【5】誘拐犯にお願いしてみました
窓のないほんの少しの明かりしかない暗がりの石造りの室内に劈く様な金切り声が響いた
「どこへ行くと言われましても、其処にあるお水のところです」
フェリーナは声を上げた少女・・・それも見るからに派手な・・・いえいえ、この場に相応しくない貴族が着るようなドレスに身を包んだフェリーナと変わらない年頃で燃えるような赤毛に黒い瞳のちょっと釣り目の可愛らしい顔をしているのに興奮気味に赤くしている女の子に返事をした。
そもそも、窓のない室内の入り口は1つしかない、しかもそれは頑丈で重たそうな金属製の扉なのだからここから出ることは不可能に近く、しかも入り口以外に特に何もない部屋なのだ
この室内で動き回るにしても限度があるのだから、どこに行くと言われても目に見えている水桶のところしかないだが・・・
「あれは、わたくしのものですわ!!!」
はっ?
少女がフェリーナの返事に再び甲高い声で叫んだ
「わたくしは、リーデル侯爵のイザベラよ!お前たちみたいな薄汚い手で触れたらわたくしが使える水がなくなるわ!!!」
えっと・・・リーデル侯爵って上位貴族で侯爵自身は外務大臣をされていらっしゃる方だったよね
人柄も大変穏やかなおじ様だ
その方のご令嬢なのかしら?
まあ、見るからに貴族の令嬢であることは想像がついていたがここで家名をひけらかされてもねぇ・・・
困ったわ
「あなたも攫われたの?」
「はっ!お前たちとはちがいますわ!
美しいわたくしは、領地にいても注目の的でどうしても人目を惹いてしまいますのよ。
隠し切れないわたくしは美しすぎるから攫われてしまいましたのよ
だから、見てみなさい私にあの者たちは手を出していないわ!
美しいものには何人も手出しが出来ないものなのよ。
言っときますけど、わたくしはすぐに助け出されますわ!!
わたくしがいなくなったのですもの国中大騒ぎになっているはずですわ!!!」
自分に酔いしれた様子で話すけど・・・
って、どちらかと言うとそれはどうでもいいのよね。
まあ、こんなところにいても元気なのはいいことだわ・・・たぶん
「・・・そうなの、あなたが元気でよろしいことね。
それはともかく、お水はみんなで使わないといけないと思うわ。あなたのではないでしょ?」
フェリーナは呆れを顔には出さずにイザベラに言い聞かせるように言う
「いいえ!あれはわたくしのです!!
わたくしに逆らうならわたくしの助けが来てもおいていきますわよ!!!」
イザベラは顔を真っ赤にしてさらに興奮気味についには水桶を自分の近くに置いて囲い込むようになった。
それをほかの子供たちは、興味がなさそうにちらりと見ただけだった
「・・・ふぅ」
もう少し言い聞かせてもいいのだが、この閉じ込められた状況でイザベラも癇癪を起しやすくなっているのかもしれない
小さな少女にこの状況で説教をするのも酷かもしれない
フェリーナも中身はともかく、見た目は5歳児なのだが・・・
この狭い室内でこれ以上イザベラの甲高い声を響かせるは、他の子供たちにもよくないと判断してフェリーナは兄妹のもとにもどった
「ごめんなさい・・・辛いですよね」
少し離れている間に再び少女に凭れぐったりしている少年
「大丈夫よ、このくらい。」
少女の方が返事をしてくれた
「貴方たちは、この国の子供ではないですよね?
どこで攫われたの?」
「私たちはスハノフで攫われたの。私たちだけじゃないクライネフの子もいるみたい。ここに集められてるの・・・たぶん、エーデルワイズの子も・・・」
「えーっ!大陸中から子供を集めているの?
そんな・・・なんのために?みんなも貴方たちのように殴られた子いるの?」
教えてもらったことに思いの外大きな声が出て思わず口を手で押さえた
「わからないけど・・・ここから逃げ出そうとして私たちは殴られたの
・・・でも、あの子はもっとひどい怪我をしているわ。」
こちらに顔を上げて話してくれた少女はのブルーの瞳はフェリーナをしっかりみて、彼女たちの少し先を指差して教えてくれた。
指の先には、一人の男の子が横たわっていた
「彼は足を折られているのよ。
何度も脱走しようとして、今回みんなで逃げ出そうとしていて・・・失敗して捕まったからなの」
声を潜めフェリーナに囁く
フェリーナを怯えさせないように配慮して小さな声で教えてくれたのだろうがその内容にフェリーナは眉を顰める。
あんな、小さな子供の足を折るなんて!
なんてひどいことを!!!
すぐに立ち上がり横たわる少年の下へ急ぐ
壁のほうへ顔を向けて寝ていると言うより、転がされている少年
その様は他の子供たちよりも見るからにぼろぼろで暴行の後が酷かった。
先ほどの異国の少年よりもひどい
顔色も悪く息も荒かった
顔や体のあちこちには殴られたアザがあり着ている服もあちこち破れていた。
そっと、その体に触ると傷に触れたのかうめき声が上がった
「あっ、ごめんなさい・・・」
すぐに体から離したが返事はない
今度は慎重に少年の手に触れた
―――熱い!
まだ子供の小さな手からは尋常でない熱さが感じられた
今度は額に触れると間違いなく熱く、触れた肌は汗ばんでもいた
慎重に体をあらためると右足首少し上、脛の肌色がドス黒く変色していた
折られた足
そのせいで熱を出している
しかも、かなり苦しそうにしている
フェリーナはそう判断してからは早かった
素早く扉に向かった
分厚そうな扉、おそらくしっかり鍵も掛けられていることは容易にわかる
取っ手を掴んで引っ張るがびくともしない
「ちょっと!誰か近くにいるのでしょ!!
用があります!!誰かいるのいるのでしょ!!!」
フェリーナの小さな手で扉をドンドンと叩く
周りの子供たちは何事かとフェリーナを吃驚して視線をむけるが、フェリーナはそんなこと気にしなかった
「誰かいるのでしょ!!!」
叫んで扉を叩いて呼びかける
「煩いぞ!!!おとなしくしろ!」
呼びかけには思いのほか早くこたえるものがあった
「おとなしくしていろ!逃げ出そうなんて考えるなよ!!」
扉の上部の小窓が開きそこから男が顔を覗かせ怒鳴る
その怒鳴り声にフェリーナを伺っていた子供たちは縮こまって視線を逸らす。
巻き添えを受けたくないのは仕方がないことだ
「逃げ出そうなど無理に決まってます!!」
フェリーナは男に負けず同じように大きな声を上げた
「そんなことより!病人の手当てのほうが先です!!
早く水と沢山の布と、何か硬い小さな棒を持ってきなさい!!!
小さな子供になんてことをするのですか、貴方たちは最低です!!!」
逃げるなと言ったことに対して『無理だ』『そんなこと』と一蹴された男は一瞬面食らったがフェリーナのお説教に舌打ちした
「ッチ!煩い!!逃げ出そうとしたほうが悪いんだ!!!おとなしくしてろ!!!」
そう言い男は小窓を閉じようとした
「待ちなさい!!!」
フェリーナはそれに扉に体当たりをして注意を引こうとする
「・・・ひどい熱をだしているのです。こちらで手当てをするから水と手ぬぐいだけでも持ってきて・・・」
はっきり言えば誘拐をするような悪人にお願いなんてしたくはない・・・
しかし、あの熱は放っておいていいものではない。
子供に暴力を振るう悪人にお願いなんて・・・
でも・・・
命に代えられない・・・
「・・・お願いします」
葛藤はあったがそれも一瞬だった
「・・・・・・ッチ」
舌打ちされ小窓はやはり閉じられた。
「お願いです!話を聞いて!!」
ドンドン!
「熱が高いの!」
ドンドン!ドンドン!!
「助けてあげて!!」
ダンッ!!!
小さなフェリーナの手で、それでも答えてくれないから遂には体当たりを何度かした
それでも硬く厚い扉は・・・小窓さえも開かれない・・・
「・・・お願いだから・・・っ」
あの誘拐犯たちがそう簡単に答えてくれるとは思っていなかったけど・・・
あの人たちにほんの少しでも良心があれば・・・そう期待してしまうフェリーナは世間知らずなのだろう
焦りから諦めそうになるが・・・くっと顔を上げてイザベラを見る
先ほどから硬い扉を叩き大声を上げるフェリーナを他の子供たちは凝視していた。
眸を大きく開き涙で潤ませながら賢明に扉を叩くその姿は、攫われた子供たちが一度はすることであり珍しくはない
しかし彼女は、逃げ出すに対してそんな事と一蹴して、怪我人のための要求をしているのだ。
小さく可憐な少女は、病人がいると訴えているのだ
頬を紅潮させるその姿は薄暗い室内で視線を釘づけにした
室内を振り返ったフェリーナの視線は水桶を独り占めしているイザベルに向けられていた。
その眼光は、先ほどの声をかけた優しいものでない強い力があった。
「イザベラ!」
強い声で名を呼ぶ
呼ばれたイザベラは体を大きくビクッっと跳ねさせた
フェリーナはイザベラに寄ろうとして扉から離れたとき、それが開いた
「おい飯だ!」
扉を開けて2人の男が鍋を持ち込んできた。扉には別の男が見張りに立っている
この3人の男は、公園で楽器を弾いていた男とフェリーナを肩車した男だった
男たちは大鍋と食器を部屋の中央に置いて外に出て行った・・・、
男たちが鍋から離れたのをみて子供たちはおずおずとあつまって器に入れて食べ始めた
フェリーナは去ろうとする男たちに声をかけようとするがそれよりも早く男が一人戻ってきて水桶と水差しを持ってきた。
「言っておくが、あの小僧が逃げたら今度はお前の両足を折るぞ!!!」
そう言って添え木と何枚かの布を渡された。
状況にすぐには理解できず固まっていたフェリーナだったがすぐにはっとして添え木と布を握り締めた
「ありがとう!」
それはそれはとっても嬉しそうな笑顔で言った
はっきり言おう。
誘拐犯に何をお礼を言っているんだと思うがフェリーナは誰に対しても平等で自身にしてもらったことについてお礼を述べるのは当たり前のことだった
直ぐに水桶も持って踵を返した
そのフェリーナを今度は男が暫しポカーンと見ていたが扉の向こうから声がかかり出て行った
お読みいただきありがとうございます
いつの間にかブクマ下さった方々ありがとうございます
次回、来週には投稿したいです
リアル社蓄の為、月末処理+盆前スケジュールで只今激務につきPCに向かえず、スマホで入力してて時間がかかってます
頑張りますのでお待ちくださいm(__)m