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九番:鷺沼亜樹斗

妹と日常会話をする話。

今日の俺は猛烈に浮かれている。漫画で背景を表すなら、見るからに芳香が窺える花々が咲き乱れているに違いない。妖精やドワーフあたりが手を取り合って、スキップしたり踊ったりして揚々と楽しんでいることだろう。良きかな、良きかな。

「あのお兄ちゃんが、鼻歌歌いながら食器洗ってる……」

テーブルに肘を付いて俺の背中に視線を注いでいる妹の存在は、この際無視。つーかシカト(同じ意味だ)。いっそのこと、そこら辺の空気と同じように、気にしないでおこう(うわ〜、俺ってば案外酷い奴?)。

「ねぇ、一体何があったわけ?」

あ〜、ヤバイ。思い出しただけで顔がにやけてくる。

あのサラッサラな茶色の髪。長い睫毛に大きくて円らな瞳。小さなお鼻に、吸い付きたくなる魅惑の唇……。

「はぁ……」

感嘆のあまり甘い溜息を吐いたそのときだった。

「いいかげん教えるか、その不気味な鼻歌やめんかい!この色ボケ兄貴ィ!」

「ぐぇ!」

ゴリラでも一撃で倒れそうな妹のドロップキックに、危うく俺は泡だらけの皿に顔からダイビングするところだった。

「い、妹よ……強くなったな。お前に託す技はもう何もあるまい……」

「託す技も何も、お兄ちゃんに教わったことなんて何一つないっての。んで、説明するの?しないの?あ、お母さんから小遣いアップしてもらったってんなら、もう一発八つ当たりさせてね」

妹の指の関節から聞こえる、パキッという殴る準備OKの合図に、思わず涙が頬を伝う。

(あぁ、「お兄ちゃん、お兄ちゃん」って俺の後を必死に追いかけてきてたあの頃の可愛い妹は一体何処へ?きっと極悪な宇宙人に誘拐されたに違いない。そしてこの目の前にいる妹の姿をした存在はきっと、地球人の観察……いや、俺を苛め抜く為に送られてきた使者で――――)

「ほら、また妄想だか何だか知らないけど、一般人には理解できない自分ワールドに逃避しないで、とっとと言いなさいよ。気になって気になって仕方がないんだけど」

そう言って我が妹君の亜沙子(あさこ)は、蹴られた痛みで四つん這いになってた俺の頭をスリッパで叩いた。

……確かそのスリッパ、さっきガサガサ走ってたゴキちゃんを殺した凶器じゃなかったか(まぁいいけど)?

「フッフッフ〜。実はな、俺が密かに想ってたクラス一の美人が、今日初めて俺に話しかけてくれたんだ」

「はぁ?「お兄ちゃん、四組の可愛い子に首ったけ〜」とか言ってなかったっけ?」

「たわけ、そいつは男だ。確かに(たに)は、不細工な女の代表であるお前の数千倍可愛いがな」

鼻で笑って目を閉じた刹那、俺の顔は亜沙子の拳でめり込まれた(この凶暴さはライオンでも勝てまい)。

「確かに俺は入学式で谷を見かけて一目惚れし、ファンクラブの一員となった。だがしかし、あくまでファンだ。本気で狙ったりはしない」

「大体男が男のファンクラブに入ること自体、変だっつーの。お兄ちゃんの学校、絶対どっかおかしいって」

「妹よ、恋愛は自由だ。ホモだろうが、レズだろうが、ゲイだろうが、バイだろうが、ブラコンだろうが、シスコンだろうが、ロリコンだろうが、何だろうが!」

「別に、他人がどういった趣向の持ち主だろうが知ったこっちゃないっての。ただね、そう。ただでさえ変態のお兄ちゃんがそういう趣向の持ち主だったら、世間に迷惑でしょ」

「何を言う。俺のどこが変態だ?」

「ときどき妄想しては鼻血噴き出すくせに」

「………」

さすがにこれにはぐうの音も出ませんよ。ええ。

「まさか学校でも鼻血出してんじゃないでしょうね?」

「だから今日出したんだって」

「………」

形勢逆転。イェイ(別に大して喜ぶべきことではないが)!

「それで彼女がティッシュくれたんだよ。あぁ、可憐な容姿を裏切らず、優しい子だった……」

「お兄ちゃんがこんな人だって知ったら、その人、間違いなく引くよね」

「なに。知られなきゃいいだけの話だ。それにお前は勘違いしている」

「何が?男のファンクラブに入りつつ、狙ってるのはクラス一の美少女なんでしょ?」

「誰が狙ってるなどと言った?早乙女(さおとめ)に告白する気もなければ、恋愛感情も抱いてないぞ」

「はぁ?!じゃあ何でそんな浮かれてたわけ?」

「ふっ、可愛いものや綺麗なものに惹かれる美学が分からんのか。まだまだ甘いな。俺のことを理解しようなんざ百年早いぞ、愚妹よ」

あくまで哲学的に(自分でもどこらへんだか不明だが)述べる俺に、妹は毎度のようにキレる。

「東京の秋葉原を知ってるだろう?そう、俺が言いたいのは、オタクと言われる奴らの“萌”という――――」

「理解できんわー!」

妹の暴力にやられつつも、俺は満足がいくまで口を閉じない。

さて、こうなってくると静止の怒鳴り声を上げるのが母だ。

妹よ。お前が彼氏でも作ってもう少しおしとやかにならない限り、我等が母君の沸点は低いままだと思うのだが。

そこらへん妥協する気はないのか?え、ないって?そんなことよりお兄ちゃんこそその性格どうにかしろ?馬鹿野郎、俺はこのまま長所を伸ばしていく所存だ!

「それのどこが長所なんだっての!」

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