三十九番:山瀬潤
趣味が殺人の仲介屋と殺人鬼との間で戦慄する少年の話。
一年一組の文化祭の出し物は、定番の一つであるたこ焼きとなった。
十一月の二日と三日に行われる内で、俺が店番をする時間帯は三日の午後一時から三時までの二時間。文化祭実行委員に選出された野々村と委員長の逸見からは「二日間あるうちのたった二時間しか働かないつもりか」なんて文句言われたけど、こっちだってバスケ部の出し物もあることだし、別に胡坐掻いて文化祭を遊び回ってるわけじゃない。
ちなみにバスケ部の出し物というのは、時間内にどれだけスリーポイントシュートを決めれるかっていうもの。ゴールに入った数によって景品が高価な物になる。あと一般客に動きを指導したりとか。
昨日は後者に四時間充てられ、今日だって一時間くらい手伝いをしていた。
ともかく、午後に入ってようやくクラスの方に顔を出せて、今し方前の当番の奴と交代した。
イベントの終わりかけとあって結構賑わう時間帯だったりするけど、昼飯の時刻を過ぎてることもあってか、思ってたより客は少なかった。
それを読んだ上で、この時間帯の当番になったのに……!
「どうしてお前がこの時間帯にいるんだよ、灰山」
自分より数ミリのくるいもなく丁度五センチ高いそいつを見上げて、俺はぶっきらぼうに訊いた。
「さっきも言ったじゃん、それ。富士見が階段から落ちて怪我したから、俺が替わりに来たんだって」
「だからって何でお前なんだよ。宗像でもいいじゃん」
「宗像の担当はこの一つ前の時間帯だろ。四時間もやらせたら、あいつキレるって」
わざとらしく瞼を閉じて首と一緒に手首を振る、なんてわざとらしい仕草をするこいつから顔を背け、舌打ちした。
灰山は一応、バスケ部の仲間ではあるが、俺はこいつと相性が悪い。……というか、一方的に俺が嫌っている。
出身中学はお互い違うけど、実は中三の頃からこいつが嫌いだった。何故なら俺はこいつに、当時大好きだった元カノをとられた経験があるからだ。
あれは南中と西中で練習試合をしたときのこと。応援に駆けつけてくれた俺の元カノが灰山に惚れ、彼女は俺を捨てて灰山と付き合いだした。
周りの連中は俺から灰山に乗り換えた彼女が一番悪いと、口を揃えて慰めてくれたけど、せっかく付き合ったにも係わらずわずか一ヶ月で別れた灰山だって、俺からすれば充分悪党だ。しかもフッた理由っていうのが“受験に差し支えるから”。ふざけんな!なら最初から付き合うなっての!
しかもこの野郎は、スポーツ特待生としてこの学校に合格しやがった。俺のどこがこいつより劣ってんだよ?!そりゃバスケに身長の低さは致命的だけど、灰山だって百七十台じゃねぇか!
「灰山、山瀬、客来たぞ。客」
後ろで蛸やらキャベツやらと材料切っていた小深山に背中を突付かれて、俺らは慌てて営業スマイルを作った。
その客を切っ掛けに、一時間近く私語ができないくらい忙しくなった。けどそれも二時を回った辺りまでで、並んでた列が途絶えてからは当番を替わったばかりのときみたいに閑古鳥の鳴く状態となった。
「あ〜、またひっまだな〜」
灰山が大きな欠伸をする。その横に佇む俺もただボ〜っと突っ立ってて、小深山は相変わらず材料と格闘していた。暇過ぎるのも辛いものがある。
余談だが、祭りの屋台で見かけるようなこのたこ焼きプレートを用意してくれたのは、実は小深山だったりする。顔が広いから貸してくれるツテがあるとか何とか。で、プレートを提供する代わりにもし材料が余った場合、それは全て小深山が貰うこととなった。
キャベツも蛸も紅生姜も生地も、まだ余裕がある。今日の小深山家の夕食はたこ焼きに間違いなさそうだ。
「大きな欠伸」
突如出現した人影に、俺も灰山もギョッとする。
プレートを挟んだ向こう側に現れた客にそんなことを言われ、隣の好敵手は慌てた様子で両手で口を塞いだ。
いい気味だと、ニヤリと口角が上がったがいつまでもそんな顔を客の前でしているわけにもいかず、俺は「いらっしゃいませ」と口にした。
「って、なんだ、ミトラか」
「客に向かって“なんだ”はないだろ」
ホッとしたように胸の前に手を置く灰山に、ミトラと呼ばれた客は苦笑した。どんな関係かは知らないが、気心知れた間柄らしいのが窺える。他に客が来ないのをいいことに、灰山はその長身痩躯の若い男とベラベラ雑談し始めた。
どうやらゲーセンの話題らしいが、ゲームなんて全く興味ない俺がここでこうして二人の話を聞いているのも馬鹿らしいので、小深山の手伝いでもしてやるかと振り向いたときだった。
「――――っ!」
堪らずギョッとした。
無表情だった。“狂犬”のような、害のない無表情なら別に問題ない。けど、小深山が醸し出す雰囲気は恐ろしいくらい怜悧で、言葉に表すなら“虚無”。……視線の先は、灰山の客に注がれていた。
「元気、たこ焼き一つ買うよ」
「毎度あり」
プレートに顔を向けた灰山と視線が逸れた瞬間、客は小深山の方を見た。細めた双眸が何を告げているのかは、俺が知る由もなかったけど。
「はい、ミトラ」
「ありがとう」
客は灰山に金を渡し「いつもの所で待ってる」と言い残して去って行った。
その後姿を見届け、改めて小深山を見たが、プレート提供者は何もなかったかのように再び材料刻みに没頭していた。
……俺はいつの間にか両手に拳を作り、汗を握っていた。




