に染まりがちで、薄い闇はやけに晴れがちで。
「俺は治療法も間違ってると思うね!古いんだよ、今のご時勢。素直な心なんて回りくどい事しなくてもさ、チート与えて真正面から現実の壁にぶち当たらせたほうがすぐに闇落ちするんだよ、ホントに頭の古いやつらが多くていつも現場の俺達が割りを食うんだ。」
先生は現状打破する気満々なわけですね。
「もちろん。真面目で勤勉で実直かつ反骨精神のある人間は減ったんだ、今の軟弱で流されやすくて人に頼るくせがあるやつらは…力さえあれば人を助けたいと思ってる、そこに付け込むべきなのさ。」
なるほどねえ・・・それじゃあ、今度来るときはチートになりそうなもの持ってきますよ、そうですね、とんとん拍子の出世とか、モテてモテて仕方がない流れとか、いつも困った時に誰かが現れるパターンとか?
「いいね、それ!調子に乗ったところで回収して、一気に闇落ちさせる事ができそうだ。…闇パーティーできる予感しかしない!」
わたくしどもの計画が成功するかどうかは、一般人様ののんきで愉快な思考にかかっておりますね。
なんのために勉強しているのかわからない。
なんとなく流されるまま自分の感情が出せない。
なんとかして誰かに責任を負わせようとする都合の良さ。
言い訳したら許されると思える頭の持ち主ならば、おそらく、きっと。
自分だけは特別なんだと思える頭の持ち主ならば、おそらく、きっと。
突然の運気上昇に、神に感謝するかもしれません。
…まあ。
神に感謝したところで。
ここには、神はおりませんけどね。
ここには、非常に優秀な、治療師しかおりませんね。
ここには、闇を求める、地獄の存在しか、おりませんね。
治療されるためにノコノコやって来る、本当の闇を知らない一般人様を心待にしておりますよ。
おや、あなた。
少し闇への憧れがあるようですね。
とっておきの、チート、ございますよ?
おひとつ、いかがでしょうか…?