冴えてくる頭
俺は始まりの草原をただひたすら歩いていた。この世界に来た時の事を思い出す。
草木の匂い、土を踏む感触、透き通った空気感。仮想とは思えないその世界に俺は没頭した。
それからはほぼ毎日、一日中ログインして自分を鍛え続けた。
モンスターを倒す事でレベルが上がる、数値に現れるという現実では味わえない達成感に溺れて行った。
「最初はこの辺も人で溢れてて、狩場争いが起きてたなぁ…」
色々とただ思い出す。
俺は冷静になっていた。
魔王城を出て歩き出すまでは、まるで長い間気を失っていたかのように頭が働かず、不安や恐怖に打ちひしがれてしまっていたが、今は自分に何が起きたのか少し理解していた。
多分、この世界は似ているが…アンファタの中では無い。全くの別世界だろう。
そう思える要素がいくつもある。
先程、魔王城を出てすぐ目に飛び込んで来たものは、草原、森、街の三つだった。
焦りに焦っていた俺はそれだけを見てバドの近くだと判断してしまった。実際、街の外見はバドそっくりだし、奥に見える山々などの風景も似ている。
しかし、その記憶は一番最初にこの世界にやってきた時に得たものであった。
本来なら街の周辺は初級ギルドの建造物が立ち並んでいたり、バドを拠点にしている魔物生産師の奇妙なモンスターがそこらを闊歩していたりしているものなのだ。一年程前に商売で戻った時に見た景色はそれだった。
それら全てが無くなっている。
これでは別世界に来てしまったと思わざるを得ない。
それに、遠くのほうでモンスター『ラット』を確認した。
こいつは取得EXP5のザコモンスターで、一番最初に狩ることになるモンスターだ。レベル期間で言えば1〜5の間に主要となる。
ただ、レベル3を越したあたりで森にスポーンする『ラビ』を狩った方が効率がいいので、新規が減って来た昨今では、ラットのスポーン位置は2箇所を残してあとは湧き潰しされてしまった。その2箇所というのも街の地下ダンジョンにあるものだけ。つまり、草原には居るわけがない。
ただ、俺はその別世界を証明する存在に感謝した。
アンファタと全く異なる存在がいるわけじゃ無いと分かっただけでなく、自分が今まで集めた敵の情報が無駄にならずにすみそうで安心した。
「とりあえず、真正面から戦うのはやめて、スキルが使えるか試してみるか。」
俺は試しに足元に落ちていた拳程の石を拾い上げ、思い切りラットに向かって投げた。
投げた石は弧を描いて飛んでいき、
「チ?」
ラットの真横に落ちた。
そしてすぐにウィンドウが開いて音声がなる。
『遠投 解放 熟練度1/9999』
その音声が聞こえた瞬間、喪失感に襲われた。
少し感づいていたが、まあつまり…スキルページの表記通りスキルが全て消えているということになる。
魔王城を駆け下りた時に遅かった理由がこれでハッキリした。
アジリティアップスキルも消えていたわけだ。
「最悪だ…。」
スキルの細かな説明をすると、スキルには大きく分けて二つある。
『熟練タイプ』と『ポイントタイプ』だ。
熟練タイプの特徴は、行動を起こすことで熟練度が上がっていくところだ。だいたい攻撃や防御などの戦闘系や生産系に見られる。
ポイントタイプの特徴は、モンスターを倒して得たポイントでスキルの熟練度を上げるというものだ。基本的には支援スキルがこれに当たる。例を挙げるならば、『ポーション回復量アップ』や『アジリティアップ』も支援スキルに該当する。
昨日の俺なら遠投スキルは9999。もちろんアジリティアップも9999、つまりカンストしていた。カンストスキル数は133個。(他プレイヤー平均50個)
これだけのものを無くしたわけだ。喪失感にも襲われるというものだろう。
「強さも含めて始めから状態だな…」
スキルがゼロ、という事はレベルも1に戻ってるんだろうな…
未だにステータスは見えないし、コックピットもないけど、低すぎるスタミナと足の遅さを考えてもこれは完全にログインしたての感覚だ。
「はぁ〜。」
落胆する俺。
「ヂッ!!!」
そんな俺を威嚇するラット。
忘れてたけど、石を投げつけたんだった。
しかし、最初に遭遇したのがラットでよかった…。バドからこれだけ離れていたらラット以外に猪型モンスターのボアや蛇型モンスターのバイト、さらにはレアモンスターのウェンウルフが出てもおかしくない…。そいつら相手だと、確実に負けていた。こんなわけのわからない世界で不要に死にたくは無い。…最悪本当に死ぬかもしれないからな…。
「ヂヂヂイッ!!!」
無視を続けていると、痺れを切らしたのかラットが突進して来た。
ラットはネズミ型のモンスターで頭にツノが生えている。サイズは人間の幼稚園児程度のサイズだ。
そんなラットだが攻撃は単純で簡単な攻略方法がある。(俺考案)
ラットは突進して自慢のツノを相手に突き刺すという攻撃しかして来ない。その突進の速度はなかなかのものだが見切れないという事はなく、その上自分で制御できない。つまり曲がれないのだ。
だから今走って来ているラットも左に一歩歩くだけで避けれる。
そしてラットが近づいて来たあたりでツノに石や剣の鞘などの硬いものを思い切りぶつける。
「こんな、風にな!!」
俺は先程投げた石と同じくらいの石を拾い、走ってくるラットのツノにめがけて思い切り振り下ろした。
当たれば、ラットのツノは頭蓋骨とつながっているので、脳が揺れ脳震盪を起こす。
ガツン
鈍い音が響きわたり、俺の腕に激痛が走った。
「いっ…てぇ…!」
なんだこの激痛!?腕が破裂したかと思った…。得意げに攻撃した分ちょっと恥ずかしい…。誰もいないけどさ!!
ちなみに脳震盪を起こしているはずのラットはと言うと…
「チチッ!」
ピンピンしている。おそらく俺が痛みに耐えきれず振り切れなかったことが原因だろう。
「ペインセーフティありきの戦い方ってのを忘れていた…。」
ペインセーフティとはFDシステムに付けられた唯一の感覚軽減機能で、痛覚を和らげるためのものである。
このアンファタに似ても似つかない世界に有る訳なかったんだが…失念していた…。
だが、これで終わりじゃ無い。
「最強の情報屋をなめるなよ!」
先程の攻撃方法が使えないとなると、四苦八苦するプレイヤーがほとんどだろうが…
俺は違う。
ここから遠く離れたサンディン火山にはマグマットというラットの上位種が生息している。こいつは近づかれた時点でアウト。マグマの様な皮膚の持ち主で、近くのものを燃やし続ける性質がある。
そんなラット上位種に効果的な技が一つある。
「ヂヂッ!」
追撃のため態勢を整えるラットに向かってまた石を投げる。
前と同じ様に真横に落ちた。
「チ?」
ただのラット相手だから当たれば御の字だったが、もともと当たったところで意味がない奴に編み出した技だ。問題ない。
ラット種には特性がある。それは上から落ちてくるものを必要以上に警戒する特性だ。
これはラットの天敵が空にいる鳥型モンスターだからであり、警戒している一瞬は動きが止まる。
「わあああああ!!!!」
その一瞬の間に大きな音を出す。手段は何でもいい。今回は声だ。
上手くいくと微動だにしなくなる。ねこだましの様なものだが、ラットは耐え難いストレスを受けると身体を固まらせる特性がある。
「こんな事よく調べたな俺…、動物博士じゃん…。」
俺は動きを止めたラットにゆっくりと近づいて、投げた石を拾い上げる。
そしてそれをそのままラットの脳天めがけて振り下ろした。