病院と学無き世界
「優さん?」
地中に潜ってすぐエレナが物凄い形相で俺をにらみつけながら名前を呼んでくる。
なぜ彼女がそんなに怒っているかと言うと少し前に遡る。
俺は急いで逃げるためにアリアを抱え、エレナの元へと走った。そこで俺はあろうことか…彼女の胸を触ってしまった。もちろん急いでいたが故の過ちであって、決して故意ではないが…、そんな言い訳が通用するならこの世に冤罪はない。と言うか痴漢すらなくなる。
すでに触ってはいないが、どう弁明するかと必死で悩んでいたところ、アリアが横槍を挟んできた。
「敵の目の前でイチャイチャする精神どうなってんのよ。」
どこをどう見たら仲睦まじく見えたんだ…?どこからどう見ても冤罪弁明している容疑者とその被害者じゃねえか。
「何を見たらそう言う発想に至るんだよ…。」
「どこをどう見てもよ。それにしても…青臭いわね…。」
それに関してはお前が原因だろ。と心の中で突っ込みつつ、エレナに引き続き弁明する。
「わざとじゃない!決して、決してだ!」
「もういいわよ!わかってるから…!」
なんとか無罪を勝ち取った。
「それよりも、これからどうするの?」
エレナが聞いてくる。
「この後はとりあえずエレナの依頼完了後に、新しく売れる情報をスクロールに写す作業と回復薬製造だな。」
スクロールというのは巻物のような形をした情報屋がよく使う紙媒体だ。手頃に作れて転写呪文で何部でもすることができる。今回はハルシェの回復薬利用の件についての情報だ。
そのための多めのハルシェである。
しかし、そうなるとアリアの処遇を決めなければならない。失敗に終わったとしても一応俺たちを襲った当の本人だ。実際に攻撃してきたのはウェンウルフだったが、MPKは立派なPK、つまり殺人行為だ。このまま何もなしというわけにはいかないだろう。そもそもエレナはどう考えてるのだろうか…。
「エレナ、アリアはどうするんだ?」
「今回は流石に驚いたけど、彼女が私を襲うなんて日常茶飯事よ。街に着いたら仲良し四人組の三人に引き渡すわ。」
に…日常茶飯事!?このアリアって子…いったい昔エレナに何をされたんだ…。
引き渡すと聞いたアリアは突然泣き出し、口調が変わった。
「やだ!!またあいつらにバカにされちゃうんだもん…絶対やだ!」
彼女は俺の肩の上で暴れまわり地面に(地中の地面、なんていえばいいのかわからないな。)落ちた。落ちた彼女はゴロゴロ転がって、最終的に体操座りの形に座り込み、俺たちを睨んだ。
先ほどまではフードと長い髪できちんと顔が見えていなかったが、よくみるとものすごく幼い顔立ちをしている。
「こ、子供!?」
俺が戦慄しているところにエレナが違うとヒトツキ。
「私と同い年よ。ただ、表紙でちょっと幼児退行しちゃうというか、もともと童顔精神年齢幼い感じの子だから…。」
なるほど…つまり、
「ぶりっ子か。」
「ぶりっ子言うなあ!!うええええ!!」
なんか弱いものいじめしているようで気分が悪い。
「あああああわかったから、泣くなよ。お前が欲しがってた情報を特別に安く提供…、いや俺たちの手伝いしてくれたらその報酬としてあげるよ。」
「ちょ!いいの!?」
首をものすごい速さでこちらに向けるエレナ。
「ウェンウルフの情報でしょ?俺の知識の中では最下層ランクの知識だから、痛手にはならないよ。俺はもっと稼ぐ方法を知ってる。」
ウェンウルフの情報なんてせいぜいD程度のものだ。二束三文ほどしか稼げない。なんたってあのデカ狼はどこを取っても効率の悪い魔物だからな。
「ほ…本当に…いいのぉ…?」
泣きながら聞いてくるアリア。見た目が見た目なだけに心が痛い。
「ああ、本当だよ。…とりあえず手枷足枷を外すから、街へ戻ろう。日が暮れちゃうよ。」
しかしこの子、メンヘラでぶりっ子…地雷感の強い子だなぁ…。
俺はそんなことを考えつつ、三人で街まで戻った。もちろん入り口まで地中を移動した。今は敵に遭遇しても勝てないことの方が多いからな。
街に着いた途端に大きな笑い声が響いた。男性の、それに複数人の笑い声だ。
その声の方向へ顔を向けるとそこには三人の男性が立っていた。
「やっぱり助けてもらったのか!アリア!」
真ん中の男性がこちらを見てそう声を張り上げる。アリアの知り合いか。
「うるさいわね!セントール!」
セントールと呼ばれた男はさらに大きく笑う。あの口ぶり、様子からするとあいつ等…知ってて行かせたのか…。止めろよ…。
それからアリアはその三人としばらく言い争いをしていた。
俺たちはと言うとその光景を見せられる羽目となった。一体何の時間を過ごしているんだ。
会話を聞いていると四人の関係と名前がわかった。
一番左の小太りの男性が武器屋のマーティ、真ん中のセントールと呼ばれた男が魔道具屋、最後が薬屋エルトだ。
この三人はエレナとも顔見知りで昔から色々と交流があったそうだ。年は見た所バラバラでおそらく仕事関係だろう。
ちなみに俺たちを襲った彼女、アリアは魔物研究者だそうだ。俺のいた世界の魔物研究者とは打って変わってマッド感があまり感じられない。…まあなくていいが。
途中からエレナも話に参加して帰着地点が見えなくなってきたので俺が話を終わらせる。
「すいません!俺たちこの後予定が詰まってるもので、そろそろおいとま致しますね!また今度に募る話でも!」
俺がこう切り出すとマーティがハッとして頭をガシガシ掻きながら申し訳なさそうに頭を軽く下げた。
「おお!すまねえ!かなり話し込んじまった…。それじゃあ今日はこの辺で解散するか、にいちゃん今度話聞かせてくれや!」
何の話かわからないが、いつもの営業癖で「喜んで!」と返してしまった。
その後間も無く皆会釈を交えつつすぐに解散し、俺たちは依頼主であるセドヴィグに会いに行った。
セドヴィグはバトの病院の研究医であるため、病院に必然的に行くことになる。病院の外見もあまりアンファタと大差なく、概ね同じ外観をしている。(アンファタのバト病院はプレイヤーによってギルドに改築されていた為外観が多少異なる。)
俺はそういえばこんな外観だったなぁ…。とシミジミしつつ、玄関をくぐった。
入ってすぐ目に飛び込んできたのは診察待ちの若い男性だった。彼は待合室で腹部を抑えながらうめき声を上げている。その抑えている手元には真っ赤に染まる包帯が巻かれていた。
「な、なぜ彼はすぐに手術されない!?」
俺の疑問は当然だろう。誰がどう見ても彼は急患レベル、すぐに手術や治癒魔法などの治療が必要だろう。さもなくば出血多量で死んでしまう。すでに肌の色も青白くなりつつあり、おそらく血液の18パーセントから20パーセントほどもう流してしまっている。
そんな彼をよそにエレナからは予想だにしない言葉が帰ってきた。
「…あれはもう助からないから…追い返された後よ…。あの人は一縷の望みをかけて、あそこに座って誰かの助けを待っているの…死ぬその時まで…。この病院ではよくあることなの…。」
今、何と…?
この世界の医学は、あの程度も治せないのか…?あまりにもいろいろな分野でレベルが低いとは思っていたが、そんな単純な手術、魔法を行えないほどにこの世界は情報という力に疎いのか?
「エレナ、依頼報告は後だ。ちょっとここで待っててくれ。」
「ちょっ!何する気!?」
「あんたが行って何になるのよ!」
制止するエレナとアリアを振りほどき、彼の元へと一直線に向かう。
この世界の常識なんて俺が全部ぶち壊してやるよ。
彼の前に立った俺はすぐさま作業に取り掛かる…。




