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第一話【唐揚げ定食大盛りで】

 大通りに出ると、いきなり人の数が増えた。

 前世の感覚でいうと、四車線ぐらいの幅広い通りに、多くの人が行きかっている。


 歩いている人種は様々だ。

 彫りの深い西洋人や、馴染みのある東洋人のような顔立ちをしている人たち。

 身長が低いのに、やたらに体はがっちりしている人。

 厳つい顔をしているのに、頭やお尻に可愛い耳や尻尾がついている男性など。

 

 えっと……あれは付け耳とかじゃないよな? 本物の耳と尻尾だよな?

 あんな怖い顔で可愛いアクセサリを付けてる男性なんて、どこぞの遊園地にだっていないもの。

 ……亜人というやつか。やはりここは異世界なのだろう。


 あの神様を疑っているわけじゃないが、実際に目で見てしまうと実感が沸いてくる。

 ふと空を見上げると、太陽は真上にあった。

 どこからともなく良い匂いが漂ってくるので、今がランチタイムと考えて問題ないだろう。

 しばらく歩いていると、大通りがいくつかの道に分岐した。

 どっちに行ったものかと思案していると、四角い立派な石板がにょきっと生えているのを見つける。


「あっ、これ標識なのか」


 えーっと……こっちが住宅区域で、あっちが工業区域……それであっちがレイストン市場と書いてある。

 レイストン……それがこの街の名前だろうか。ともかく、市場があるのなら近くに飲食店の一つや二つあるはずだ。

 俺は石板に彫られている文字に従い、レイストン市場とやらに向かった。


 少し道路の幅は狭くなり、道の端には露天商の姿が見受けられるようになった。

 知っている野菜に似たものが売られているのを見てホッとしつつ、見たこともない食材が並べられている様子にワクワクしながら歩き続ける。


 ドリアンのような刺々しい突起がある爆弾みたいな真っ赤な果実とか、人みたいな姿をしているニンジンに似た植物など……って、あれってもしかしてマンドラゴラか?

 ゲームとか漫画でよく出てくるけど、実在する地球のマンドラゴラは毒があるから食べることができないんだっけ。

 あれはどんな味がするんだろう? 商品になっているんだから毒はないよな。


 そうこう考えているうちに、俺のお腹がグーっと鳴った。


 ……いかん。とりあえず、どこかで食事をしよう。


 そんなとき、ちょうど目の前に飲食店と思われる店があった。

 店先には、木彫りの立て看板に黒板が吊り下げられており、白チョークで本日のメニューがいくつも書かれている。


『オーク肉のハンバーグ定食。肉汁たっぷり希少部位使用』

『迷宮産ジャイアントフロッグの唐揚げ定食。ランチタイム唐揚げ増量中』

『エスト海産キングジャベリンのフライ定食。ボリューム多し! お残し厳禁』


 文字を読んでいる最中に、またもや腹が鳴った。

 普通にどれもうまそうだ。

 いや、明らかにメニューの名前に食べたことのない食材が記載されているが、これがこの世界のスタンダードだというのなら、躊躇しても仕方がない。

 俺はこれから、この世界で生きていくのだから。


 きっとオークは、ファンタジーでよく見かける豚頭みたいなやつだ。現物を見ていないから言いきれないが、豚肉と考えればポークハンバーグがまずいわけがない。


 ジャイアントフロッグだって、本格的な中華料理ではカエルの肉が使われることもあったはず。

 俺は食べたことはないが、鶏肉みたいな食感だとか。

 それを唐揚げにすればおいしいに決まってる。


 三つ目は……よくわからないな。エスト海産ということは魚の一種だろうか?

 キングジャベリン……胃袋を貫かれそうな名前をしているが、とりあえずトビウオみたいな魚という認識にしておこう。


 店先で考えるのはそれぐらいにして、俺はさっそく店に入った。

 店内はそこまで広くないが、清潔感のある内観をしており、カウンターの奥では恰幅のよい女将が忙しそうに動き回っている。


「いらっしゃい! お好きな席にどうぞ」


 俺は適当に空いている席に座り、注文を口にした。

 頼んだのは――ジャイアントフロッグの唐揚げ定食だ。

 どれにするか迷ったが、『唐揚げ増量中』というパワーワードに負けたのだ。


 ジュワワワッ!


 という揚げ物特有の油の音が店内に響き、ほどなくして唐揚げ定食が目の前に運ばれてくる。

 平皿に盛られたキツネ色の唐揚げは小山のようになっており、白飯との相性は抜群だと予想される。

 そう。定食には白飯とサラダが付いていた。

 隣の席にいた客が白飯を食っている姿を見て、料理を待つ俺は密かにガッツポーズをしたものだ。


 この世界に白米があることに感謝。

 魚のフライにはパン粉を使っているだろうから、おそらく小麦も存在する、と。

 この世界でおいしいものを食べるという望みを叶えるには、この二つは不可欠だ。

 ちなみに、料理を注文する前に財布袋から小銀貨一枚を取り出して女将に見せ、食事代に足りるかは確認済である。


 それでは――いざ実食。


 衣はサクッとした歯ざわりで、肉を噛みしめると熱々の肉汁が飛び出してきた。


「熱っ!」


 火傷しそうになったが、はふはふと冷ましながら肉を味わう。

 ……うまい。

 なんというか……肉の味が濃い。

 カエルは下処理で皮を剥ぐらしいが、この唐揚げもそのようで、脂たっぷりのジューシー唐揚げというよりかは、肉の旨味がしっかり感じられる唐揚げだ。

 やはり、白飯と抜群に合う。

 ジャイアントフロッグ……うまいじゃないか。

 最初は熱々なのでゆっくり食べていたが、ほどよく冷めた頃には、唐揚げと白飯を交互に食べ続ける動きを止められなくなった。

 気づけば、皿に盛られていた唐揚げの山は全部なくなっていた。


「――あんたは旅人さんかい?」

「え?」


 食事を終えた俺に話しかけてきたのは、女将だ。

 客が少しまばらになったことで余裕ができたのか、食器を片付けながらそんなことを言った。


「なんでそう思ったんですか?」

「最初に銀貨を見せて、これで足りるかって聞いただろ? このあたりに住んでる人間ならそんなことは聞きやしないよ。表の看板にも料金は書いてあるんだから」


 あ、そうだったの?

 すみません。メニューしか目に入ってなかったです。


「実はかなり遠くから旅をしてきたものでして、通貨の価値などを教えてもらえないでしょうか?」


 小銀貨一枚で支払いを済ませると、女将はお釣りとして大きめの銅貨を八枚手渡してくれた。


「うちの食事代は大銅貨二枚。200フォルだよ」


 ということは、この小銀貨一枚で1000フォルということか。


「小銅貨は10フォル硬貨だけど、あんまり硬貨が多くなるとややこしいから、うちはできるだけ大銅貨で支払いをお願いしてる」


 小銭が多くなると困るのは、どこの世界でも同じだね。


「銀貨は歓迎だけど、間違っても金貨なんかで支払いはしないでおくれよ?」


 女将が言うには、銀貨よりも価値が高いのはやはり金貨らしい。

 金貨にも、小金貨や大金貨という分類があり、大銀貨十枚でやっと小金貨一枚に相当するとかなんとか。

 つまり、

 小銅貨=10

 大銅貨=100

 小銀貨=1000

 大銀貨=10000

 小金貨=100000

 大金貨=1000000

 ということらしい。単位はフォル。


 なるほど……俺が持っていたのは小銀貨五枚で、それなりの価値はあるようだが、早急に金策をしないと近いうちに餓死することになりそうだ。

 仕事中の女将にあれこれ質問するのは申し訳ないので、あと一つだけ聞いてから店を出ることにしよう。


「とてもおいしい食事でした。このお店で使われている食材は、この辺りでは一般的なものなんですか?」

「もちろんそうさ。ここレイストンは土壌に恵まれた場所に人が集まってできた街だから、周囲には広大な農地がある。オークどもは繁殖期になると食べ物を求めて畑を荒らしにくるんだよ。大切に育てた農作物を荒らされちゃあたまらないから、皆で必死に守る。衛兵さんも協力してくれるし、返り討ちにしたオークがあたしらの食卓に並ぶことは珍しくないね」


 なかなか……アクティブなんだな。

 薄々感じてはいたけど、この世界において魔物が存在するのは普通のことらしい。

 ちなみに、やはり街の名前はレイストン。


「あんたが注文したジャイアントフロッグなんかは、レイストンから東にある迷宮都市ハシェルから運ばれてきたもんさ。西にはエスト海が広がっていて、港町からは新鮮な魚だって毎日届く。レイストンは豊かな街さね」


 女将さんはこの街が好きなのだろう。作っている料理からも、その気持ちがひしひしと伝わってくる。


「迷宮産として売り出しているってことは……迷宮には他にも食材になりそうな魔物がいるんでしょうか?」

「たくさんいるよ。ジャイアントフロッグなんかは浅層にいる弱い魔物だからね。中層や深層に行けば、もっとおいしい食材になる魔物がわんさか生息してるって話さ。もっとも、そういった高級食材はあたしら庶民にはほとんど縁のないものだけどね」


 女将曰く、迷宮は深くに行くほど魔物が強くなって危険度が増すため、価格的にも高くなってしまうのだとか。


「色々と教えていただき、ありがとうございます。ご馳走さまでした」


 俺はそう言って、女将の店を後にした。




「――なるほどなぁ」


 やはり、この世界には魔物が多く生息しているようだ。

 そして、一般人の農夫であってもオーク程度なら戦って撃退することがあると。

 オークって、どれぐらいの強さなんだろう?

 戦いを専門にしている衛兵が強いのは当然としても、一般人は死ぬ危険性だってあると思うのだが。


「異世界に適合させるため、体が組み替えられたせいかな……」


 言われてみれば、そんなの当たり前じゃん? みたいな気分になってくるから困る。

 ちょっと気分を落ち着かせて冷静になろう。

 食道楽を追求するにしても、死んだらおしまいだ。

 それで刺されて死んだ俺が言うのだから間違いない。

 あらためて、俺は自分のステータスを見直してみる。


----------------------------------------------------------------

名前:ミチハル・コウサキ

レベル1

【力】5【敏捷】5【耐久】5【器用】5【魔力】0

 スキル:〈鑑定〉

----------------------------------------------------------------


 当然ながら何も変化なし。戦闘力は5。

 オークに頭をかち割られるんじゃないの?


 ……とにかく、女将の話で一番興味を惹かれたのは、強い魔物ほどおいしい食材になり得るということだ。

 迷宮の深層には、そんな魔物がわんさか生息しているらしい。

 いやぁ……さっきの唐揚げおいしかったよなぁ。


 じゅるり。


 ……やばい。

 もうすでに腹がちょっと減ったような気がする。

 財布袋に残っている金額は小銀貨四枚と大銅貨八枚。

 迷宮深層に生息する魔物の高級食材は、金貨でやり取りされることもあるそうなので、とてもじゃないが足りない。


 どうにかして稼ぐか……もしくは自分で調達しちゃう?

 いやいや、それはさすがに無理か。

 しかし……。



『――君が食道楽を追求するつもりなら、たぶんあったほうがいい』



 神様は、そう言っていた。

 俺は自分の腰にある包丁の柄をぎゅっと握る。


「これの効果を、もう少し検証してみることにしようかな」

読んでいただきありがとうございます。

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