痛み
死ぬ寸前では不思議な体験をすると聞く。
例えば車に轢かれる寸前、車は時速50から60km/時とする。その場合、轢かれると感知してから轢かれるまでにはかかる時間は一瞬。だがその一瞬を遅く感じ、過去の出来事を思い出す事がある。…走馬灯だ。
これは過去の出来事からその場を対処する方法を脳が無意識に探しているから起きる事であると言われている。
現在の俺にも走馬灯が見えていた。
スケルトンが俺の顔面めがけて剣を振り下ろしきるまでの実に1秒の間、俺は今まで蓄えた膨大な知識の中からどう避け、どう逃げるかを探していた。
しかし過去に同じ経験なんてした事は無い。似たような経験もない。だいたい経験していたら死ぬんじゃないか?
走馬灯のシステムって破綻しているような気がする…
そんな愚痴思考に費やし0.5秒程無駄な時間を過ごしてしまった。
その時すでに剣は半分降りてきていた。
ーー死ぬ。
俺は来たるべき時を否定するように目を閉じた。
加速した世界で俺はコンマ以下の秒数を数えながら最後まで諦めずに考えた。
0.1、動くほうの足で足払い…いや、おそらく払える程の威力がでない。
0.2、首を横に動かすか…?肩から斬撃が入るだけだ。最悪心臓…。
0.3、腕で受けるが最善。いや骨まで切られて仕舞えば最悪だ。
0.4…0.5。
答えが見つからぬまま時間が過ぎた。
額に鉄の冷たさを感じる。剣の切っ先だろう。
これから俺は死ぬのか…?このまま下がってくる刃がゆっくりと額を切り裂き頭蓋骨まで到達する。そして頭蓋骨を破り脳へ…そこで俺の意識は終わる…。
「…………」
覚悟をして待つが、その時は来なかった。
俺が恐る恐る目を開けると、視界に剣先が映った。その剣は俺の額を切りつけた後、頭蓋骨を破ることなくそこで止まっていた。
「な、なんだ?」
「生きてた…間に合ったみたいね…」
急にお腹のあたりから女性の声が聞こえてきて、驚いた俺は少し体が跳ねた。
「痛っ!」
反動で額の傷に触れたままの剣が動いて痛みが走る。
痛みを堪え、声がした方向へ目線だけを下げてみると、
「貴方は…?その手…!大丈夫か?!」
女性が手でスケルトンの斬撃を止めていた…刃を握って。
その刃を握っている手からは俺の足と同じくらいの出血をしている。
「とりあえず逃げて!もう持たない!」
彼女はふっふっと細かく息をしながら剣を支えている、スケルトンは手のひらごと俺を叩き斬るつもりなのか力を緩める気は無いようだ。
俺は言われた通りに動くほうの足で地面を蹴って横に転がる。その瞬間、自分の頭があったところにスケルトンの剣が突き刺さった。彼女が手を離したのだ。
「大丈夫か?!」
「私の心配よりまず自分の心配しなさい!」
彼女はそう言って後ろに飛んで距離を取り、着ていたローブの袖を引き千切ってそれを手に巻きはじめた。
スケルトンは俺よりも彼女の方が強力だと判断したようで、彼女の方にかしゃかしゃと音を立てながら近寄る。
「嘘でしょ…?」
後ずさりしながら呟く彼女。
「流石に一人でスケルトンは無理よ…。」
この時、導き出される結論は一つ。彼女は勝てない戦いに見ず知らずの俺を助けるためだけに飛び込んで着てくれたのだ。
俺はその恩を返す義務がある。
どんどん距離を彼女へと詰めるスケルトン、時間はあまり残されていない。
幸い少し呼吸が整った。足は変わらず激痛だが、少し慣れてきている。これならギリギリ動けそうだ。
「こっちだ!」
俺はスケルトンに向かって石を投げつける。倒すわけじゃ無い。ヘイトをこちらに向けるためだ。
「なんで…!?早く逃げないと私が来た意味がなくなるじゃない!」
血が溢れる手を抑える彼女が叫ぶ。たしかに彼女からするとせっかく助けたのに、と言うところだろう。
だが、俺も命の恩人を放ってはおけない。幸いさっきよりかは体も動く。
「…助けてもらって悪いんだけど、もう一つお願いを聞いて欲しい。」
俺はスケルトンに石を投げつけつつ、話す。かしゃかしゃと近づいてくる速度に合わせて、できる限りの速度で距離を保ち続ける。この保っている距離はスケルトンの攻撃範囲ギリギリ外だ、これ以上詰められれば容赦なく攻撃されるだろう。
「多分今から俺は気絶するから、街まで運んでくれないか…?」
「ちょ、どういう事!?」
「説明している時間はないんだ…頼んだよ!」
何故彼女一人に俺が運べると思うか?
それは彼女が土魔法『エリアテンション』の使い手だからだ。彼女が最初に立っていた場所に不自然に濡れた土が落ちていた。
エリアテンションは土中に潜って移動する魔法で、低レベルで覚える夜移動するには必須の魔法だ。つまり濡れた土はその魔法によって体に着いたものだろう。
しかしこの魔法は連続で使えず、マージンタイムが60秒ほど存在する。俺は今その時間を稼いでいる。
「そろそろだな…」
俺は50秒数えたあたりで石を投げるのをやめてスケルトンに近づいて行く。
今からやろうとしているスケルトン攻略法はペインセーフティありきのもので正直気が乗らないが、この場を切り抜けるにはするしかない。
「カタカタカタ」
俺が攻撃射程に近づいたことによってスケルトンは攻撃を始めた。
先程よりは動けるようになった俺にはもちろん当たらないが、全て避け続ける姿が珍しかったようで俺を助けた彼女は唖然としていた。
御構い無しに避けながら近づいていく。
そしてスケルトンの目の前ギリギリまで近づいた。
「よう、骨野郎。」
実はスケルトンには特殊な習性がある。それを利用するために近づいたのだ。
その特性とは『第四の攻撃』。
スケルトンは目と鼻の先にいる敵、つまりふところに入り込まれた敵に向かってはある魔法を使う。それは
「ケゲタケタ」
という魔法。
「伏せろ!!」
つまるところ自爆だ。
アンデットは死を恐れないため、自爆という手段を取ることもままある。
が、スケルトンの自爆は固有魔法のケゲタケタで発動される。これは他の種の自爆と違って効果と指向性が少し特殊だ。
普通、自爆した場合爆炎を出しながら周囲に広がっていく。
しかしスケルトンの場合、体の中心に骨が集まり、それが凄まじい速さでターゲットの方に飛んでいくというものになる。
俺がこの技に気づいたのはつい最近、魔王城14階ザコモンスタースケルトン上位種『リッチーオブボーン』で知った。
リッチーオブボーンは物理魔法無効化を持っていたのでこれを利用してしか倒すことは出来なかった。たまたま懐に入り込んだ時に直撃した事を思い出した。
そんな技をどう回避するかというと、こうだ。
俺は自爆を始めたスケルトンの手からまず盾を奪う。
スケルトンの盾は平らではなく、少し丸みを帯びているので、まっすぐ飛んでくる腕や足などの骨は大体受け流せる。
厄介なのがその威力だ。他の自爆と違って物理と魔法の両方の性質を持つケゲタケタは物理だけをすべて捌いても、残りの魔法の威力で体の神経系に麻痺を引き起こす。
この自爆に直撃した時、問答無用でスポーン位置に戻された事を思い出す。
俺は奪った盾で身を守る。
ドガガガガガガガガ
骨が凄まじい勢いで盾に当たっているのが伝わってくる。衝撃で手が折れそうだ…。
それを数秒耐えるとガガガガガと鑿岩機のような音が鳴らなくなり、俺の体に麻痺魔法による激痛と脱力感が襲いかかってきた。
耐えかねた俺はその場に倒れ込み、そのまま気を失ってしまった。
「大丈夫なの?!スケルトンにこんな特性があったなんて知らなかったわ!」
倒れた優に駆け寄る彼女。
話しかけてみるが反応がない。
彼は宣言通り気絶していた。
「勝利宣言じゃなくて気絶宣言をした人は貴方が初めてよ…エリアテンション。」
彼女は優の予想通り、エリアテンションを使用して彼を街へと連れて行く。