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三十一番:藤代典子

新聞部員の少女の話。

「聞いて聞いて!笹内(ささうち)先輩とその彼女が腕組みながら歩いてるスクープ写真、ようやく撮れた〜」

教室に入るなり、あたしはあげはちゃんの席にいる女子三人の元に駆け寄った。

朝一番に教室に乗り込んで、興味あろうがなかろうが誰彼構わず自慢してやろうと目論んでたのに、起床したのがなんと八時目前!昨晩興奮して中々寝付けなかったのが災いしたみたい。

息を整えながら黒板の上に設置された時計を見上げれば、SHRまで残り五分を切っていた。

「朝はまず“おはよう”でしょうが」

シャーペンを左右に振りながら咎めるあげはちゃんに「テヘッ」とおどけて見せ、三人に改めて挨拶する。あげはちゃんはもちろん、一緒にいる二人からも苦笑混じりの挨拶を頂いた。

「あの、さっき言ってたのって、私生活が謎に包まれてる、って噂の、笹内、先輩のこと、だよね?」

「へぇ、お手柄じゃん。で?相手はどんな人?」

「だ〜め、駄目!新聞が掲示板に貼り出されるまではまだ秘密」

「おめでとうございます、典子(のりこ)ちゃん」

やたら丁寧な言葉で喋るのが根岸由美(ねぎしゆみ)。真面目だけどノリのいいのが逸見(へんみ)あげは。この二人は高校から一緒になった。

喋るのが苦手なのか、言葉が詰まりやすい山田(やまだ)十和子(とわこ)とは同じ中学だったけど、当時はグループが別だったから、つるみ始めたのは由美ちゃんやあげはちゃんと大差なかったりする。今じゃ二人で遊びに行ったりもする間柄になったけど、中学の頃は大人しいから話合わなさそうって、勝手に色眼鏡で判断して、自分から話しかけようとはしなかった。傷つきやすい子だから、そんな印象持ってたっていうのは一生秘密にするつもり。

「昨日学校帰りに偶然撮ったんだぁ。部長、超大喜び」

そしてあたしは、このネタを撮れば部長が奢ってくれることになってた喫茶店のビッグパフェを食べれることに有頂天!キシシ。

「何なに?藤代(ふじしろ)ちゃん、またスクープ写真撮ったの?」

好奇心を顔全面露わにして話しかけてきたのは、吉野語(よしのかたる)。吉野君も十和子ちゃんと一緒で、中学からの同級生。彼も私と同じくお喋り好き。噂話も好物で、新聞部に良いネタ提供してくれるんだけど、残念ながら野球部なんだよねぇ。今からでもうちの部に入ってくれないかなぁ?

「うん。吉野君の言ったとおり中央公園に行ってみたら、笹内先輩の写真撮れたよ〜」

「ちょっと典ちゃん、さっき偶然撮ったって言ってたじゃん」

あげはちゃんの突っ込みに、思わずうっ、と詰まってしまう。でも本当に偶然だったんだって!

「あ、あのね、昨日学校出るとこまでは吉野君のくれた情報覚えてたんだけど、校門に立ってた教頭見たら、ふと期末試験のこと考えちゃって。で、そしたら一昨日三組のみぃちゃんに古文の教科書借りっぱなしだったの思い出してさ。そのことについてみぃちゃんに電話しようとしたらケータイ修理に出してたの思い出して。家に帰るまでに忘れちゃいそうだったから仕方なく公園の公衆電話使ってたら、偶然笹内先輩が彼女連れて通ってたわけ」

「にゃはは〜」なんて笑って見せたら、あげはちゃんと吉野君は呆れたように肩を竦め、由美ちゃんと十和子ちゃんは控え目に笑ってた。

「それで肝心の新聞はいつ出るの?」

「多分明日か明後日にはできるよ。ちゃんと掲示板チェックするように!」

一同にVサインを向けて、あたしはニカッと歯を見せた。



新聞部は広範囲に記事を取り上げている。日本の経済情報なんて堅苦しいものをはじめ、どの大学にどんな学科があるか等々。もちろん学校の有名人の恋愛話なんていう、興味ない人にとっちゃくだらないものまで。

あたしは部長と、そのプライベートに関するものを専門にやってるんだけどね。

「まさか藤代がここまでやってくれる奴だなんて思わなかったなぁ」

「ひはほひひゃひぃひゃ(見直しました)?」

「……とりあえず口の中飲み込んでから喋れや」

ビッグパフェのバナナを口いっぱい頬張りながら喋ろうとするあたしに、ブラックコーヒーなんて似合わない容貌の部長が呆れて言う。

バナナの味を惜しみながらそれを飲み込んで窓の外を窺うと、雨が降っていた。朝はあんなに晴れてたのになぁ。うぅ……雷落ちなきゃいいんだけど。あたし雷駄目なんだよね……。

「一年で、しかも女子に他人の私生活を探る役、正直キツイと思ってたんだよ。数年前には他校でだけど、集団リンチなんていう性質の悪いこともあったし」

「あぁ、そんなの遭ったらしいですね。でもそれって、記事に中傷的なこと書いたのが原因なんでしょう?あたしそんなことしませんよ」

「だから関心してんだよ」

「それにまぁ今回の場合、笹内先輩からはちゃんと了承を得てますし」

「……は?」

コーヒーカップをソーサーに置いた部長は怪訝な顔をし、真意を探るようにしてあたしの両目を覗き込む。

「この取材が決まってから、あたし笹内先輩のところ行って「先輩をスクープする」って宣言したんですよ。それで一週間以内に決定的写真撮れたら、成岡屋の和菓子を奢ってもらう約束したんです」

「……撮れなかったらどうする気だったんだ?」

部長の声が震えていたことにも気付かず、あたしは得意気に答えた。

「笹内先輩の言うこと、何か一つ聞くって約束したんです。いや〜、今日は部長にビッグパフェ奢ってもらえるし、明日は和菓子食べれるし。最近ツイてるなぁ」

「お前はアホか〜!」

部長が立ち上がって怒鳴ると同時に、外で雷が光ってすぐに音も鳴り響いた。

だから部長の顔が鬼の如く凄く見えたのは、あたしの目の所為じゃなくて不可抗力であって……。

「藤代、俺が悪かった。だからもう泣くなって……な?」

「部長怖い〜!雷怖い〜!」

麻生学院生もよく足を運ぶ喫茶店の店内で泣き喚くあたしと、それを宥めようとする部長の姿は厭でも目立ったわけで。



翌日、笹内先輩の記事よりあたしと部長のことの方が噂になったのは、何とも悲しいことだった……。

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