周知の事実 下
ウェンウルフは実に非効率なモンスターだった。
その素材価値や強さとは裏腹に経験値がかなり低いのだ。だいたい、強さが中〜上級なのに対し、経験値は初級。
こんなクソパラメーターのせいで、よく自分の力を図る為の腕試しモンスターと呼ばれていた。
かくいう俺も、初心者の時に負けて以来、依頼以外でウェンウルフを狩ることはなかった。
あれはある日…まだ俺も中級程の実力の情報屋だった頃…
俺はその時集めていた情報のため、久しぶりにバドに立ち寄っていた。そこでとある気の狂った魔物学者に出会った。こちらは前回説明した『現実世界では脳化学者のマッドサイエンティスト』とはわけが違う…。現実世界ではニートの正真正銘のクズだ。
そいつが俺にある依頼をしてきた。
『ウェンウルフの情報全て』だ。
そのクズは依頼するときに金以外にも犯罪行為をチラつかせてきた。例えば…どこから入手したのか、俺の住所を言い当てて、「受けなければ殺す。」と言ったり「妹を犯してやる。」と言ったり…。
現実世界で無力な俺はそんな気狂いのいじめっ子に従うしかなかった。
そいつがアンファタで魔物学者になった理由もクソだった。
アンファタ内はあまりにも現実感がある。モンスターだって喜怒哀楽や痛覚などを持つよう設定されている。
つまりモンスターを痛めつければ騒ぎ暴れるほど痛がるし、苦痛に苦しむ表情を見せる。
彼はそれが見たいだけだった。
彼曰く、ウェンウルフは見た目がいいからどう崩れていくか見もの…だそうだ。全く吐き気がする。
それでも本物の人間や動物にされるよりはマシかと、俺は必死にウェンウルフの情報を掻き集め、調査した。
15体ほど倒して気づいたのが、風向き移動と髭、それから重心が左側によっているという事だった。これに気付くまで何度死んだか覚えてない。
そこで、俺は全ての特性に気づいたと思っていた。だが、実際はあと1つ、こちら側が有利になれる特性があった。
それは…
『匂いにひたすら敏感』
というものだ。
ウェンウルフは匂いがきついものを極端に嫌うのだ。
だから…
「グルルッ!?」
「今頃気づいたのか?バカなやつだ。」
そう。ここはハルシェ群生地。ドクダミに似た匂いが脳に響くだろう。
さあ、あと15秒。ここが正念場だ。
今からが俺の真骨頂。
寸分の狂いなく作戦をやってのけてやる。
「ガルァ!!」
ようやく俺の方に向き直ったウェンウルフは毛での攻撃をやめ、突進に切り替えた。
考えられる攻撃は噛みつき、体当たり、蹴り…と言ったところか。この3つの中で一番可能性が高いのは…
「蹴り!!」
理由は2つ。噛みつきなんてハルシェを食いにいっているようなもんだ。体当たりは単純に致死率にかける。
つまり蹴りだ。
前足、おそらく利き足の左が来る。
「グルルァウ!!」
やはり左!!
予想できる攻撃なら遅い今の俺でも回避は可能だ。
まっすぐウェンウルフに向かって走り、スライディングで足を避け下をくぐり抜ける。
こうすることでウェンウルフの腹の下に潜り込むことになる。
あと10秒。
次は重心の弱い右前足の関節裏に思い切り体当たりを仕掛ける。
「いくぞ!!」
俺は巨大なウェンウルフの腹の下を出来る限り最速で走り足に体当たりをかます。
「うおらっ!!」
「ガル!?」
バランスを崩したウェンウルフは倒れこそしないものの、顔が下がる。そこにハルシェを10本ほど出して握りつぶし、拳をウェンウルフの鼻に近づける。その匂いは…人間の俺でもきつい。
「グギャッ!?!」
匂いに敏感なウェンウルフなら尚更だろう。頭を下げた自分を恨むんだな。
ウェンウルフが気絶する頃、俺は視界の恥に人影を捉えていた。予想通り、風を操っている等本人だろう。
その人影は面白いほど予想通りに動いてくれた。
俺が最初、エレナを潜らせた時すでに奴の居場所の目星は付いていた。
だいたいウェンウルフを操る奴はウェンウルフの右後ろか左後ろって決まっている。理由?操っている気分になるからさ。その位置が一番戦況を確認しやすいってのもあるが、人間相手なら心理の問題だ。戦況よりも強者を操る悦、人を襲う悦が人間には少なからずある。そんな奴らはだいたい少し後ろで様子を見ている。
あとはそいつがエレナの潜った位置に誘導して終わり。右左どちらにいてもウェンウルフが気絶さえすれば必ず顔に近寄る。どうにかして起こそうとしてな…。
「タイムオーバー。終わりだ。」
その瞬間、エレナがエリアテンションで潜った場所から浮かび上がってきた。そしてエレナの目の前には人影。
その人影を見てエレナは叫ぶ。
「ア…アリア!?貴方だったの!?」
知り合い!?
それから冒頭に戻るわけだが…
「なんで襲ったのか話してくれないかな、別に大した怪我もないし…許すからさ。」
許すという言葉が効いたのか、そこから栓を開けたように喋り始めた。あ〜、なんかこのアリアという女性…何か思い出す。
「エレナが男連れてきたって聞いたから…奪ってやろうと思って…。」
あれだ、俺がまだ引きこもりじゃなかった頃に一度だけ付き合った彼女だ。すごく似てる。
支離滅裂というか、メンヘラというか…ヤンデレって言うんだったか?
「そんな理由でわざわざウェンウルフを!?」
エレナが驚愕の声を上げるが、俺としてはそんなに驚かない。まあ、この辺でMPKを図るならウェンウルフ以外ないだろうし、理由もあるから合点はいっている。
「…ウェンウルフなら勝てるって思ったのに。」
アリアがそう呟く。なるほど、この女性はエレナをライバル…敵対視しているのか…。昔何かあったか何かだろう。
「たしかに、ここに来る前にやられていたら、負けてたかもなぁ…。」
俺は思う。低レベルの状態で生き抜けたのはハルシェのおかげだと。アリアがウェンウルフの匂いの情報を知らなくてよかった…。
「どう言うこと?」
「ウェンウルフが風で操れるのは周知の事実だけど、匂いに敏感という特性を知らなかったみたいで助かったということだよ。」
「「周知の事実!?」」
なぜかエレナとアリアが同時に聞いてくる。仲良いの!?
「え?髭で風を読み、どんな微風でも風向きに沿って進む。みんな知ってる価値レベルがEの共有の情報だろ?」
価値レベルというのはアイテムや情報などのグレードのことだ。EからSまであってそのグレード次第で値段や扱いが変わってくる。
今回の価値はE。情報で言うならタダ。利益を生まない情報だ。まあ、この情報を仕入れた時はA程だった。MPKに使えるから犯罪者ギルドが買っていく。ただ、初心者が減っていく中、ウェンウルフなんてMPKにすら使えなくなってしまったため、Eに格下げされた。
「知らないわよ!そんな情報!だいたい価値レベルってなによ!!」
エレナが叫ぶ。
「ほ、ほかにどんな特性がこいつにはあるの!?」
アリアが食いついてくる。面倒くさいな…
「そんなことより、とりあえず帰りたいんだが…」
「そんなことって…あなたの知識は世界を変えるかもしれないのよ!?」
そんな大層なものじゃないのだが…。それより、早く離れないとウェンウルフが目を覚ましてしまう。対抗するすべがハルシェの匂いしかない以上…あまり長居はしたくない。
「グル…ル?」
ほら、言ってるそばからだ。
起き上がったウェンウルフは風を起こして操っていたアリアに対してご立腹のようで、すぐさま突進して来た。
「エ、エレナ!補助ありのエリアテンションを使ってくれ!!!」
向かってくるウェンウルフを尻目に俺はすぐアリアを掴み、エレナを触る。
「キャッ…!…ええい!土の精霊に告ぐ エリアテンション!!」
「ガルルルァ!!」
ウェンウルフは空を噛みつき、俺たちは間一髪土の中に退避できた。
「優さん?」




