表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/16

第三話【バゲットサンドは旅の味】

 翌日。

 簡素な宿屋の一室で目覚めた俺は、もう一度自分のステータスを確認してみることにした。


 ――……うん。やっぱり、力のステータスは上昇したままだ。


 ということは、これは一時的なものではなく恒久的なものと考えていいだろう。

 中庭にある冷たい井戸水で顔を洗ったら、俺は検証の続きをするため、またもやレイストン市場へと足を向けた。

 昨日と同じ店――ではあるが、立て看板に書かれているのは朝食用のメニューだ。


『オーク肉のカリカリベーコンと目玉焼きの朝食セット。パンとスープ付き』


 俺は迷いなく店に入り、女将に注文を告げた。


「あいよ! ちょっと待っとくれよ」


 まもなく運ばれてきたのは、想像通りにカリッと焼かれたベーコンと、黄身だけが半熟状態の目玉焼きだった。


「あー、燻製の良い香り」


 なぜこれを注文したかというと、オーク肉が食材として使われているからだ。

 もしこれでも力が上昇するようなら、神様からもらった道具は関係なくて、オーク肉という素材そのものに力上昇効果があるということになる。


 玉子の黄身をつぶし、ベーコンにたっぷりと卵黄のソースをからませたら、焼き立てパンに挟み込んでむしゃりと頬張る。

 うまい。

 スモークチップで燻製された独特の香りが、寝ぼけた胃袋を刺激してくる。


 一口、二口と食べ進め、小休止するときは滋味あふれる野菜スープをすする。

 これもおいしい。

 数種類の野菜がクタクタになるまで煮込まれており、なんだか朝からとても贅沢なことをしている気分だ。


「――満腹満腹、と」


 朝食を食べ終えた後、俺はさっそくステータスを確認する。

 ……やはり変化なしか。

 同じ食材を使っても、力の値は上昇せず。どうやら仮説は正しかったようだ。


 ふーむ。こうなると、できるだけ自分で料理をしたほうがいいかもしれないな。

 検証を終えて店を出てから、俺は今後の方針を決めることにする。

 このままだと、あと三日もすれば手持ちの金が尽きてしまうのだ。

 無銭飲食、ダメ、絶対。


 どうにかして金を稼ぐ必要があるのだが、異世界で役立ちそうな特殊技能を持っているわけではないので、悩む。

 そうだ。

 いっそのこと、自分が作った料理を売り出してみるとかどうだろう。

 味は本職の人に敵わないかもしれないが、ステータスアップの恩恵があると知れれば、需要が生まれそうな気がする。


 さすがに軽率かな?

 この世界でステータスがどれぐらい重視されているかもよくわかってないし、不特定多数の人間に神様の料理道具のことが広まってしまうのも、やや不安だ。

 もしかすると、奪い取ろうとする人間だって出てくるかもしれない。


『でも残念! 持ち主は俺に設定されているから奪えません!』

『ひゃっはー! それなら殺してでも奪い取る!』


 ……って人もいるかもしれない。

 やだ怖い。


 えっと……俺が死んだ場合はこれってどうなるんだろう?

 誰にも使えなくなるのか、死んだ場合は所有権がリセットされてしまうのか。


『ひゃっはー! じゃあ試してみようぜ!』


 みたいな人もいるかもしれないから、ここは慎重に行くべきだろう。

 まあでも、ある程度信用できそうな人や顔見知りなんかには、料理を振る舞うのもいいかもしれないな。

 俺の食道楽とは、食べることを楽しむ道ではあるが、おいしいものを独占するような道ではない。

 うまいものは、皆で楽しめばいいんだ。


『ひゃっはー! じゃあ俺にも食わせろやコラ!』


 ……うん。相手は選ぼう。


 さて、料理を売り出す案が無理ならば、あと気になるのは東にあるという迷宮都市ハシェルだ。

 西にある港町で海の幸を楽しむというのも魅力的だが、迷宮の深層に生息している魔物たちはとても魅力的だ。おもに食材的な意味で。


 もちろん、力+1強化されたぐらいで俺は無敵だぜ! と調子に乗るつもりはないが、迷宮の浅層にいる弱い魔物には勝てるかもしれない。

 神様の包丁だって、形状によってはかなり有効的な武器になると思うし。

 神聖な包丁を武器にするなんて罰当たりな? いや、相手は食材だから。

 実際に迷宮へ潜り、魔物を狩って持ち帰っている人たちに情報を提供してもらうのもいいだろう。

 迷宮産の食材もここレイストンより豊富にあるだろうし、行く価値はある。


「よし。そうと決まればさっそく迷宮都市とやらに行ってみよう」


 レイストンの街にある東門へと早足で向かい、門付近にいた衛兵さんに尋ねてみた。


「――ハシェルに行きたいのかい? それなら乗合馬車を使うといい。半日も揺られれば着くはずさ」

「えっと、次の出発はいつかわかりますか?」

「さっき出たばかりだから、次の便は午後になるよ。12時の鐘が鳴る頃にはここに来ておくといい。ちなみに料金は小銀貨一枚だから、忘れずにね」


 愛想の良い男の衛兵さんだ。

 あ……そういえば、鑑定スキルは他人のステータスを見ることもできるのだろうか?

 もしそうなら、自分と比較して参考にさせていただきたい。


----------------------------------------------------------------

名前:ミハイル・ブリッツ

レベル20

【力】22【敏捷】15【耐久】22【器用】18【魔力】0

 スキル:〈剣術〉

----------------------------------------------------------------


 ……見えちゃった。スキル欄には剣術もあるし、確実に今の俺より強いな。


 ふーむ。

 俺があまりにジッと見つめていたせいか、衛兵さんはポッと頬を染めて視線を逸らす。

 あ、ちょっと待って。そういうんじゃないから。

 まんざらでもなさそうな感じを出さないでいただきたい。


「ハシェルで迷宮に潜ってみるつもりなんですけど、衛兵さんは魔物と戦ったことありますか?」

「もちろんあるとも。実は俺もハシェルの迷宮で魔物相手に腕を磨いた時期があってね」


 衛兵さん曰く、戦闘経験のほとんどない者でも、装備を調えておけば迷宮の浅層にいる魔物ぐらいは倒せるらしい。

 ふと思ったのだが、衛兵さんとの会話の中でレベルやステータスといった単語が出てこなかったので、鑑定スキルで自分や他人のステータスを確認できるのは、一般的ではないのかもしれない。

 この辺りも、追々調べていく必要があるな。


 色々と教えてくれた衛兵さんにお礼を言って、俺はひとまずレイストン市場へと戻った。

 馬車代は小銀貨一枚だったか……けっこう高いな。

 昨日も合計小銀貨一枚ほど使ってしまったし、馬車代を引けば残金は小銀貨三枚――3000フォルだ。

 とは思いつつ、俺は市場で鞄と水筒を購入した。

 調味料や食材をしまっておくための収納鞄が欲しかったのと、半日も馬車で揺られることになるのなら水分補給が必要と考えたからだ。

 お昼には出発ということで、お手軽ランチの材料もサクッと購入しておいた。

 これで残りは小銀貨二枚。


 そうして一旦宿に戻り、出発前の準備をする。

 中庭にある竈は出発まで自由に使っていいと言われているので、馬車の上でも食べることができる昼飯を作っておくことにした。

 市場にある女将の店で早めのランチを食べて出発してもいいのだが、どうせなら力+1の恩恵を受けたいからだ。


 またまた安売りされていたオーク肉の塊に、塩と胡椒を多めに揉み込む。

 できればこのまま半日ほど寝かせたいが、時間もないのですぐに調理してしまおう。

 ラップでくるんで茹でるのもいいが、そんな便利なものがないため、料理道具を蒸し器へと形態変化させて鍋底に水を張り、蒸し皿にオーク肉を置いた。


 蓋を閉めると、やはりブシュシュッ! と勢いよく白い蒸気が噴き出た。


「はやっ」


 ……時短ってレベルじゃねーな。

 もう少し、まったりと待つ時間があってもいいのよ?

 と思ったのだが、蒸し器は『早く蓋を開けんかい!』と言わんばかりに蒸気を出しきってしまったようだ。


 蓋を開けると、もくもくと湯気が立つ。

 蒸し豚(蒸しオーク肉?)は無事に出来上がったようで、まな板の上に取り出し、包丁でやや肉厚にカットした。

 しっかりと中まで火が通っており、中心部はほんのりピンク色である。

 味見してみると、しっかりと味がしみていた。


 味付けして寝かせる必要もないとか、もっと肉を寝かせてあげてよぉ!


 ……いや、楽でいいんだけどね。


「よし。これをこうして……と」


 蒸し豚を全部カットしたら、あとは買ってきたパンに挟み込むだけだ。

 細長いバゲットのようなパンを真っ二つに切り、具材を詰め込むために切り込みを入れる。

 そこにこれでもかというほど、ジューシーな蒸し豚を大量に挟み、市場で買ってきた葉野菜もぎゅうぎゅうに詰め込んだ。トマトもどきやチーズまで挟み込むとボリューム満点だ。


 そうして完成したサンドイッチの片方は、昨日と同じく神様へお供えした。

 待ってましたとばかりに、パッとサンドイッチが消える。


「こっちもはやっ! ……っと、そろそろ行かないと」


 サンドイッチは宿の人に包み紙でくるんでもらい、鞄の中へ。

 いざ、迷宮都市ハシェルに出発である。




 ――無事に馬車へと乗り込み、半日の旅を楽しむことにする。


「いやー、なかなか綺麗な景色だな」


 レイストンの街は広大な農地に囲まれていると言っていたが、なかなかに壮大な風景だ。

 小麦畑は美しい金色に染まり、大勢の人が収穫作業をしている光景は牧歌的で、どこか穏やかな心にさせてくれる。

 こんなところを、オークたちは襲撃してくるわけか。

 畑を荒らしにくる猪みたいに迷惑なやつだな。


 俺はそんなことを考えながら、自分で作ったサンドイッチにかぶりついた。

 厚めにカットした蒸し豚から肉汁がパンにしみこみ、固めに焼き上がったパンが少し柔らかくなっている部分が、とてもうまい。


「蒸し豚のサンドイッチ……ありですな」


 外で食べる食事って、不思議とおいしく感じる。

 レイストンの街が後方で小さくなる頃には、お昼ごはんを食べ終わっていた。


 よし、体の内側から力がもりもり湧いてくるような気が……しないな。

 え? なんでだ?


----------------------------------------------------------------

名前:ミチハル・コウサキ

レベル1

【力】6【敏捷】5【耐久】5【器用】5【魔力】0

スキル:〈鑑定〉

----------------------------------------------------------------


 やはり、ステータスに変化は見られない。

 これって……。

 神様の料理道具を使って魔物食材を調理して食べると、ステータスアップの効果が得られると思っていたが……どうやら他にも条件があるっぽい。


 うーむ。いくつか仮説は立てられるけど、今の段階だとはっきりしたことはわからないな。

 ステータスアップの法則については、今後も検証する必要がありそうだ。

 それにはまず、新たな食材を入手しなければ。


「迷宮都市ハシェルか。おいしいものがたくさんあればいいんだけど……」

読んでいただきありがとうございます。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ