第十三話【風呂上がりのフルーツ牛乳は反則】
実際に公衆浴場へやって来ると、俺よりもティコのほうがはしゃいでいた。
なんとなくわかる。
でっかい銭湯って、なぜかちょっとワクワクするもんな。
しかしまあ、当然ながら浴場は男湯と女湯にわかれており、俺とティコは入り口付近で別れることになった。
「それでは、楽しんでくるのだ!」
「言っとくけど、湯船で泳ぐなよ」
「……もちろん心得ているのだ。ティコはそこまで子供ではないのだ!」
うーむ、ちょっと不安だ。
しかしまあ、これだけ立派な浴場だと俺とてテンションは上がる。
客が俺一人だけならバシャバシャと泳いでしまうかもしれない。んが、今はけっこうな人数がいるので大人な入浴を楽しむことにしよう。
……そういえば、古代ローマの浴場は混浴だったこともあったとか。
だけど小心者の俺としては、こうして男女別になっているほうがホッとする。
ティコはまだ子供なのでセーフティーがアンロックされることはないと思うが、昼間に訪れた薬屋のマリンさんが混浴とかで一緒に入っていたら、とてもじゃないが落ち着いて入っていられない。
あの人の前で全裸とか……――うん、解剖されかねないな。
そんな馬鹿なことを考えつつ、俺は体を軽く洗ってから湯船にインした。
肩までしっかり湯に浸かり、全身が溶けるような快感に感動しつつ、天井をゆっくりと見上げる。
大きな風呂は開放感があっていいよね。
俺は目をそっと閉じ、久々のお風呂を満喫していた。
がやがやとした喧騒と、ざばっというお湯の音。
……ん?
ふと目を開けると、なぜか真正面にいた強面のオヤジと視線が合う。
え……なんで? こんな広い湯船なのに、なんでわざわざ俺の前で湯に浸かり、じっと睨むような顔でこちらを見てくるんですか?
ちょっと待って。俺何かした?
いや、してない。
あれ……この人、どこかで見たことある気がするな。
――ああ、思い出した。
俺が初めて食材屋を利用したとき、コカトリスやバジリスクなどの高級魔物食材を売りに来ていた凄腕戦士さんだ。
風格のある強面オヤジだったから、わりと印象に残っている。
くそぅ……そっちが睨んでくるんだったら、俺だって見つめ返してやる。
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名前:バッカス・ブライト
レベル47
【力】55【敏捷】50【耐久】58【器用】60【魔力】0
スキル:〈剣術〉〈斧術〉〈槍術〉〈身体能力強化〉〈起死回生〉
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え……凄腕とは思ってたけど、本当にめちゃくちゃ強い。
なに? この人。
スキル欄も充実してるし、今の俺では足元にも及ばない強者じゃないか。
「おいっ……」
突然、強面オヤジが声をかけてくる。
はい、ごめんなさい。調子に乗ってました。
目を合わせてすみませんでした。
あ、ぼくもうお風呂出るんで、お湯を汚してすんません、てへ☆
「お前、ティコの知り合いなのか?」
……ティコ?
このオヤジは、彼女の関係者なのだろうか?。
まさか……父親とか?
いや、でもこのオヤジは猫人族ではない。
全裸だから、耳や尻尾とか隠しようもないわけで。
そういえば、ティコの家族のこととか何も知らないな、俺は。
成人しているとはいえない年齢の少女が、あんな場末の安宿(※宿の人ごめんなさい)の中庭でテントを張って泊まる生活をしていること自体、少しおかしい。
転生して世界観が一気に変わったため、別にそれも普通なのかな? と思っていたが、よくよく考えれば保護者がいても不思議ではないのだ。
ちなみに、俺の目から見てティコは中学生ぐらいの印象だ。
「別にお前をどうこうするつもりはない。俺はもともとこんな顔なんだ」
こちらが緊張しているのが伝わったのか、強面オヤジはわずかに表情を緩めて自己紹介を始めた。
「俺はバッカス。普段は迷宮に潜って魔物を狩っているから、腕にはそれなりに自信がある。ティコのやつとはちょっとした縁があってな。浴場の入り口辺りでお前と楽しそうに話しているのを見かけたから、少し興味が湧いたんだ」
別に俺は何も悪いことなんてしてないぞ。
空腹だったティコに飯をご馳走して……そこから仲良くなって、魔物と戦う手ほどきとかをしてもらったのだ。
簡単に馴れ初めを説明すると、バッカスさんはそれを興味深そうに聞いていた。
「へぇ……見知らぬ人間にいきなり施しをするなんて、お前はずいぶんと優しいんだな」
どこか小馬鹿にしたような態度で、そう言われた。
あ、なんか今のはちょっとカチンときたぞ。
「……目の前に空腹で倒れそうな人間がいて、余分な食べ物があったとしたら、それを分けるのは普通のことでしょう? だいたい、腹を空かしてグゥグゥ鳴らしている人を横目にしながら、バッカスさんは楽しく食事ができますか? 俺はできません。それに……ティコは俺が作った料理を本当においしそうに食べるんです。なんというか、こっちが嬉しくなるほど幸せそうな顔をしてね」
価値観なんて、人それぞれだ。
俺はそうしようと思ったから、そうした。
別に慈善家を気取ろうとしたわけでもない。
「……なるほど、な」
あ、やばい。
ついカッとなって、言いたいことを全部言ってしまった。
言っとくけど喧嘩を売ったわけじゃないよ? 暴力ダメ、絶対。
「――いや、さっきは悪かったな。お前がどういう人間か知りたかったから、失礼な言い方をしちまった。謝る」
「……えっと」
どういうこと?
「あいつのこと、どこまで知ってる?」
「どこまでって……」
実際、ほとんど知らない。
頑張ってお金を稼ぐために迷宮で魔物を狩っているようだが、その使い道については何も教えてもらっていない。
おいしいものを食べるのが好きで、子供っぽい面が多く見られるものの、意外と面倒見がよく、俺が迷宮で倒れたときには担いで連れ帰ると当然のように言ってくれた子。
俺が彼女について知っているのは、それぐらいだ。
「……あいつの父親はな。ここから東にあるサンディール王国の出身だ。名前はアドラという。そりゃあ腕の立つ剣士で、迷宮の深層に生息してるような強靭な魔物にだって一歩も引かない屈強な男だった」
本人からではなく、第三者であろうバッカスさんから事情を聞くのはちょっと気が咎めたが、興味がないとは言えず、俺はそのまま黙って話を聞くことにした。
「だが……アドラはやり過ぎちまったのさ。魔物を狩って金を稼ぐだけで満足してりゃあいいのに、迷宮の最奥に何があるのかなんて興味を持ち、運も味方につけて、本当に迷宮の最奥に到達しちまった」
あれ……ちょっと待って。俺、その話知ってるかも。
迷宮都市ハシェルまでの道程で、乗合馬車で一緒になった人から聞いた、ある可哀想な剣士の物語。
あれに登場する剣士の境遇と、バッカスさんが話す内容が一緒なのだ。
細部は一部異なるものの、概ねの悲劇は似通っている。
迷宮の最奥にあった魔石を持ち帰り、迷宮を崩壊させたことで、貴重な資源の宝庫を消滅させたと偉い人からバッシングされまくり、死罪になったのだったか。
いや、なんとか死罪は免れて追放されたんだっけ?
っていうか、あれってティコの父親のことだったの!?
「――……そうして、アドラは莫大な借金を背負って王国を追放された。しばらくは大陸中を放浪していたようだが、あるとき心惹かれる女性と出会って結ばれたそうだ」
そうして生まれたのが――ティコか。
「アドラは……新しくできた家族に自分の生まれ故郷を見せてやりたいんだと言っていた。だが、莫大な借金を返さないと追放された立場のあいつは故郷の土を踏むことができない。手っ取り早く金を稼ぐには、やはり迷宮に潜るのが一番だったんだろうなぁ……」
ここ迷宮都市ハシェルにやってきたアドラさんは、ずいぶんと無茶をして魔物を狩り続けたそうだ。
「俺があいつと出会ったのは、そんなときだ。とんでもない強さで、よく一緒に迷宮へ潜ったもんだが……ついていくので精一杯だったぜ。ただ、ティコの母親はあまり体が強いほうじゃなかったみたいでな、子供を生んでからは衰弱がひどかったらしい。そういった焦りもあってか、あいつは狂ったように毎日魔物を狩り続けていた。しかしある日……深層で変異種の魔物と遭遇したんだ」
万全の状態ならば、アドラさんは深層に生息する変異種の魔物が相手でも、十分勝つことができたらしい。
だが、蓄積した疲労が足枷となり、変異種の魔物との戦いで深手を負ってしまった。
「俺もその場にいたが、どうすることもできなかった。上級ポーションも全て使い切ってたからな」
そうして、アドラさんは迷宮の奥深くで命を落とし、バッカスさんは形見の品として二本の短剣を持ち帰ったという。
夫の死を告げられた妻は、もともと衰弱していたこともあり、ほどなくして後を追うように亡くなったそうだ。
ということは、ティコにはもう両親がいないのか。
……そうか。
「ティコが持っている短剣は、俺が形見の品として家に届けたもんだ。あいつが一丁前の格好をしてハシェルの迷宮に潜ろうとしてるのを見つけたときは、さすがの俺も驚いたぜ。いったいこんなとこで何してんだ!? ……てな」
バッカスさんは、そのときの光景を思い出すかのように遠い目をして、にかっと笑った。
強面の人が笑うと余計怖くなるよね。
いや、こんなときにごめんなさい。
「あいつはこう言ってた。父親の残りの借金を返すことができれば、サンディール王国も父親を許してくれるはず。そうすれば、胸を張って故郷に帰してあげることができる……とな」
ティコが頑張ってお金を稼いでいるのには、そういった理由があったのか。
追放されたまま亡くなったんじゃ、故郷に墓を建ててあげることもできないものな。
あ、やばい。
俺けっこう涙腺弱いのよ。やだ、こういう話やだ。
「そんなこと聞いちまったら、放ってもおけないだろう? 金を工面するのを手伝ってやろうかと言ったら、はっきりと断られた。……自分で稼ぐんだとよ」
バッカスさんは、ちょっとだけ悲しそうな顔をしていた。
ともに迷宮へ潜った戦友の娘に、頼ってほしかったのかもしれない。
「……つーわけでだ。俺はあいつが元気そうにやっているのなら文句はねえ。明るく振る舞ってるから年相応に子供っぽく見えるが、考え方はしっかりしてる。人を見る目も……そう悪くなさそうだ」
「あの……さっき、俺がどういう人間か知りたかったと言ってましたよね。もし、良からぬことを企んでいる人間だと判断されていたら、どうなってたんでしょう?」
「うん? ああ……たぶん、ぶっ殺してたな」
あ、これ本気で言ってますね。
公衆浴場が真っ赤になってた可能性もあったと。
やだ怖い。
……ふーむ。この人はこの人なりに、陰ながらティコを見守っていたんだろう。
強面のオヤジだが、義理堅いというか何というか。
そういうの、格好いいと思います。……全裸だけど。
「ふう……ずいぶんと長風呂になっちまった。時間を取らせて悪かったな」
「いえ、俺も興味深い話を聞かせてもらったので。そうだバッカスさん。風呂上がりにちょうどいい飲み物があるんですけど、いかがです?」
――公衆浴場の販売所には、風呂上がりに飲めるように様々な飲み物が販売されていた。
注文が多いのは酒類のようだが、俺は敢えて牛乳を二つ頼んだ。
井戸水で冷やしたのか、それとも魔導力機関が内蔵された機械で冷却したのか、手渡された牛乳はわりとよく冷えている。
俺はこっそりと冷蔵庫からキンキンに冷えたグレイブジュースを取り出して、牛乳と混ぜた。
ジュースは、風呂上がりに飲もうとあらかじめ用意していたものだ。
「どうぞ。風呂上がりにこれは最高ですよ」
俺は、完成したフルーツ牛乳をごっきゅごっきゅと飲み干した。
バッカスさんも、それを真似するようにしてごっきゅごっきゅと一気飲みする。
「「……ぷはぁ!」」
……うまい。
風呂上がりのフルーツ牛乳って、なんでこんなにうまいんだろう。
バッカスさんは、名前からしていかにも酒豪といった雰囲気だが、フルーツ牛乳はお口に合っただろうか。
「ティコは……お前が作った料理をおいしそうに食べると言っていたな。その気持ち、今の俺にはちょっとわかるぜ」
バッカスさんは、にやっと笑みを浮かべた。
満面の笑みだったのかもしれないが……ちょっと怖かったのは内緒だ。
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