第四話【モモ肉シチューの香りは出会い系】
――迷宮都市ハシェル。
この世界における迷宮とは、魔物の一種であると考えられている。
迷宮内部で際限なく生み出される魔物は侵入者へ襲いかかり、道を阻む。
そんな迷宮に潜る者たちの目的は、多種多様。
①魔物の体内に埋め込まれている『魔石』と呼ばれる物質を持ち帰ること。
この魔石というのは、近年目覚ましい発展を遂げている魔導力機関の燃料となるらしく、大きなサイズのものは、金貨で売買されることもあるんだとか。
ちなみに、迷宮にいる魔物だけでなく、畑を荒らしにくるオークなんかも小さい魔石を持っているらしいのだが、迷宮で魔物を狩るほうが当然効率は良い。
②魔物食材を持ち帰ること。
この世界における魔物食材は美味であることが多いため、物によってはかなりの高値で取引される。魔石と違って食材はけっこうな重量があるので、深層から食材を持ち帰ってくるのはなかなか至難の技なんだとか。
迷宮内部で死んだ魔物の体は、一定時間が経過すると迷宮に吸収されて消えてしまうため、早めに必要な部分を切り取るなどして確保しなければならない。
③迷宮内部でレアなお宝を発見する。
どういった仕組みかはわからないが、迷宮には宝箱が置かれていたりするらしい。
迷宮内で死んだ人間も、魔物と同じく吸収されてしまうらしいので、迷宮が魔物の一種であるならば、養分となる人間をおびき寄せる餌として宝箱を出現させているのかもしれない。
とにかく、その宝箱には平凡な物が入っていたりもするが、極稀にびっくりするぐらいの効果が付与された武器防具なんかが発見されることもあるんだとか。
そんな特別な逸品は金貨数百枚で売買されることも珍しくなく、発見すれば一生遊んで暮らせるまさに迷宮ドリーム。
……とまあ、乗合馬車で景色を堪能することに飽きた俺は、相乗りしているお客から色々と迷宮都市についての前情報を得たわけだが、まとめるとそんな感じだ。
迷宮に潜る者のほとんどが、金を稼ぐことを目的にしている。
「そうそう。他にもこんな話があるぞ」
隣に座っていた相乗り客も暇だったようで、だんだんと饒舌になってきた。
昔、ある王国が管理していた迷宮があったそうな。
そこへ腕の立つ剣士が現れ、迷宮の最奥にはいったい何があるんだろう? という冒険心から、屈強な魔物を打ち倒し、数多の危険な罠をくぐり抜け、ついに最深部へとたどり着いたという。
そこにあったのは、迷宮の核ともいえる超巨大な魔石だったらしい。
剣士がその魔石を台座から取り外すと、巨大な迷宮は悲鳴を上げるかのように音を立てて崩れ始めた。
命からがら崩れ落ちる迷宮から脱出し、剣士は巨大な魔石を手に、迷宮を管理していた王国の城へと登城した。
するとなんということでしょう。
巨大な魔石を目にした皆は、驚きの余り声も出せません。
『――なんということをしてくれたのだ』
最初に口を開いたのは、王様です。
苦労して迷宮を打ち倒した剣士は、てっきり賛辞の言葉が送られると思っていたものだから、さあ大変。
『迷宮の魔物から産出されていた魔石を、これからどうやって賄っていくのか?』
『あの地域の魔物食材が激減することで、一時的な食料危機に陥るのは免れませんぞ!』
王様の言葉が口火となり、内政に携わっていた大臣たちからも非難轟々です。
剣士は逃げ出したい気持ちになり、後ろを振り返ると、槍を構えた兵士たちが隙間なく配置され、逃げ道を完全に塞いでいました。
そうして哀れな剣士は、苦労して持ち帰った巨大な魔石を没収され、死罪となってしまいましたとさ。
ちゃんちゃん。
……いや、怖すぎるわ!
「迷宮に潜るのは自由だけど、最奥にある魔石には手を出すなっていうのが暗黙の了解になっているのは、この話のせいだろうね。一説によると、その剣士は死罪だけは何とか免れて、莫大な借金を背負った上で王国から追放されたらしいけど……まあ、もう生きてはいないだろうさ」
「へ、へえ。そうなんですか」
うーむ。
たしかにこれまでの話を聞いていると、魔物を狩ることで大量の魔石を入手できるため、迷宮は魔石の産出地といっても過言ではない。それに魔物は食材としても活用されているため、迷宮が消失すれば経済的にも大打撃となるだろう。
原油の産出場所や国民の食料庫を、消滅させたようなものだ。
厳罰も頷ける話である。
しかし、その剣士も可哀想に。
迷宮の最奥にたどり着ければ、英雄になれると思っていたのだろう。
いざ帰ってみると、まるで重犯罪人のような扱いを受けることになるとは。
俺が名前も知らない剣士に思いを馳せていると、御者さんが声を上げた。
「――そろそろ、迷宮都市ハシェルに到着しますよ!」
前方を見ると、レイストンの街にも劣らない立派な街が見えた。
お昼頃にレイストンの街を出発して、日が暮れそうな夕刻に到着である。
長時間揺られていたせいか、かなり尻が痛い。
馬車から降りて、俺はとりあえずハシェルの街を散策してみることにした。
暗くなる前に宿を見つけないといけないので、あまり時間はない。
迷宮都市ハシェルは、街の中央に迷宮があり、そこを中心にして開発が進んでいったような造りになっている。
迷宮の周囲には様々なお店があり、ちょっとしたお祭りのような賑わいを見せていた。
迷宮から魔物が出てきたりはしないようで、すぐそこに魔物の巣窟があるとは思えない平和な光景だ。
『魔物食材、高く買います安く売ります』
そう看板に書かれている店を発見し、とりあえず中へ。
「いらっしゃい! 今日はどのようなご用件で?」
筋骨隆々なオヤジが、元気そうな声で聞いてくる。
「良さそうなものがあれば、買おうかと」
とりあえず、今晩の食材になりそうな物を探す。
もし俺が迷宮に潜って魔物食材を持ち帰ってくれば、こういったところに買い取ってもらうことになるんだろうな。
「これなんかどうだい? 迷宮産のオーク肉は、野山で育ったオークとは一味違うよ!」
「いえ、できればオーク肉以外のものをお願いします」
この世界の人って、わりとオーク肉を推すよな。価格と味がお手頃なのかもしれない。
俺も、別にオーク肉が嫌いになったわけではない。
お昼に食べたサンドイッチではステータスが上昇しなかったので、仮説を検証するために他の食材を使いたいのだ。
「ふーむ。となると……おっとすまねえ。買い取りの客が来ちまったから、ちょいと待ってくんな」
オヤジが俺の後ろへと視線を移す。
振り返ると、これまた厳しい面構えの男性が立っていた。
背負っている大きな袋は、中身がぎっしりと詰まっているらしく、下向きに大きく膨らんでいる。
買い取り台に中身が並べられ、オヤジが丁寧に査定していった。
切り取られた魔物食材は、それだけ見るとなかなか刺激的な絵だ。
大きな蹴爪が付いたモモ肉のようなものが丸々一本とか、まだピクピクと動いたままの尻尾とか、瓶に入っている赤黒い液体とかだ。
あれって……何の肉なんだろうか?
「えーと、コカトリスのモモ肉に、バジリスクの尻尾……おいおい、こりゃあ焦熱暴虎の血液じゃないか。こいつはもうちっと大きな商会とかに持ち込んだほうが高く売れるぞ」
「大して変わらん。ここで買い取ってくれ」
二人の会話を横で聞いていると、どうやらこの焦熱暴虎の血液というのは食材としても使えなくはないが、別の用途があるらしい。いわゆる入浴剤みたいなもので、浴槽に何滴か入れると、体が芯からほっこり温まり、傷の治りも早くなるんだとか。
お金持ちにも人気の商品で、かなり高額で取引されてるらしい。
ああ、お風呂入りたいな……さっき街を散策してるときに公衆浴場を見つけたから、お金に余裕ができたら行ってみよう。
などという思いに耽っているうちに、商談がまとまりそうになっていた。
「どれも需要のある部位だし……しめて小金貨五枚ってところでどうだ?」
「それでいい。また来るぜ」
いかにも迷宮に潜ってますと言わんばかりの屈強な男性は、取引を終えるとさっさと店を出て行ってしまう。
ああいうの、ちょっと憧れるよね。
俺は食材屋のオヤジにさっそく声をかける。
「そちらのコカトリスのモモ肉を売ってほしいのですが」
仕入れたばかりのコカトリスのモモ肉は、普通の鶏肉のものと比べると何倍もの大きさである。本体はおそらく人間よりも大きいのではないだろうか。
もちろん、モモ肉を丸々一本を購入するわけではなく、食べきれるほどの量でいい。
「あいよ! 急いで処理するから、ちょっと待ってくんなよ」
毛をむしり、骨や筋を処理してから商品として売ってくれるらしい。
オヤジが肉の下処理をしている間、邪魔にならない程度に会話を試みる。
「ところで、この街の迷宮はどんな魔物が出るんですか?」
「おお? もしかして兄ちゃんも迷宮に潜るつもりか。あまり魔物と戦うのは慣れてなさそうだが……」
装備品が布の服に包丁一本だから、そう思われるのは仕方ない。
「地下一階にはオークやスライムなんかの弱い魔物しか出ないが、迷宮ってのは何が起こるのかわかんねえ場所だから、気をつけなよ」
オヤジは励ますように笑って、コカトリスの肉を包んでくれた。
オークやスライム……か。果たして、今の俺に倒せるだろうか?
迷宮の入り口辺りをウロウロして、弱そうな魔物に戦いを挑んでみようかな。
無理そうなら、全力で逃げよう。
その後も、俺はオヤジに色々と気になることを聞いておいた。他に客はいなかったし、買い物客ということもあり、そこそこ好意的に答えてくれた。
ちなみにコカトリス肉は、百グラムぐらいの大きさの切り身で小銀貨一枚である。
……高い。
いや、さっきの仕入れ値を考えると、この量でこの価格は妥当か。
これで財布袋の残金は小銀貨一枚。
何とかして食い扶持を稼がないと、明日には宿はおろか満足に食事もできなくなりそうだ。
とまあ、そういった心配は明日するとして、ひとまず市場をぐるっと回り、食材を買い足してから宿を探す。
レイストンの街にあったような、素泊まりできる安い宿をなんとか見つけた。
建物はちょっとボロいが、庭には自由に使える竈があるので文句はない。
「よし、やるか」
作るのは、コカトリス肉を使ったシチューだ。
肉の量が少ないので、シチューで誤魔化すのだ。
料理道具をシチュー鍋に変化させ、コカトリス肉を塩胡椒をしながら炒める。
薄切りにした玉ねぎを加えてしんなりしたら、適当な大きさに切ったニンジンと芋も入れ、白ワイン少々と水を加えてグツグツ煮込む。
ちなみにこの世界には、地球で馴染みのあった野菜と非常によく似たものが市場で売られていたりする。玉ねぎ、ニンジン、芋など、微妙に形が違う気もするが、いちいち○○もどきと呼ぶのも面倒くさいので、馴染みの名前で呼ぶことにしよう。
本当ならもっと煮込むところだが、やはり蓋をしてからものの数秒で野菜に火が通ってしまった。
どこかのクッキング番組でよくある、『煮込んだものがこちらになります』と取り替えられたような気分だ。
あとは小麦粉を牛乳で溶いたものを加え、塩で味を調えてからグツグツ煮込めば完成。
ホワイトソースも作らず、味付けは塩と胡椒だけのお手軽クリームシチューであるが、鍋からはとても良い匂いがしている。
……お金に余裕ができれば、他の調味料も探してみようかな。
塩や胡椒だけだと限界があるし、そろそろ醤油が恋しくなってきた。
レイストンには港町から仕入れた魚醤が販売されていたから、どこかに醤油だって売られているんじゃないかと信じたい。
俺は故郷の調味料に思いを馳せつつ、クリームシチューを皿に注ごうとしたそのとき――
グオロロロロロロロロロロ! グゴォォォォォォォォォ!
という、まだ見たこともない魔物の鳴き声のような音が聞こえた。
……いや、俺じゃないよ?
周囲を見回すと、庭の隅っこにボロっちいテントが張られているのが見える。
宿で部屋を取るためのお金が足りず、庭先にテントを張って一晩過ごすつもりなのかな?
どうしよう。盗賊の親分みたいな人が出てきて、
『ぐっへっへ。兄ちゃん良いもん食ってんじゃねえかよぉ』
とか言われたら。
俺、襲われちゃうかもしれない。
ドキドキ。
少し緊張しながら見ていると、テントからにゅっと顔を出したのは、俺よりもずっと小柄な人物だった。
読んでいただきありがとうございます。