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第十二話【グレイブポーション】

 完成したグレイブポーションは、果たして買い取ってもらえるのだろうか?

 とりあえず、回復ポーションを販売しているお店に行って聞いてみよう。


 そう考えた俺は、街の大通りをきょろきょろしながら歩いていた。

 あっちが武器防具の店で……おっと、あれかな。


『各種ポーション、御入り用の方は当店へ』と書かれた看板には、魔女の大釜のような絵が彫り込まれている。


 ……ポーションの調合って釜でするのかな?


「いらっしゃいませ! 何をお探しですか?」


 ひっひっひ、とか言いそうな老婆がポーションを販売しているのかと思いきや、店員さんは美人なお姉さんだった。回復ポーションを飲まなくても癒やされるんじゃないか? と思ってしまうほどだ。

 店内には、たくさんの瓶が所狭しと並べられている。

 中に詰まっている液体が、赤やら青やら黄色やら様々な色をしているので、いかにもそれっぽい雰囲気を醸し出していた。


「ここは回復ポーションなんかを売っているんですか?」

「はい、もちろんです。上級ポーションは少々値が張りますが、お手頃な価格で購入できるポーションも数多く揃えていますよ」

「買取とかもやっているんでしょうか?」

「もちろんです。何かお売りになりますか?」


 俺はグレイブポーションが入っている小瓶を一つ、テーブルの上に置いた。

 全部で十個作ったので、まずは効果のほどを確認していただきたい。


「これは……もしや、あなたが調合したんですか?」

「はい。自作の回復ポーションです」


 やっぱり駄目かな? 個人が作った物をいきなり売ろうとするなんて。


「そうなると、効果を確認してみないことには買取できませんが……この一本は確認用に使用してもよろしいですか?」

「もちろん、大丈夫です」


 そう言うと、店員さんは瓶の蓋を開けて匂いを嗅ぐ。


「へぇ……これってグレイヴの果汁を混ぜてあるんですね。とっても良い香りです。ポーションって基本的に味のことを考慮せずに作られていることが多いのに……今度作るときはわたしも工夫してみようかな」


 おっと、やはり匂いだけで原材料がバレてしまったか。


「あ、すみません。実はわたしも自分でポーションを調合しているんですけど、おばあちゃんからこの店を継いだばかりなので、まだまだ腕は未熟なんですよ。こうやって他の人が作ったポーションに教えられることも多くて」


 そうなのか。となると、店内にあるたくさんのポーションは全部この人が調合した物なのだろうか?


「大部分はそうですけど、商会から仕入れたポーションなんかも置いてありますよ。調合法を秘密にしている薬師も多いので、そういったものは勉強も兼ねて仕入れるようにしているんです」


 ……なるほど。前世でいうところの特許制度みたいなものがないから、薬師は調合法を秘匿しつつ、日々研鑽を積んで自分なりのポーションを調合しているらしい。

 それなら俺の自作ポーションも、効果が認められれば販売してもらえるかもしれない。


「それでは、ポーションの効果を確認させていただきますね」


 店内の奥にあった扉を開け、店員さんはポーションを持ったまま部屋を移動する。

 ちらっと奥の部屋を覗くと、調合用の釜や、たくさんの薬草が棚に並べられているのが見えた。すり鉢で粉状にされた薬草の粉末や、よくわからない動物の角など、いかにも調合用の研究室といった感じだ。

 店員さんがポーションを試飲するのかと思いきや、そうではないらしい。


 ……そりゃそうか。見知らぬ男が持ってきた自作ポーションを、いきなり飲み干すのはいささか不用心というものだ。

 となると……アレか。

 視界の端に、檻に閉じ込められているネズミのような生き物が見えた。

 モルモットみたいに、つぶらな瞳をしたやつだ。


「キュキュ?」


 やだ可愛い。

 ああいう小動物って、本能的に守ってあげたくなるよね。


「キィィィィッ!」

「はーい、ちょっと痛いけど我慢してね」


 ……ですよね。

 まずは動物実験というのが、基本ですよね。


「キィィッ! キキィィィッ! ……キッ? キュキュ?」

「……なるほどね。これぐらいの傷なら一瞬で完治するってわけかぁ。それなら、これはどうかな~っと」


 ――……いや、まあ、店員さんの笑顔が少し怖くなってきたので、詳しい描写はやめておこう。

 とにかく、俺が持ち込んだポーションの効果はしっかりと検証された。


「さっぱりした甘みもあってごくごく飲める……これは新しいポーションね!」


 最後には、店員さんが自ら飲んで効果を実感していた。

 研究熱心な人だ。


「あ……すみません。わたしったら、研究のことになるとつい興奮しちゃって。あなたが調合したこのポーションですが、中級ポーションといえる品質になりますね。普通は余分なものを混ぜると効果が落ちるのですが……これは飲みやすさと治癒効果が見事に両立されています。きっと人気が出ると思いますよ」


 余分なものというか、それほとんどグレイブジュースの効果なんです。

 むしろ薬草のほうがオマケといいますか……。


 ちなみに、上級ポーションは致命傷のような大怪我でも一瞬で治癒してしまうらしいが、さすがにそこまでの効果はないみたいだ。

 しかし、値段がお手頃でそれなりの治癒効果を望める中級ポーションは需要が高いらしく、すぐに売り切れるだろうと太鼓判を押された。


「わたしはこのお店を経営している薬師のマリンといいます。もしよろしければ、さきほどのポーションは全て買い取らせていただきます」

「あ、ミチハルといいます。よろしく。さっきのポーションがこれだけあるんですけど、全部でいくらぐらいになりますか?」


 俺は鞄から、残り全部のポーションを取り出してテーブルの上に並べた。


「そうですね。ポーション一つが大銀貨一枚として……全部で大銀貨九枚で買取させていただきますが、どうでしょうか?」


 ……マジっすか。

 グレイブの実を薬草と一緒にジューサーで搾っただけなのに、そんな大金を手に入れていいのかな。

 ドキドキ。


 たしかに、一番安い薬草の束でも小銀貨一枚したから、様々な薬草を調合して作るポーションが高価になるのは仕方ないのかもしれない。

 うん、仕方ないことだ。

 店内に置いてあるポーションには値札や効果が記載されており、概ね中級ポーションは大銀貨二枚から高くて三枚という価格で売られている。

 ならば、初見の相手からの仕入れ値として大銀貨一枚は妥当だろう。


 俺自身が直接販売したほうが利益出るんじゃないのかって?

 路上で怪しげな薬を売ってる男を、誰が信用してくれるというのか。

 たぶん捕まる。


「ミチハルさんが今後もわたしの店にポーションを卸してくれるのなら、オマケして大銀貨十枚をお支払いさせていただきますが」

「売ります」


 はい、売っちゃいました。

 大銀貨十枚――つまりは小金貨一枚だが、高額貨幣だと使いにくそうなので、銀貨で支払いをしてもらい、俺の財布袋がずしりと重くなった。

 口元がちょっとにやける。


「ミチハルさんとは今後も良いお付き合いができるよう、願っていますね」

「はい、こちらこそ」


 俺はマリンさんと固い握手を交わしてから、店を後にした。

 マリンさん……研究に没頭してるときはちょっと怖いけど、今後も定期的にポーションを売りに行くことにするか。


 ――モルモットたちよ、強く生きてくれ。




 さて、そこそこの大金を手に入れたのはいいが、何をしようか。

 ああ……そういえば、もうちょっとマシな防具を買ったほうがいいかもと思ってたんだっけ。

 武器や盾は包丁や鍋の蓋があるので必要ないが、さすがに防具は購入するしかない。

 俺は武器防具が売られている店に入り、適当な防具を見繕うことにした。


 鎧などもピンからキリまであるようで、数百万フォルもする超高級鎧もあれば、今の俺でも買えるお手頃なものもある。

 俺が購入したのは、厚めの布地をふんだんに使用した丈夫な布の服に、胸部や肘、膝などを守ってくれる革製の部分装甲だ。

 あとは、足首までしっかりとガードしてくれる動きやすい革のブーツも購入した。

 特に希少な材料を使用しているわけではないが、縫製がしっかりしているので、これで大銀貨五枚ならお買い得だろう。

 初期装備の布の服に比べれば、防御力は雲泥の差だと思う。


 満足な買い物をしてお店から出ると、そろそろ日が暮れそうになっていた。

 とりあえず宿に戻ってみたものの、まだティコは迷宮から戻っていないようだ。

 夜ごはんの食材、持って帰ってくるって言ってたからな。

 帰ってくるのを待つか。


 ……ただ待っているのもアレなので、手が空いたときにはグレイブポーションを作製しておくことにする。

 冷蔵庫の中には、まだまだグレイブの実がたんまりある。

 混ぜ合わせる薬草と空き容器さえあれば、中級ポーションを作り放題だ。

 せっせとグレイブポーションを作り、冷蔵庫へしまいこんでいると、後ろから元気いっぱいの声が聞こえた。


「帰ったのだ!」

「お~、おかえり」


 声でティコだとわかったが、振り返ってみると体中泥まみれの少女が立っていた。

 田んぼの中に頭から突っこんだじゃないかと思うほどだ。


「ティコ……だよな? なんでそんな汚れてるんだ?」


 どうやら迷宮の地下二階には、沼地のような地形になっているフロアもあるのだという。

 そこで転んだりしたのかな?

 俺が午前中に探索したのは密林のようなフロアだったのだが、迷宮内部は本当に様々な環境が構築されているようだ。

 ……やはり、生息している魔物に合わせて迷宮が環境を整えているのかもな。


「これを持って帰ってきたのだ」


 ティコが袋から取り出したのは、どこかで見たことのあるような魔物の脚だった。

 やたらと筋肉が発達している太ももは、まだ微かにピクピクと動いている。

 これ……もしかしてカエルの脚じゃね?


「ジャイアントフロッグの脚なのだ。今日の夜ごはんの食材なのだ。沼地で大量繁殖していたから、たくさんたくさん狩ったのだ」


 なるほど。沼地でこいつと戦闘したから、こんな泥まみれなわけか。

 ジャイアントフロッグ……ちょっと懐かしい。

 アルダイルに転生してすぐ、レイストンの食堂で食べたやつだ。

 まあ、わずか数日前の出来事ですけども。

 唐揚げ増量の大盛り定食は、見慣れない異世界でどこか安心感を与えてくれた。


 自分で調理したことはないので、またお目にかかりたいと思っていたカエル肉である。

 さて、どんな料理を作ろうか。


「……と、その前にティコはまず体を洗ったほうがいいな。さすがにそんな状態でずっといるわけにはいかないだろ」

「別に構わないのだ。これで十分なのだ」


 そう言うと、ティコは宿の中庭にある井戸から水を汲み上げ、頭からバシャっとかぶって泥を洗い流した。

 濡れたままの体を観察すると、ところどころに傷がある。


「……けっこう怪我してるじゃないか。ほら、これ飲んでみ」


 俺は作ったばかりのグレイブポーションをティコに飲ませた。

 打ち身や擦り傷などの小さな怪我が一瞬にして綺麗に治る。


「ひんやりしてて甘くておいしいのだ。でも……ちょっと苦いのだ」


 それはね、たぶん薬草を混ぜ込んであるからだよ。

 でもそれで苦いというのなら、ティコが一般的なポーションを飲むとどんな反応をするんだろう。ちょっと気になる。


「回復ポーションが惜しいわけじゃないけど、あんまり無茶はするなよ」

「う~、でも今日はとても調子が良かったのだ。いつもならあれだけの数を相手にすると苦戦するはずなのに、全部倒すことができたのだ!」


 そう言って、ティコは今日稼いだ分の魔石を袋から取り出して見せてくれた。

 ざっと数えただけでも、魔石は三十個以上ある。

 え、すごっ……午後だけでこんなに集めたのか。


「ティコは頑張ったのだ!」


 頑張る理由――お金を貯めるのが目的と言っていたが、頑張りすぎて倒れてしまってはよろしくない。


「たしかにティコは頑張ってるけど、たまには休むことも必要だと思うぞ」


 ぽんぽん、と少女の頭を叩く。


「井戸水を頭から被るとか、そのままだと風邪を引くだろ。そうだな……夜ごはんを作る前に風呂にでも行くか?」


 ゆっくりと体を温めれば、疲れも取れる。

 というか、俺もお風呂に入りたい。

 迷宮都市ハシェルには、公衆浴場なるものが存在しているのだ。

 高級宿にはお風呂が併設されている場合もあるが、ここのような安宿にはお風呂なんてない。

 ぜひとも、熱々の湯に肩までしっかり浸かりたい。


「別に、ティコはお風呂なんて入らなくても大丈夫なのだ」

「悪いけど、お風呂に入らないと今日の夜ごはんを作れる気がしない」

「わかったのだ。ティコも一緒に行くから、お風呂に入ってゆっくり体を休めてくるのだ」




 ――迷宮都市にある公衆浴場。

 公衆浴場と聞くと、前世の感覚でいくとスーパー銭湯みたいな場所をイメージしてしまうが、ハシェルにある浴場は古代ローマで建造されていたような外観をしている。


 なんだっけ……あれ。

 ああ、テルマエだ。

 建物の前は、本日の仕事を終えた多くの人たちが疲れを癒やそうと集い、賑やかな様子だ。


「ハルっ、早く行ってみるのだ!」


 なんだかんだ、ティコもかなりテンションが上がってきたようである。

 異世界の公衆浴場か……ちょっと楽しみだな。

読んでいただき感謝です。

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