三十八番:山間理
海でクラスメイトのピンチを救った少年の話。
真夏の海。白い砂浜。水着の女。女!お・ん・な!
女子大生くらいのビキニの女達と擦れ違い、その肢体を横目でチラリ。顔はともかく、くっきりとしたボインの谷間、括れた腰、スッと縦に窪んだ臍に小さな尻、ムチムチ美脚。
甲高い笑い声が遠ざかったのを確認して、興奮で震える全身を押し隠さず、グッと拳を握る。
(マジ最高!夏の海、バンザイ!)
この興奮を他人にも伝えたくて、隣を歩く恩人に突進した。
「先輩大好き〜!」
恩人の理由は、この浜辺に誘ってくれたという意味で。俺より一年長く体力作りしてるだけあって、宇治木先輩は背の低い割りに胸板が厚く、腹筋も割れてて、しかも毛深い体質。なので、当然抱き心地は最悪……!
「うぉ?!突拍子もなく抱きつくな、ボケ!暑苦しい!今回ここに連れてきてやったのは、女に鼻の下伸ばさず、バイトに専念するって約束したからだぞ。そのこと忘れんな!」
「忘れてませんってば〜」
先輩に舌を出して、俺は改めて駐車場から、様々な色のビーチパラソルが咲く砂浜を見下ろした。
俺は部の先輩である宇治木先輩からバイトの勧誘を受け、この海にやって来た。本当は親友の正馬も来るはずだったけど、兄貴の働いてる店の短期バイトの方で手一杯らしい。
(なーんて、きっとあのブラコン兄貴が正馬を独占しようとあの手この手を使ったんだろうなぁ)
野田家の寡黙な次男を思い浮かべ、思わず苦笑いしてしまう。正馬はあの家の次男と次女のアイドルなのだ。その親友である自分は、毎回野田家にお邪魔するたびに二人から剣呑な視線をくらっている。
「俺、バイトするの初めてなんスよね〜。でもま、俺ってば格好良いし、女の子ジャンジャン来て店は大繁盛ッスよ」
「自分で格好良いなんて言うなよ、この自意識過剰馬鹿。まぁ天性の愛嬌の良さと軟派な心遣いで客呼び込んでくれることには期待しとくけど」
先輩は呆れた様子で肩を竦めてたけど、俺は自分がなかなか格好良い部類に入ることを自覚している。剣道部とあって室内練習が多いけど、肌は男らしく浅黒い方だし、目も二重でパッチリしてるし、顎も尖ってる方だし。笑ったときに見える八重歯は白くて素敵、なんて前に付き合ってた彼女に褒められたこともあるし。
中学に比べて女に騒がれないのは、今の学校がほぼ男子で占めているからだろう。それにどういうわけか、あの学校にはテレビに出演してもおかしくないような美形がゴロゴロいる。クラスにだって、俺よりも美丈夫なのがいるくらいだし。……自分の容姿に自信なくしそう。
話を戻して、俺と先輩が今何をしているのかというと、お世話になる海の家の指示で、駐車場にある店長の車から荷物を取ってくる最中なのだ。
ビニールバックに指示されて物を詰め込んで、さあ戻ろう進んでいた矢先、男と女の言い争う声が耳に付いた。声のする方を仰げば、二人の男が一人の女に言い寄っていた。
(ナンパかよ、浜辺じゃなくてこんな所で。ムードねぇな)
「嫌がってる女にしつこく言い寄る男の姿って、見苦しいよなぁ」
そんな非難を口にしつつも、横を歩く先輩は見て見ぬふりを決め込んだらしい……のだが。
「……って、あれ?あの子、お前のクラスの子じゃね?」
そう言われて、裸眼じゃ1.0ギリギリの視力の目を凝らして注視してみれば、女は黒い髪を後頭部で団子にして、ビキニの水着を身に纏っていた。肢体を特に強調するような大きな胸は、サイズを疑ってしまう。
(もしかしなくても、あの女って……!)
「先輩!あの女の子助けてやってください!」
「お前一人で行けよ。面倒くせぇ」
「あの子、“狂犬”の彼女ッスよ!」
“狂犬”の一言で、さすがの先輩も血の気が失せた表情になった。
“狂犬”こと都築響弥を知らない者は、麻生学院にはおるまい。いたらそいつはモグリだ。
中学のとき、女子相手に暴力事件を起こしたのを切っ掛けに、一躍有名人になった。“狂犬”に逆らえば老若男女問わず再起不能になるまで痛めつけられると噂されてるくらいだ。
「その子、俺の連れなんだけど放してくれる?」
いつの間にか先輩は“狂犬”の彼女、佐伯を助けに行っていた。
男二人は一見優男に見える先輩を嘗めた目で見てたけど、後から現れた俺を目にしてそそくさと逃げ出した。
(よくよく考えたら、あいつらより俺の方が良い顔してるし、ガタイも良いもんな。先輩に言わず、最初から自分で動いてりゃよかったかも……)
「あのっ、助けていただいてありがとうございました。……って、あ、れ?もしかして、山間?」
キョトンとして佐伯は自分より背の高い俺達を見上げた。
(うぉ!近くで見るとマジ胸でけぇ!)
巨乳を売りにしたAV女優さえ顔負けの大きさに、反射的に視線を逸らす。
「やっぱ佐伯か。助けて正解だわ」
俺はできるだけ佐伯の胸を見ないようニッコリと、いつも女の子に見せる営業スマイルを浮かべた。
宇治木先輩も人の良さそうな顔をして笑っていたけど、内心“狂犬”のことでビクついてるのが丸分かりだ。だって青褪めた顔してるし、頬の筋肉引き攣ってっし。
「宇治木先輩もありがとうございました」
「あれ?俺のことも知ってんの?」
「先輩、ときどき俺の教室に遊びに来てたじゃん」
佐伯を送っていくのをついでに、俺達は他愛のない話をしながら浜辺へと足を運んだ。
その十五分後、佐伯を含んだ“狂犬”グループが俺達のバイト先にやって来た。
色男やスタイルの良い女がいるという噂が流れ、おかげで店の売り上げは右肩上がりとなったのだが……残念なことに、俺に声をかけてくれる水着美女はいなかった。




