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まぎれこむもの

作者: 深山 希

 ――『駅』、というものの魔術的意味とは何だと思うね?


 ふと思い出してしまったイカレた男のたわごとに、思わず舌打ちしそうになりながら、オレは閉じかけた電車の扉に体をねじ込んだ。


 記憶する価値も無い妄言が浮かび上がって来たのは、先んじて電車に乗り込んだ女の纏う雰囲気が、どことなくあの男と似通っていたからだろう。

 オカルトを大真面目に研究テーマとしている、『魔学者』などと自称するあの陰気な男と。


 ――駅というのは中継点だ。此方こなた彼方かなたを繋ぐあわい。それは旧来の橋や舟にも似ている……というのは、いささか飛躍が過ぎるだろうか。


 考えても不快にしかならない記憶が表面化するのは、じっとりと湿ってまとわりつくような空気もまた、あの男の存在を思わせるからかもしれない。

 冷房の効きが悪いのか、熱帯夜の不快感が一向に引きはがせない。それは好きでもないのに無駄に耳に残る楽曲が、延々と脳内でリピートしているような感覚だ。


 ――橋や舟、では解り難かったかね? では、川ではどうだろうか。川と舟、此岸しがん彼岸ひがん、ほら、思い浮かぶものがあるだろう?


 うるさい、と口に出す代わりに、乱暴に体を座席に落とす。

 そこそこ大きな音が鳴ったが、件の女はぴくりともせず、こちらには背を向けたまま、扉の前に立っている。長い黒髪が、暗く、重い印象を与える。


 あの男と同じ色だ。


 ちっ、と今度こそ舌を打つ。

 どうせ聞いている者などいない。あそこの女には聞こえたかもしれないが、反応が無いのなら聞こえていないのと同じことだ。


「何が現代の三途の川だ、バカバカしい」


 だからそう、声に出して吐き棄てて。


 驚きに、目を見張った。


 それまでなんの反応も示さずに、扉の前に立ち尽くしていた――手摺を摑んでもいなかったことに今気づいた――女が、目を見開いてこちらを見ていた。


 ――ひとの認識は変化する。存外、現代に生きる我々は、死んだら列車であちら側へ向かうのかもしれない。或いは……


 正面から見てもやはり陰気な女が、こちらに真っ直ぐ視線を注ぐ。


「……な、なんだよ?」


 バカバカしい、そう胸中で繰り返しながらも、僅かに声が震えた。


 ――或いは、我々が普段乗っている列車にも、紛れ込んでいるかもしれないな。彼岸へと向かう、此岸に居場所を失くした者が。


 女は何も言わず、ただただ強い視線をこちらへ向けて……


 いきなり駆け出したものだから、思わず女から遠ざかる方向へ身を引いていた。

 そのすぐ傍らを通り抜け、女は電車を駆け下りて行った。

 直後、扉は閉じて、がくん、と揺れた電車が出発する。


「……なんだよ…………」


 ぐったりと、脱力する。


 なんのことはない、女が見ていたのはオレではなく、背後の駅名看板か何かだったのだろう。視線が妙に強かったのは、きっと目が悪いとか、そんな理由だ。


 遅い時間の所為か、この車両には自分ひとりしか乗っていない。空気は相変わらずべたついて重いが、あの薄気味悪い女がいなくなったことで、気持ちだけは少し軽くなった。


 脱力し、座席に身を預けて、目を閉じる。

 降りるのはまだ先だ、少し眠ろう。


 そういえば、電車で眠るなど、いつ以来だろうか…………




 奇跡の生還! そんな文字がテレビの一隅で激しく自己主張していた。


 数日前の自動車事故で、意識不明の重体にあった男女の内、女性の方は意識を取り戻し、それと引き換えになったように、男性の方は息を引き取ったのだそうだ。

 女性が夢で彼に会った気がする、といった発言をしたこともあって、メディアは男性の死を美談に加工して販売することを決めたらしい。


 ここ数日、一応続報を追っていた事件だった。

 結末は、知人が死に、他人が生き延びたという、普通ならば落胆するべきであろうものだが、思うのはただ、自分の助言は役に立たなかったのだろうか、というどこまでも利己的なものだけだ。


「彼は還ってこられなかったのか」


 惜しむでもなく、まして悲しむわけでもなく。実験結果を確認するように、魔学者化野あだしの蓮夜れんやは呟いた。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 企画から参りました。 今回の駅のテーマで、列車→死の世界という作品は多かったものの、この作品は怖い雰囲気を醸し出しながら、よく構成が練られていると感じました。 お見事です。
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