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ショートショート集

伝染性パニック

作者: 菅原やくも

 世界中にウイルス性の風邪が蔓延していた。それは既存のインフルエンザよりも感染力が強く、新型のウイルスだということも判明していた。


 ただし、呼吸器系疾患や重篤な持病がある人や高齢者を別とすれば、感染しても症状は軽く、重症に至るのは稀だった。もちろん新型インフルエンザや出血熱などと比べたら、致死率ははるかに低かった。少々乱暴な言い方をすれば、さほど恐れるものではなかった。

 にもかかわらず、世界はあるときからパニックに陥っていた。すでにパンデミックであることは明言されていたが、各地で緊急事態や非常事態の宣言が行なわれて人々の移動や外出が規制されていた。都市部では食料や日用品の買い占めが起こり、地域によっては奪い合いや暴動がはじまろうとしているところもあった。


 食堂で、同僚とともに昼食をとっていた研究者はため息をついた。食事を終えると、不安をあおるかのようなニュース映像の流れていたテレビを消した。

 何かがおかしい……どこか、合点がいかないような気がする。彼はそのように思っていた。彼だけはない、この研究所に勤めている皆が思っていることだった。

 研究所の職員はこの大流行しているこのウイルスの研究およびワクチン開発に携わっていた。

 確かに、新型ウイルスはこれまでにない強い感染力を持っているのは事実だった。ましてや、このグローバル化した社会で感染力が強いとなれば、あっという間に広がるのは不思議でもなんでもなかった。

 しかしながら、感染しても症状が出ない人もいるし、適切な医療措置を受ければたいていの人は回復に向かっていた。じじつ、感染を恐れていた人がすでに感染していたなどという事例もあった。もっといえば、手洗いうがいといった基礎的な予防措置で大いに効果があるはずだった。 

「まったく、世の中は大変なことになったものだ」

「ああ、まったくだよ」

 彼らはなかばぼやくように会話を交わすと、各々の持ち場に戻っていった。


 研究者は防護服に着替えてラボに向かった。培養液の入ったペトリ皿を移動させたり、顕微鏡で撮影をしたりと、彼はその日の作業に没頭していった。

 その日のルーチンを終了して一息ついた時だった。研究者はハッとして気が付いた。

 このウイルスは、人々に恐怖や不安といった感情を伝染させる力を持っているのではないか? ということに……。つまりこのウイルスの最も危険なところは、もしかするとその人々に不安やパニックを起こすミーム特性を備えているということではないだろうか?

 彼は努めて冷静を貫こうとしたが、いてもたってもいられなくなった。もしかすると本当に世界が終わりかねない。もしそうなら “身体的な諸症状” が出ていないからと言って安全ではないのだ。さらには、恐怖、不安、パニック……もしもこれらが政府機関や軍幹部といった政治的に重要な場所で広まったら何が起きるか? それは子供だって容易に想像できるはずだった。

 感染者は全て隔離しなければならない! 無症状感染者は恐ろしいキャリアーと化しているのだ。このままでは本物のパニックが世界を襲う! 止められなければ、世界は破滅だ!

 研究者は一度深呼吸して気分を落ち着けると、自身のオフィスのデスクで考えをまとめた。それから、同僚にその考えを話してみた。話を聞いていた同僚たちは、はじめは訝し気な様子だったが途中から妙に納得した様子になった。それから彼らは短いミーティングで内容をまとめると、行動に移った。

 各自のオフィスに戻り、詳細な報告書の作成にかかった。そうして片っ端から関係各所――研究機関のみならず、政府の関係機関、メディアにもだった――に、その内容をまとめたメールやファックスを送った。


 だが、それ自体がパニックを押し広めることになるとは、彼ら自身はまだ気づいていなかった……。

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