第九話【旨辛テールスープと〆のリゾットは最強】
メインとなる食材を買うために、俺とティコは食材屋のドアを叩いた。
店内には様々な食材が並べられ、値札がさげられている。
「あの肉、まだピクピク動いているのだ」
ティコが指を差した先には、まだ微かに動く尻尾が置かれていた。
あ……これ、たしか昨日も見たぞ。
「これは中層に生息しているバジリスクという魔物の尻尾だ。肉質は少し固めだが、しっかり煮込めば柔らかくなるし、栄養をたっぷり含んでいるから、滋養強壮にいいとされている。かなり高価ではあるが、とても人気がある部位なんだ」
食材屋のオヤジもお勧めの食材なんだそうな。
見た感じ、表面は角質化した硬そうな鱗に覆われており、言われたように肉質は固めな印象を受ける。煮込めば柔らかくなって栄養たっぷり……ということは、牛スジみたいな調理法で食べるとおいしくいただけるのだろうか。
「バジリスクって、どんな魔物なんですか?」
まだ迷宮初心者なので遭遇することはないだろうが、せっかくだし聞いておきたい。
……――ふむふむ。
バジリスクは、オヤジ曰く大型のトカゲのような外見をしている魔物らしい。
動きが素早く、鋭い爪で獲物を切り裂く危険な魔物なんだとか。
が、意外と臆病なところもあるらしく、自分よりも強い敵と出会ったときなんかは、すたこら逃げ出す習性を持っているそうな。
捕まりそうになると尻尾を切り離して一目散に逃げるので、本体を仕留めるのはなかなか難しいらしい。
中でもちょっと面白かったのは、実はバジリスク本体よりも尻尾のほうが栄養豊富でおいしいという話だ。
もしかすると、自分を狙っている相手が尻尾に惹きつけられている間に逃走できるよう、栄養分を尻尾に集中させているのではないだろうか。
体の中で一番栄養たっぷりのおいしい部分を差し上げまずので、どうか命ばかりは見逃してください……みたいな?
魔石狙いの人間は、それでも尻尾を無視して本体を仕留めに行きそうな気もするが、食材が目当ての人間や、バジリスクを捕食するような魔物相手には効果的かもしれない。
「なんでも、迷宮の外に生息している野生のバジリスクを捕まえて、尻尾を大量生産する方法も研究されてるみたいだぜ?」
尻尾の再生速度はかなり早いらしいので、どんどん餌を与えて尻尾を再生させ、食べ頃になれば切り取るらしい。
いわば養殖物ってところか。
なんだか……前世でも似たような感じの食べ物があったような気がするな。
あちらは肝臓だったけども。
……バジリスクさんも大変だな。
俺は尻尾だけになった魔物に軽く同情しつつ、天然物を料理するべくバジリスクの尻尾を購入することにした。
少量でもけっこうなお値段で、尻尾肉の代金として大銀貨一枚を支払う。
「あいよ! 尻尾肉だけじゃなく、サービスで骨も一緒に包んどいたぜ。これがまたいい出汁が出るんだよ」
今日は赤スライムの魔石を高額買取してもらったし、資金は潤沢だ。
欲しいものを我慢する必要のない買い物は、気分が躍る。
「ティコも半分払うのだ。だからハルの料理を食べさせてほしいのだ」
「ああ、もちろん」
別にお金はいらないのだが、ティコにはティコなりのこだわりがあるらしく、小銀貨五枚は大人しく受け取っておくことにした。
どんな料理にするかを決定したら、残りの必要な材料を市場で買ってから宿へと戻る。
――買い物から戻り、さっそくバジリスクの尻尾肉をまな板の上に置いた。
さすがに、もう動いてはいない。
びっしりと生えていた鱗は、食材屋のオヤジが大根の皮を剥くかのように綺麗に取り除いてくれていた。
包み紙にくるまれていたのは、適度な大きさの肉が数切れと、尻尾の中心にあったであろう太い骨の一部だ。
肉をつんつんしてみたが……たしかに、肉質はかなり固めだな。
そのまま軽く焼くだけでは、噛み切れないほどの弾力がありそうだ。
野菜などの材料を切り終えたら、俺は料理道具をスープ用の鍋へと変化させた。
オークの脂を一欠片溶かし、まずは尻尾の骨をじっくりと炒める。
そこへ水をたっぷり加えてから、ぐつぐつと煮込み始めた。
「うぅ……とても良い匂いがするのだ。ティコのお腹がグゥグゥ鳴りそうなのだ。それは何をしてるのだ?」
「尻尾の骨から出汁を取るんだよ。食材屋のオヤジも、おいしい出汁ができるって言ってたからな」
アクがぶくぶくと表面に浮いてくるので、それらを綺麗にすくい取る。
何度かアクを取り除くと、透き通るような黄金色の出汁が完成したので、ちょっと味見をしてみた。
調味料を何も加えていないのに、なんともいえない深みのある出汁だ。
この短時間で骨髄なんかが全部溶け出したのだろう。
完成した出汁から骨を取り出し、バジリスクの肉を放り込んで、さらにぐつぐつと煮込んでいく。
またまたアクが浮かんできたので、それらを全部すくい取り、一旦鍋の蓋を閉めた。
「そろそろ……かな」
十秒ほど経過した頃合いで、火の通り具合を確かめようと蓋を開けた。
白い蒸気がふわっと宙に溶けて、食欲をそそる香りが鍋から一気に噴き出す。
さっきまでガチガチの固さだった肉は、木ベラを押しつけただけでほぐれてしまうほど柔らかくなっていた。
……さすがですね。
なんというかもう、料理道具に敬語を使ってしまいそうになる。
『俺様に任せておきな!』
とか、喋ったらどうしよう。もはや驚かないけど。
肉にしっかり火が通り、柔らかくなったところで、準備しておいた大量の野菜を鍋の中に加えた。
骨から旨味を抽出した出汁、その出汁で肉がほろほろになるまで煮込み、さらに野菜をたっぷり投入してやれば、そんなのおいしいに決まってる。
グギュゥゥゥゥッ!
「あ、あぁぁぁぁ……我慢してたのに、鳴っちゃったのだ……」
ティコは、微かに頬を赤く染めながらお腹を抑えている。
天真爛漫な少女といえど、やはりティコも女の子なんだな。
野菜に火が通ったら、最後に塩で味を調えてやった。
「あ、そうだ。せっかくだからこれも」
俺は赤スライムから作ったレッドスパイスを一摘みだけ、バジリスクのテールスープに加えてみる。
ほんのりとスープの色味が赤くなり、香辛料の良い香りが鼻腔を刺激した。
いやこれ……絶対うまいと思う。
俺の料理の腕とかではなく、料理道具の性能と、食材に感謝である。
ピリ辛テールスープが完成し――いざ実食。
神様へのお供えも忘れず実行し、ティコのお皿にたっぷりとスープを注いで手渡してあげた。
「いただきます、なのだ!」
「ほい。いっぱい食べていいぞ。まだお楽しみはあるからな」
そう言って俺も自分のお皿へスープを注ぎ、ごくりと一口。
……うめぇ~。
尻尾にぎゅっと詰まった栄養が、全部溶け出してる。
ほろほろの肉は噛むと溶けてしまいそうなほどで、ゆっくりと味わう前に飲み込みそうになった。上顎に押しつけるだけでも肉がほぐれ、旨味が口の中へ広がっていく。
レッドスパイスを少量加えたのも正解だったようで、ピリッとした辛味が食欲をさらにそそり、ティコと晩餐の会話をすることなく、ひたすらスープを飲み続けてしまった。
「はふはふ……この辛味がクセになるのだ」
満たされた顔でスープを飲み干したティコは、しかしまだ満腹というわけではなさそうだ。
「ちょっと待ってろよ」
俺は鍋に残っていたスープを木の皿に移し替え、スープ鍋をフライパンに変化させて生米を投入した。
フライパンで生米を炒めながら、ピリ辛スープを少量ずつ加えていき、出来上がったのは具材たっぷりのリゾットである。
肉と野菜の旨味をたっぷり吸い込んで膨らんだ米は、ボリューム満点だ。
さらにそこへ市場で買ってきたチーズをまぶしてやれば、ピリ辛チーズリゾットの完成である。
チーズのまろやかさで辛味がマイルドになるので、さっきとはまた違った味わいになってるんじゃないかな?
「ほいよ」
「こんなの食べちゃうのだ。止まらないのだ」
むっしゃむっしゃとリゾットを頬張るティコを見ながら、俺もリゾットを食べる。
自分が作ったものを喜んで食べてもらえると、こちらも食が進むというものだ。
……うま。
リゾット最高。
鍋の〆雑炊とか、〆ラーメンとか、〆リゾットとか、なんでこんなにうまいんだろうね。
よし。
恒例のステータス確認をしておきますか。
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名前:ミチハル・コウサキ
レベル2
【力】9【敏捷】11【耐久】9【器用】11【魔力】3
スキル:〈鑑定〉〈火魔法〉
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すご。
さすがは養殖の研究までされているバジリスクさんだ。
全ステータスが+2されている。
どれどれ、ティコのほうも順調に伸びているかな。
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名前:ティコ
レベル4
【力】8【敏捷】17【耐久】8【器用】16【魔力】3
スキル:〈剣術〉〈火魔法〉
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いやはや、相当強化されてるな。
食事を終え、満腹になったお腹をぽんぽんと叩きながら、ティコは元気そうにジャンプしてみせた。
「なんだか、すごく体の調子がいい気がするのだ。今なら、もうちょっと深い層にいる魔物にも勝てるかもしれないのだ!」
「そういえば……ティコは地下何階ぐらいまで潜れるんだ? 今日は俺に付き合ってくれたから、地下一階の魔物としか戦わなかったけど」
「ティコはそんなに強くないのだ! 一人だと、安全に倒せるのは地下二階の魔物ぐらいまでなのだ。これからに期待なのだ!」
そう、元気いっぱいに答える少女。
なんとなく突進していきそうなタイプと思っていたが、ティコはしっかり自分の力量を把握しているようだ。雰囲気だけで判断してごめんなさい。
となると、地下二階の魔物を狩るほうが稼ぎがいいだろうに、付き合わせて申し訳ない。
「それなら、明日は地下二階に潜ってみたいんだけど」
できるだけ早く、もとのフィールドで魔物を狩れるようにしてあげたい。
俺も地下一階に生息している魔物は料理して食べてしまったので、新たな食材を求めるのなら、攻略階層を進めていかないと。
「わかったのだ。ハルだったら、地下二階にいる魔物とも十分戦えると思うのだ」
それを聞いて安心した。
まあ、変異種なんかの危険はイレギュラーとして存在するが、そのときはそのときだ。
「それと、ティコは魔法について何か知ってるか?」
「詳しくは知らないのだ。魔法は素養のある人にしか使えないと言われているのだ。ティコには魔力がないらしいから、魔法は使えないのだ」
いや、今は少しだけ魔力ありますけどね。
素養のある人……というのは、魔法スキルを所持している人ということかな。
魔法を使う条件というのは、使いたい魔法に該当するスキルを所持していることと、それなりの魔力を有している、という二つの可能性が高い。
スキルっていうのは、後天的に発現するのが普通なんだろうか?
まあ、俺の場合は料理を食べて入手するという異例なケースなんだろうけど。
仮に練習することでスキルを取得できるのだとして、剣術とかの武芸スキルはなんとかなりそうだが、魔法はそもそも魔力がなければ練習すらできなさそうだ。
料理を食べて上昇するまで、魔力値はずっとゼロのままだったし、自然に成長するような雰囲気ではなかったように思う。
あれ? そうすると、やっぱりこの赤い粉末はかなりヤバい代物じゃね?
『あと引く感じでクセになるぅ! 鼻からシュッと吸い込むだけで君も魔法を使えるよ☆』みたいな感じで売り出したら、すぐ捕まりそうだ。
……うーむ。それは冗談にしても、せっかく魔法スキルと魔力の両方を手にすることができたわけだし、ぜひとも有効活用したい。
どこでも火を出すことができれば、迷宮内でも簡単な料理ぐらいできそうだしな。
「そっか。じゃあ、魔法については自分で調べてみることにするよ」
「でもでも、基本的な魔法の名前ぐらいはティコも知ってるのだ。あのスライムの変異種が攻撃してきたのは、たぶん〈ファイアーボール〉という火魔法なのだ」
――ほほう。
読んでいただき感謝です。




