七番:佐伯命
守るための犠牲を知る少女が回想する話。
「命、それ完成したら俺のと交換しようぜ」
二本足で立つ兎が持つシルクハット。そこに黒の絵の具を足していた筆を置き、前の席に座る幼馴染の伊織八尋を仰ぎ見た。
「ごめん。これもう先約済みなの」
「だから無理」と口にした私に、八尋は先程までの満面の笑顔を一気に不機嫌なものへと変貌させ、凄む口調で問い質した。
「誰だよ?俺を差し置いて命のと交換しようなんて企んでる奴は」
「違う、違う。交換じゃなくて、プレゼント。ほら、もうすぐ愛の誕生日でしょ。だからこのオルゴールあげようと思って」
「じゃあ仕方ない」と言いつつも拗ねた様子の幼馴染を宥めて、私は再び色を塗る作業を始めた。
美術の授業の一環で、私達はオルゴール作りを手掛けていた。オルゴールの曲はもちろん業者の手によるものだけど、曲選び、彫刻、その色塗りは自分達ですることになっている。
先生の説明を聞いたとき、妹へのプレゼントにしようと即決した。
曲は、私も愛も好きな“星に願いを”。オルゴールに合わせて回る彫刻は、紳士の姿をした二本足で立つ兎。首には蝶ネクタイを付け、ベストを着こなし、曲げた肘には杖を掛けてて、手にはシルクハットを持っている。
「曲と兎が合ってないぞ」って八尋に笑われたけど、愛はピノキオより兎の方が好きなのだから、これでいい。
「ハッピィバースデイ、愛ちゃん!」
十二本の蝋燭の火を消した愛は、まず最初に双子の如く同じ顔をした弟二人からプレゼント――某猫キャラのキーホルダー――を受け取った。
「ありがとう。聖ちゃん、陽ちゃん!」
聖と陽は年子で、聖が四月生まれ、陽が三月生まれ。なので同じ学年に通っている。
「誕生日おめでとう」
「俺からはコレ」
父さんはテディ・ベアのぬいぐるみ、八尋はシルバーのネックレスを渡した。
「十二歳おめでとう、愛」
気に入らなかったらどうしよう……なんてドキドキしながら、妹にオルゴールを贈る。
「わぁ、可愛い!兎さんのオルゴールだ。ありがとう、お姉ちゃん!」
感極まった様子の愛は、私に飛びついた。
「愛ちゃん、ズルイ〜」
「僕だって欲しいよ、お姉ちゃん」
聖も陽も、愛と同じように私に抱きついてきた。
「俺だって命のオルゴール欲しかったんだから、我侭言うな!」
口を尖らせ、軽く怒る八尋。
「あはは、皆ホントにお姉ちゃん子だねぇ」
父さんはいつもどおり呑気に笑って、私達を見守っていた。
実家の遺産とか立場とか、そんなのを全部放棄して母さんと駆け落ちした父さん。生まれつき呼吸器が弱く、喘息持ちの愛。健気で家族想いの聖と陽。元暴走族の息子ってだけで周囲から腫れ物扱いされてるけど、心優しい八尋。
皆、私の大切な人達。もちろん、既に他界してる母さんも、私にとって掛け替えのなかった人。
だから、皆が幸せなら、私はどうなっても構わない――――。
……音楽が聞こえる。懐かしい曲。
導かれるようにして、私はそっと瞼を開いた。
「起きたか?」
薄っすらと私の視界に映ったのは、白と赤。都築響弥の特徴ともいえる、白髪と赤眼。
「この曲……」
呟いた私の声は掠れていた。喉も痛い。……そうだ、都築と廊下で会って、立ち話してるときに倒れたんだっけ。
「覚えてるか?子守唄代わりに静かな曲かけてほしいって、俺にCDプレイヤー持ってこさせたの」
うん、何となく覚えてる。
「“星に願いを”……」
「ああ、何となく命が好きそうだと思って……違う曲に替えるか?」
首を振って否を示す。
「……ありがとう、都築。あのね、さっきまで夢見てた。三年前の夢……」
「喉痛いんだろ?今度聞くから、今は喋るな」
「うん……」
都築は濡れたタオルを私の額に乗せ、布団の上で流れる髪を梳いた。
傍に人がいる心地良さに身を委ねて、私は再び目を閉じた。
愛が“星に願いを”が好きなのは、やっぱり病気を早く治したいって気持ちからきてるのかな?
あのとき私があの曲を選んだのは、愛が好きってだけじゃなくて、私自身、早く愛の病気が治ってほしいって願ってたからかもしれない。
“星に願いを”。
遠くにいる妹達の幸せを、常に私は願っている。




