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五番:川端秀雄

嵐の休日、中学時代の友人が訪ねてきた話。

(あ〜、ダルイ)

現在僕は、父親が営んでいるレンタルビデオ店のバイト中である。

いつもの休日なら野球部の練習に行ってるけど、今日は生憎の雨。警報が出るくらいの大雨日和。

(こんな大雨の中、誰が来るってんだよ。あの馬鹿親父!さっさと店閉めりゃいいのに。昨日の練習で僕が疲れてんの、分かってるくせに)

胸中で親父に悪態つきながら、カウンターの上に顎を乗せる。

「ヒデ〜、そんなに暇だったら宿題でもすればぁ?」

カウンターから少し離れた所で新作DVDを棚に仕舞う作業をしてる姉貴が、半眼閉じて言った。こちらに目を向けながらも作業をこなすその姿に(やっぱり器用なのは遺伝かな?)なんて思う。

野球部に所属している僕は、外野手をしている。遠い所からでも相手が受け取りやすい位置に投げられるコントロールの良さと、左右打ちできるのが自慢だったりする。この二点に関しては中学のとき、コーチに褒められていた。高校の監督とコーチにも、打撃はまだまだだけど、コントロールは良いって指摘してもらえた。

「宿題なら昨日のうちに終わらせたよ。七海(ななうみ)に手伝ってもらった」

七海は僕のクラスメイトで、ここのアルバイト。金に目が眩むのが玉に瑕だけど、それを除けば付き合いやすい奴だ。

「ったく、偶には弘三君に頼らず自分の力でやんなさいよ」

「自分の力でやったって。七海に手伝ってもらったのは、どうしても解らないとこだけだよ」

「ならいいけど」

そう言って姉貴は、今度はブルーレイをケースに詰め始める。

僕は溜め込むことが嫌いだ。宿題にしても、ストレスにしても、吐き出してゼロにしないと気が済まない性格をしている。親父の所為でストレスを溜めてる今、バイトが終わったら友達の家にでも直行して、ゲームでもやらしてもらってストレス解消しようなんて考えている。

例え外が、台風が来る前触れの大雨だとしても、だ。

(あ〜、暇)

暇だけど、姉貴の手伝いをしようとは思わない。体を動かすのが億劫だ。やっぱり友達の家に行かず、夕方まで部屋で寝てようか。

瞼を閉じて雨音に聞き入っていると、自動ドアが開く音が耳を打った。客なんて来るはずないと踏んでた僕はちょっと慌ててしまうがそれでも、こんな大雨の中やって来た物好きに「いらっしゃいませ」というお決まりの挨拶をかける。

「うっひゃ〜!濡れた、濡れた」

「……なんだ、公大か」

濡れ鼠の客は僕の親友、黒澤公大(くろさわきみひろ)だった。髪の毛から靴の先までびしょ濡れだ。

「お前、こんな雨の中どうしたんだよ?つーか、傘は?」

「ビデオ借りに来たに決まってんだろ。家、昨日から誰もいねーし。傘は来る途中折れたから、捨ててきた」

(ったく、誰が掃除すると思ってんだ)

公大の足元に溜まった水溜りを見て、僕は大きく溜息を吐いた。

「公大君、久しぶりだね」

「あ、ありがとうございます」

姉貴はにこにこ笑いながら公大にタオルを渡す。頬が赤いのは公大の、雨に濡れて透けて張り付いた、白いシャツから見える引き締まった筋肉にうっとりしてるからだろう。姉貴は筋肉フェチだ。

(あ、あのタオル、僕のじゃんか!)

筋肉に見惚れてる姉貴は、僕の睨みにものともしない。

「ヒデ。“あしたのショーン”、返却されたか?」

ほぼ坊主頭の短い髪を拭きながら、公大は自分より背の高い僕を見上げて訊いた。

僕は知らないけど、姉貴なら多分分かる。

「ああ、“あしたのショーン”の八?それなら昨日返ってきたからあるわよ。よかったらうちで見てく?何ならうちに泊まってっていいよ」

(この馬鹿姉貴!何てこと言い出すんだ)

「マジっすか?!いや〜、助かります。今晩も親帰ってこないから、夕飯何にしようかって考えてたんスよ」

(あぁさようなら、僕の安眠。さようなら、僕のベッド……)

ウチに客室なんて余分な部屋はない。だから必然的に公大の泊まるのは僕の部屋になる。そして客である公大は当然ベッド、僕は床。何より、公大は鼾が煩いのだ。

僕の口から、自然と嘆息が漏れた。



「ヒデ、麻生学院って良いトコか?」

「うん、楽しいよ。公大はどう?うまくやってる?」

「まぁな」

公大は僕と一緒に麻生学院大付属高校のスポーツ推薦を受けた。僕は合格したけど、公大は……落ちた。公大は今、滑り止めで受けてた別の私立高校に通っている。

「悪かったな、ベッド占領しちまって」

「いつものことだろ。今度僕が公大ん家に泊まるときは、僕がベッド占領してやるから」

そう言うと、公大は一瞬間を置いて小さく吹き出した。

僕もつられて小さく笑みを零す。

台風は今晩のうちに通り過ぎるらしい。だから明日、少しでも晴れたら久しぶりに公大とキャッチボールでもしよう。

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