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六番:小深山葎

たまに殺人をする少年の話。

俺、小深山葎(こみやまりつ)は、昼間は学校に通う一生徒。そこらへんの高校生と同じように、馬鹿騒ぎに生じて場を楽しむのが好きだ。

勉強も、まぁ嫌いじゃない。そこそこ学力が高い私立の麻生学院に通ってるくらいだから、ある程度真面目……と自分では思っている。

「葎〜。部活も終わったことだし、今から合コン行かね?」

部活仲間が俺の肩を叩きながら訊いてきた。お互い汗を掻いた所為か、相手が寄ってきただけで周囲の温度が上がった気がする。

「お前なぁ。合コンなんて前もって言えよ。つーか、たまには真っ直ぐ帰って勉強でもしてろ」

「まぁまぁ。明日はせっかくの休みなんだしさ。で、行くだろ?」

「悪ぃけど、パス」

「え〜、何でだよ?行こうぜ、な?」

「用事があんだよ」

言い寄る同級生をあしらって、俺は部室横に設置されたシャワー室へ向かった。

特に用事もなく、彼女のいない普通の高校生ならば、こんなとき喜んで奴の後について行っただろう。

用事があっても、普通の高校生なら尻尾を振ってついて行っちゃうかもしれないけど……俺は自分が普通じゃないのを充分自覚している。



「何だぁ、リツ?随分不貞腐れた面じゃねぇか」

今や顔見知りとなった厳つい顔のおっさんが、ニヤニヤと下品に笑う。

普通と普通でないを分ける境界線を考えてるとき、俺は機嫌のよろしくない顔つきになるらしい。

不貞腐れた面?それもそうだろ。ここはファミレスのような明るい店内でもなければ、女を口説くのに相応しいシックなバーでもない。

ここは学生の殻を破ったときの俺の居場所。どう見ても普通ではない一室。薄暗く、おざなりに置かれた家具は所々破れてたり凹んでだりしてて、漂う空気だってどんなに消臭したところでヤニと血生臭さは消えない。

「べぇっつに〜。こうやって仕事がなかったら、俺だって一高校生やってんだよ」

「そうよねぇ。普通の高校生なら今頃女の子捕まえて、ホテルでエッチしてる頃よねぇ」

俺の言葉に相槌を打ったのは、こんな物騒な所では数少ない女性。しかも超美人だったりする。通り名“妖艶佳人(ようえんかじん)”。東洋系の顔をしてるけど、実際日本人かどうかは不明だ。黒人の依頼人と中国語で話してんの、見たことあるし。

「なるほどなぁ。女に飢えてるってわけか」

品のなさを増長させる笑みをさらに深めたこのおっさんが“豪腕(ごうわん)のビールス”。その名のとおり筋肉ムキムキのマッチョで、いかにも強そ〜って感じ。でも脳味噌まで筋肉っぽい見た目に反し、頭が切れる。“ビールス”ってだけあって、コンピュータウイルスを作るのが趣味だったりする。

「どうでもいいだろ、そんなこと。俺が不機嫌なのはまぁ、“佳人”の答えに当たらずといえども遠からず。……っと、そろそろ時間だぜ、お二人さん。半端ながらに無事を祈っててやらぁ」

「ハッ!誰に向かって言ってんだか」

“ビールス”は鼻で一笑し、“佳人”を伴って出て行った。

二人に手を振って見送ると、俺はいつものように電気スタンドを点けて机上に教科書とノートを広げ、宿題に打ち込んだ。

言い忘れてたけど、ここは所謂、殺しの斡旋所だったりする。殺人で生計を立ててる者もいれば、小遣い稼ぎっていう奴もいる。老若男女問わず、実力もピンからキリまで。

ここで仕事を請け負って以来姿を見せなくなったってのも、別に珍しいことじゃない。任務を遂行してから足を洗ったか、仕事を放棄したか、殺されたか――――但し、二番目の選択をした奴が無事では済まないことなど、暗黙の了解だ。仮に一番目を選んだとしても、真っ当な人生を送れるなんて、到底思えない。

一度染み付いた臭いは、死ぬまで消えることはない。

でも俺の仕事は殺しじゃなくて、依頼人と殺し屋の仲介。バイト感覚だけど、あくまで副業かな。この仕事で生活費と学費を稼いでるわけだし。

「邪魔するぜ」

宿題を終わらせた頃に、その招かれざる客は現れた。

黒い帽子に同じ色の高そうなスーツ。帽子の縁下から窺える目は蛇のように細く、体型は痩せ型。おまけに左頬から鼻筋を横切って右目の目尻に一直線、大きな傷跡ときた。

「どう見ても客じゃないよな。たまに仕事を探しに新顔が来たりするけど……あんたはどっちでもなさそうだ」

「いや、なに。俺んとこもここと同じような仕事やっててね。ここの勢力が大きくなってきた所為で、客足が遠退いちゃったわけ」

「へぇ、そいつはご愁傷様」

「潰すぜ」

「無理だね。あんたじゃ俺に勝てないよ」

俺は音もなく椅子から立ち上がり、勉強するときにだけ掛けている眼鏡を外した。



「ゲ……!何だよ、これ?」

戻ってきた“ビールス”の第一声はそれだった。

「あぁ、さっき自称ライバル会社の社員が来たんだけど、ようやく帰ってもらえたんだ。で、つい今し方“道化師(どうけし)”が運んでってくれた。あちらさんの反応見るのが楽しみだ、って」

血だまりになった床を見下ろしながら、俺は答えた。

尋常でない血だまりの中には、細切れになった服の繊維や臓器なんかも混じっていた。本当は出血させずに殺すことなど他愛もないけど、それはあまりにもつまらなさ過ぎる。楽しめない狩りに、価値などない。

暫く舐めるようにして床に視線をはりつけてたけど、何の感情も湧かなかった自分の表情に、やがて歓喜の色が染まろうとしているのを、口の両端が訴えていた。

やっぱり興奮する。赤く、生温かい液体を体内に巡らせている塊に刃物を突きつけて、切り裂き、抉り、嬲り、そしてそこから噴き出す鮮血を目にする度に。

ちなみに俺の通り名は“仲介屋(ちゅうかいや)リツ”……あるいは“鮮血(せんけつ)のリツ”。でも後者で呼ぶ奴は滅多にいない。

“ビールス”や“佳人”のように、俺に殺し屋としての能力があるのは確かだ。だけど、俺は敢えて仲介屋をやってる。何故なら、こうしてたまに殺しができるからこそ、スリルが味わえると知っているから。

自分の手で起こした血飛沫が、滅多に逢えない恋人との逢引のようで――――堪らなく愛しい。

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